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映画音楽分析1・・・宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」 久石譲が用いる特徴的な和音や映像との関係

はじめに

 こんにちは、作曲家の石川泰昭です。自主制作映画、舞台、Web CMなど映像に合わせた音楽やポストクラシカル系の作品を作っています。様々な映画のある場面につけられた音楽について分析して、noteにまとめて映画音楽について研究していきたいと思います。
 少し前にリリースした僕のピアノ作品のリンクを貼っておくので良かったら聴いてください。作品は、Apple Music、Spotifyなどでも聴けます。

「千と千尋の神隠し」冒頭の和音

 今回は、スタジオジブリの宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」の冒頭の場面を見ていきます。主人公の千尋が、親の車に乗せられて、嫌々引っ越ししていく。途中で道を間違えた父親が車を暴走させていくとトンネルに突き当たるという部分です。

 作曲家は、言わずと知れた久石譲さん。サントラでは、「あの夏へ」というタイトルが付けられた曲です。少しバージョンが違うのですが、有名な下記の曲です。

 映画の始まりは、画面が暗転している状態でピアノのアルペジオ(分散和音)から始まり、映像がフェードインしていき、千尋がクラスメイトからもらった花束が映り、父親の千尋を呼ぶ声が聞こえてきます。ここでは、久石譲さんがよく使う4度堆積の和音が使われています。(楽譜1参照)

 一般的には、コード(和音)は、ルート音から3度ずつ音を重ねていく概念によって作られています(CM7 =ドミソシなど)。ここでは通常使われない4度ずつ音を重ねていく和音によって少し耳慣れない響きが生まれ、独特の浮遊感が生まれています。

 注: 2音間の隔たりを音程と呼び、それらは度数を使って表します。同じ音は1度(ドとド、レとレなど)、隣り合う音の関係(ドとレ、レとミなど)は2度となります。4度は、ドとファ、レとソなどの関係。詳細を知りたい方は、「楽典 音程」などのキーワードで調べてください。

 4度堆積の和音は、メジャーともマイナーとも取れるような曖昧な雰囲気が出る和音です。見知らぬ土地へ引っ越す事への不安や不思議な世界に紛れ込む事を暗示させるようなオリエンタルな(東洋的な)雰囲気も感じられます。

 最初はFM9の比較的シンプルなハーモニーから始まり、徐々に4度の感じが強い和音に移行しています。また、臨時記号が増えていき、ダイアトニックコード(調性内の音だけで構成された和音)からノンダイアトニックコードへと移行しています。こじつけ的な見方かもしれませんが、日常から非日常の世界へ移っていく映画を意識してのことかもしれません。

4度堆積の和音とペンタトニックスケールの関係

 4度堆積の和音について、少し掘り下げて考えていきたいと思います。

 みなさんは、ペンタトニック・スケールというものをご存知でしょうか?五音音階やヨナ抜き音階(メジャースケールの4度と7度が抜けている)とも呼ばれるもので、日本や中国などの民謡の音階でオリエンタルな雰囲気があります。ヒット曲のメロディによく使われていたり、クラシックではドビュッシーやラヴェルといった印象派の作曲家が多用しています。最近の曲では、瑛人の「香水」なんかもペンタトニック・スケールのメロディでできていますね。

 Cメジャーペンタトニック・スケール「ドレミソラ」の中の「ミ」の音から順番に4度上の音を積み上げていきます。そうすると「ミラレソド」となり、これを並び替えるとペンタトニック・スケールになります。実はこのペンタトニック・スケールは、4度堆積の和音の構造になっています。(楽譜2参照)

 4度堆積の和音は、ペンタトニック・スケールと深い相関関係にあるので、この和音を使うとオリエンタルな雰囲気が出ます。そして、日本の神様たちが住む世界に迷い込むという設定の映画にもぴったり合っています。

