最近の記事

養う女、養われる男日記(20)

田中君が死ぬ時 養う女 2023/02/25  田中君はいつも死ぬのを恐れている。  みんな死ぬのは怖いけど、明日の朝には死んでいるかも、なんて誰も本気で思ってないし、辛い、やだなあ、最悪、という代わりに死にたい~と口にする。「死」は愚痴や悪口の言い方のひとつでしかなくて、本当の意味での自分の死なんて、誰も身近に感じていない。  だから、田中君くらい本気で、毎朝生きていてよかった、と思っている人も、毎晩、明日には生きていないかも、と思っている人もいないと思う。まだ20代前

    • 養う女、養われる男日記(19)

      養う女のクレカ、本人も行ったことないパリに行く養う女 2023/01/29 田中君が仕事でパリに行った。 出発前に私のクレジットカードを渡した。私はそれが都合が良いと思ったからそうしたが、友だちに話の流れでクレジットカードを持って行ってもらう予定を伝えたらひどく引かれた。 「それは行き過ぎてるよ。やめた方がいいよ」 真剣な顔で止められたので、そうか、これは行き過ぎているのか、と思い、クレジットカードを渡すのをやめるのではなく、それ以上その件を他人に話すのをやめた。 田中君に

      • 養う女、養われる男日記(18)

        人から見えている自分と自分が見ている自分との間のけして埋まらない溝養う女 2023/01/15 最近何を着てもしっくりこない気がして、友だちに教えてもらった服のサブスクのアプリを入れてみた。 どうやら、自分の写真や普段の服装の写真を登録しておくと、それをもとにスタイリストさんがスタイリングしてくれた服が毎月数着手元に届くというシステムのようだ。女子にとって「その服どこで買ったの?」と聞かれるかどうかは、割と服装が正解かどうかをはかるバロメータになるように思うのだけれど、実際

        • 養う女、養われる男日記(17)

          「危ない」 養う女 2023/01/03 田中くんにケーキを買ったカフェが、次の週末に行ったら潰れていた。 イブとクリスマスにかぶった土日で、まだイブの土曜のうちに店を閉めたらしい。 時期的にケーキを売るようなお店としてはかき入れどきだと思うのに、クリスマス当日を待たずして店じまいというのは、どうも鬼気迫る感じがして寂しかった。 元は別の建物だったのを手厚く改装し、ミント色の壁のかわいらしいカフェとして2年近く前にオープンした店で、小さな雑貨屋さんの並ぶ街並みにもしごく溶け

        養う女、養われる男日記(20)

          養う女、養われる男日記(16)

          芸術と数字 養う女 2022/12/31 田中くんは数字に強い。そして、数字にシビアだ。 日本ではアーティストって、お金にこだわりがないように思われている。 「お金じゃない」ことを証明するエピソードがとてもありがたがられたりする。お金は世俗的なもので、アーティストはどこか浮世離れした存在だと捉えられているから、結びつけられないのかもしれない。 実際、田中くんが絵に関して、かかる労力やコスト、ビュー数といった数字をきちんと見ていることを友だちに話した時、「アーティストな

          養う女、養われる男日記(16)

          養う女、養われる男日記(15)

          おとぎ話へのアンチテーゼ養う女 2022/12/24 今日はかっこつけたタイトルを付けてみました。 私は天才を養っていて、事情を人に話したりnoteをすすめたりしては感想をもらおうとして人を困らせている会社員・30代・女です。 (養うことになった経緯については、下記からどうぞ) このnoteを読んでくれた、貴重な数少ない読者の1人(ありがとうございます)から、田中くんに対して恋愛感情があるのかないのか気になる、と言われた。 その人はだいぶこの関係をフィクション的に捉えて

          養う女、養われる男日記(15)

          養う女、養われる男日記(14)

          アドレナリンとリス養う女 2022/12/16 残業をしていて顔をあげたら、もうフロアには私と上司の磯田さんしかいなかった。 金曜の夜なので、みんなさっさと帰宅している。同期の子は忘年会と言っていた。 磯田さんの方が先に片付けが済んで、「俺はコンビニ寄ってくから先に行って下で待ってるな!」と言って出ていった。 なんで一緒に帰る前提なのかよくわからないが、片付けを済ませて社屋を出ると、宣言通り磯田さんが待っていた。 最近、会社の前の道は21時をすぎると道路工事が始まる。工事

          養う女、養われる男日記(14)

          養う女、養われる男日記(13)

          誰かが見ているものって、気になる。養う女 2022/12/13 昨日インスタグラムを見ていたら、何かの映画で見た俳優さんの顔が目に飛び込んできた。 鼻がすごく良い曲線で、T(イニシャルはそっけないので以後田中くんとする。)の絵で見たい、と思った。 今朝、その画像を何も言わずに田中くんに送りつけたら、 「書いたら良いよって?」 「かくわ」 と返事があった。 喜んでいると、絵のサンプルになる画像をまとめといてくれてもいいよ、と言ってくれたので余計喜んだ。 田中君の絵で見たいな

