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ソラニンと、大人になった僕

先日、大好きな漫画家の一人である、浅野いにお先生の代表作、「ソラニン」の新装版が発売された。ソラニンは高校生の頃に映画で見て、心を打たれた。あまりの感動に、原作が手元に欲しいと思い、隣街のブックオフにまでチャリンコをかっ飛ばしたことを、今でも忘れない。あれから、7年。ソラニン自体は、公開されてから10年以上経つらしいのだが、その続きの話が見ることができるという宣伝文句に惹かれて、「ソラニン新装版」を買ってしまった。ソラニンを読んで思い出したことをボヤかせてください。

思えば、4月。不安と期待を胸に、僕ら17卒は社会人になった。僕の会社は、地方の小さな会社であるため、同期は4人だけ。お互いに、支え合って頑張ろうと意気込んでいたのも、束の間。社会人4日目で、同期の1人が脱落した。辞める理由を聞くと、どうやら会社という組織が合わないため、一人で事業を起こしたいらしい(じゃあ、そもそも就活して会社に入るなよ)。

4日で同期が辞めるという、2chのネタみたいな事件を乗り越えた僕含めた3人は、研修を3ヶ月こなして、それぞれ各部署に配属された。そして、二人目の脱落者が、すぐに出た。同期唯一の女の子だった。理由を聴くと、グラフィックデザイナーになりたいとのことだった(ならお前、芸大とか専門学校に行けよ)

話は変わって最近、僕の大学の後輩が意識高い系のブロガーになってしまった。別に、意識が高いことが悪いことではないのだが、ブログで「お金のために仕事をするのはバカだ」とか「楽しいことして生きたい」とか、「クラウドファンディングで大きいことをしたい」とか、ほざき出した。税金も納めず、フラフラとしている奴に、毎日家族のために、働いている人たちが馬鹿にされているのかと思うと、なぜか腹立たしくなった。

今でも、毎週のように大学の友達と会う。大学の友達と朝まで飲むということは大学生の頃と変わりはしないが、一つ変わったことと言えば、仕事や会社の話をすることになったことだろうか。自分の仕事のことや、会社の先輩の話を、ちょっと誇らしげに語らいあう。そんな話はどうでもよくて。一番盛り上がるのは、同級生の誰々が今、大変そうだとか、辛そうだという類の話だ。人の不幸を肴にすると、酒が美味しく感じるのは、僕たちが大人になったからだろうか。

なんてことを、思い出したり考えたりして、ソラニン新装版を無事に読みきりました。ラストは、あれでいいのだと思います。10年以上も経てば、人は嫌でも変わる訳で。会社を4日で辞めた彼は、もしかしたら、億万長者になっているかもしれないし、グラフィックデザイナーを目指した彼女は、本当にデザイナーになっているかもしれないし、ブロガーになり始めた後輩は、自分の好きなことだけして、大きなことを成し遂げるかもしれない。そして、僕のように人の不幸が大好きな奴も、人の親になって、子供達に人の不幸を笑っちゃダメよ。なんて綺麗事を並べているのかもしれないのですから。

今は、ソラニンという悪い芽を出したいだけ出せばいい。いつか、ポロっと芽が取れたり、大切な誰かが、サッと引き抜いたりしてくれるよ。と、そんなメッセージを「ソニラン新装版」から感じたのでした。








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