映像と音楽の関係

 音楽は、ピアノ、オーケストラ、パッド系のシンセの音で進んでいきます。基本的には、4/4拍子の音楽ですが、ピアノの主旋律が始まる前に1小節間だけ3/4拍子になっています(楽譜1参照)。おそらく、これは映像に合わせるため1小節だけ3/4拍子にしています。

 このように、音楽以外からの要求に沿って拍子が変えられている事は、映画・ドラマなどの音楽ではよくあります。他では、バレエ音楽やダンス音楽でも見かけられます。

 1分40秒くらいのところで「千と千尋の神隠し」というタイトルが出てくるのですが、この場面に合わせていわゆるサビみたいな部分が出てきます。それまで鳴っていたオーケストラの音などを抜いて、敢えてピアノソロにして、音楽的テンションを落とした状態で泣きの旋律で合わせています。(楽譜3参照)

 使われている和音もVIのマイナーコードAmの和音から始まり、ベースが順次進行で下行しています。このようなコード進行は、様々な曲で使われているのですが、泣きの雰囲気が出ます。例えば、坂本龍一さんの「Energy Flow」の始まりもほぼ似たコード進行になっています。

 2分15秒辺りで、父親が道を間違えてしまって「このまま行って 行けないかな」というセリフが出てきます。父親が車を暴走させていく場面ですが、このセリフに合わせて、ミュートされた金管楽器やサスペンデッド・シンバルの音が鳴ります。これをきっかけに、それまでの優しい雰囲気が変わり、テンポアップし、3連符主体の音楽へと徐々に変化していきます。

 車の暴走に合わせて、音楽も徐々に激しくなっていくのですが、2分49秒と2分51秒辺りで、2回千尋が窓の外にある苔がかかった石像を見る場面があります。

 それに合わせて金管楽器の和音が鳴っています。1つ目は、3拍目の3連符裏、2つ目は次の小節の3拍目の表から鳴っています。これもおそらく映像に合わせるために、拍の場所が1つ目と2つ目では異なっています。また、ここでも4度堆積の和音が使われています。(楽譜4参照)

 3分1秒辺りで、父親が発する「トンネルだ」というセリフと共に急ブレーキを踏む場面があります。
 3連符主体で激しさを増していた音楽は、ブレーキを押すタイミングに合わせて、fpで一度頂点を迎え、その後、伸ばした音とティンパニー・ロールと共に車が停まります。

 その後、トンネルがある中華風の不思議な建物を見上げていく映像になります。弦楽器、木管、金管で作られた和音(ここでも4度堆積の和音)にサスペンデッド・シンバルによるクレッシェンド、細かいハープのアルペジオ(分散和音)などが重ねられています。(楽譜5参照)

 弦楽器などが伸ばした音にハープの細かいアルペジオを重ねる手法は、例えばラヴェルの「ダフニスとクロエ-夜明け-」でも使われていたりしますが、壮大感が出るので、映画の不思議な建物がそびえ立つような情景にとてもマッチしています。

終わりに

 ここまでの冒頭のシーンですが、音楽は一度も途切れることなく付けられています。監督からの注文だったのかどうかは分かりませんが、それによって一気に映画の世界観に引き込まれていく気がします。また、映像にぴったりと合わせながらも、音楽として破綻していなく自然に聴けて、メロディを聴けば、誰でもこの映画を思い出せるようなキャッチーさもあります。これらが、久石譲さんの音楽のすごいところだと思います。

 今回は、映画の世界観に合うオリエンタルな雰囲気の出る4度堆積の和音や、映像に沿って音楽が構成されていく部分を見てきました。映像に対してどこまで音楽を合わせるか考える余地はあると思いますが、「千と千尋の神隠し」では、特にぴったりと映像に音楽を合わせているように感じます。

 文章だけでの説明になってしまいましたが、できれば実際の映画を見返しながら読んでもらえたらいいなと思います。次回は、細田守監督「おおかみこどもの雨と雪」(音楽:高木正勝)を取り上げる予定です。それでは、また。

注:本文中の楽譜は、オフィシャルスコアを参考に書いています。

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