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保育士の触感

 手袋型の感圧センサーによる、物体の識別能が上昇しているそうなので、保育士のような子どもとの身体接触の多い専門職にとっての「触覚」の意味について、少し考えてみました。

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(出典) 左:Wikipedia  体性感覚
     右:Image by Mike


感覚器官としての手のひら

 冒頭から少し入り組んだ画像から始まっているが、まずはご容赦いただきたい。
 左の図は「ペンフィールドの図」と呼ばれ、人体の各部位からの感覚入力が、大脳皮質のどの部分と関係しているのかを示している。赤丸で囲んだ部分が、手のひらに対応している部分だ。
 右の図は、対応する大脳皮質の広さに合わせて、人体の各部位の大きさを設定した人体模型でホムンクルスと呼ばれるものだ。この模型を見ると、感覚器官としての手のひらの重要性が一目瞭然だ。

 手のひらの感覚器官としての重要性を反映してか、アメリカでは、手袋形状の触感センサーも開発されている。

 <参考>
MITのセンサー手袋、たった10ドルなのに握ったものを認識

 ペン、マグカップなどの日常的なアイテムを学習したデータセットを基に、この手袋センサーでものを握ると、そのアイテムを見ることなく、76%の精度で何を握っているのか当てることが出来るそうだ。精度は当然劣るものの、550のセンサーでそれなりに人間の手のひらの感覚が再現できてしまうというから驚きである。


皮膚センサーとロボット

 この記事では、「研究者たちは、人間を手助けするロボットには、こうした触覚から来る感覚を習得しておく必要があると考えているのだろう」とも報道されている。

 生物とは「水の詰まった袋」であり、実は、その袋の表面、つまり皮膚には、ものすごい数のセンサーが張り巡らされている。そもそも、網膜も光のセンシングに特化した皮膚センサーとも言えるし、聴覚も鼓膜という皮膚の振動を検知している。現在のロボットには、この皮膚がないので、複雑な環境の中で動くことができないという面があるとも言われており、その打開策として、手袋センサーのようなデバイスが開発されたのは、前述の通りだ。


保育士の手のひら

 さて、保育園という施設は、その養護という機能の性質上、園児との身体接触の密度が高くなる。

 となれば、この身体接触によって、子どもたちのことを「知る」=センシングすることに、積極的な意味があることになる。実際に、お昼寝の際には、一定の間隔で、子どもの体に手のひらを当てて、子どもの呼吸の状況などを確認している。

 ただ現状では、手のひらを当てて子どもの状態を確認しても、その結果は、文字通りの感覚的なものにとどまり、定量的に評価することができない。また、その子どもの状態に関する情報を蓄積することもできない。
 しかし、手袋センサーのような触感をセンシングするデバイスで、保育士の手のひらで集めた情報を、定量化し、蓄積できるようになれば、子どもたちの状態をより精緻に把握すること手段の新しい可能性が開けるのではないだろうか。


子どもにとっての触感の驚き

 さらに、このセンサーを子どもたちが装着して、初めて粘土遊びをしたときの驚きだったり、鉛筆やハサミを始めて使ったときの違和感だったりを記録化し、保育士や保護者が追体験できれば、そこから新しい子どもの発達を促す仕組みや方法を発見できるのではないだろうか。

<参考記事>


 人間の知覚する情報の中で、最も多いのは視覚情報だと言われることが多い。とはいえ、感覚器官と対応する大脳皮質で評価したホムンクルス模型における、手のひらの存在感は圧倒的で、その触感から得られる情報は、生物の生存にとって不可欠なものだ。
 しかし、これまでは、その情報を定量化し蓄積することができなかったために、そのセンシング情報は等閑視されてきたのだろう。

 技術進歩により、「手のひらの触感」をデータとして活用できるようになる今後、身体接触が多い保育実践の場でも、子どもの発達のために、「手のひらセンサー」を有効活用する試みが進むことを期待していきたいところだ。