詩 「ヴィヴィアン・リーの人形」(2022)
昔のことだけれど―たぶん一九四一年か四二年だったと思う。―私は十代で、すでに母親をパーキンソン病で亡くしてていて、阿智村という長野県南部の小さな町にある祖母の家に疎開してきた。生活のために父親の八百屋の仕事を手伝っていた。
私はその日、父親と妹と新鮮な野菜を仕入れるめに、歩いて町の朝市へ行った。蜜柑とか林檎とか葡萄とか柿とか置いてある隣にあのピンク色のわんこのぬいぐるみが置いてあった。私はわんこが大嫌いだった。―でも妹のヨシ子はわんこのぬいぐるみに目がなかった。わんこのぬいぐるみがほしいよとヨシ子が言ったのだ。
私が覚えているのはその人形がヴィヴィアン・リーという名前の女性によって一九一〇年に製作されたということだけだ。それは私の母親が生まれた年と同じだったからだった。
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