          養う女、養われる男日記(13)

          養う女、養われる男日記(12)

          手袋違い養う女 2022/12/12  この1つ前に投稿した、童話と実際にあったことをリンクさせようとして失敗した日記について書きます。  素人は迂闊に引用を試みるものでないし、就活のグループワークでは軌道修正できる人が勝つ、という話です。  養い日記の10投稿目で、私は「手袋を買いに」を引用しました。  引用しようと思った理由は、なんといっても、T、改め田中くんに手袋を買ったから。連想です。それに加えて、昨今の情勢からウクライナの物語作品にスポットライトが当たってい

          養う女、養われる男日記(12)

          養う女、養われる男日記(11)

          てぶくろを買いに養う女 2022/12/08 新見南吉の「手袋を買いに」という童話がある。 読んだことがある人も多いだろう。 初めて雪を見たとても寒い日、子狐は手袋を買いに人の街へ出ていく。 お母さんは子狐だけで行かせなければいけないけれど、心配だから、子狐の手を片方、人間の手に見えるように変えてやる。 本物のお金を持たせて、人間の手の方だけをお店の窓から出して、手袋を買ってきなさいと言って聞かせる。 人間って本当に怖いものだから。 けれど、お店についた子狐は、うっかり狐

          養う女、養われる男日記(11)

          養う女、養われる男日記(10)

          T君呼び出される養う女 2022/12/04 「イラレ買って欲しい」  朝LINEを見たら連絡が入っていたので、二つ返事で購入する。  ここまで作品数を書いていて、良い絵を描く人がこれまで無料版アプリで描いていたというのも驚きだけれど、イラレはそのうち買ってもらうかも、と言っていた程度だったので、意外と早かったのが少し不思議だった。  無事購入できたところで、Tが、呼び出された、という。相手は業界の人で、以前からよくしてもらっていたらしいが、今日の昼に会えないかと連絡があ

          養う女、養われる男日記(10)

          養う女、養われる男日記(9)

          生活に疲れた30女が若い天才アーティストを養うことにしたら人生が180度変わった話養う女 2022/12/01 私が2022年に買ってよかったものは間違いなくTである。 Tというのは、若き天才アーティストだ。 6歳年下の男性で、しかも綺麗な男性だが、買ったというのは、男を買う、という下世話な意味でも、もちろん人身売買でもない。 具体的にやっていることだけを取り出していえば、遠くの大学に進学した一人息子を、結婚も出産もすっとばして手に入れて、仕送りをしている、みたいな表現に

          養う女、養われる男日記(9)

          養う女、養われる男日記(8)

          養う女 本好き人生初の本の断捨離 2022/11/28 本好きにとって、本を捨てるハードルは、他の人が思うより高い。 特に、本棚を眺めることが幸せ、みたいな人間にとっては尚更だ。 本は捨てるものではないという認識がある。 もちろん私もそんな人間で、人生で本を捨てたことは数えるほどしかない。 そんな私が、人生で初めて、1,000冊近くを処分した。 捨てることがものづくりにつながるのだと、わかったからだ。 まずはかたづける前の私の本棚を見てほしい。 壁一面、大体38入る区

          養う女、養われる男日記(8)

          養う女、養われる男日記(7)

          養う女 2022/11/24 考え続ける生き物でありたい 電車で退勤中、ネギが目に入って、ネギ、と思えば私の前に立っているお姉さんのリュックに、立派なネギがささっているのだった。 ネギを背負ったお姉さんは、眉間にシワ寄せ、真剣な顔で食い入るように横向きにしたスマホを見ていた。 何かと画面をのぞけば、男性がドカ食いをしている動画だった。 多分鰻丼か何か、見たことのない赤と黒の器に入った茶色いものを、もりもり食べている。 あまりにも切実な様子で見ているものだから、私もそのお姉さ

          養う女、養われる男日記(7)

          養う女、養われる男日記(6)

          養う女 2022/11/20 養われているのはどちらか。  ポッドキャストをとるためにマイクをsurfaceかiPadにつなごうとしたのだけど、アダプターが無いのでTと買いにでた。アダプターはコンビニやドラッグストアにはどこも置いていなくて、結局その日は録音するのを諦めた。  道中、Tは店に求人のポスターが貼ってあるのを見るたびに、「ここでバイトしようかな」と言っていた。半ば冗談にしても、Tは実際バイトをよくしている。現状で2つ掛け持ちしているし、もう1つ応募してもいる。

          養う女、養われる男日記(6)

          養う女、養われる男日記(5)

          養う女 2022/11/14 ギブアンドテイクは第三者の介入できないものである。 夏に、外科矯正の手術をした。 嚙み合わせを治すために上下の顎の骨をぶったぎって動かしてしまおう!という大胆不敵な手術で、しかも保険適用というのだから驚きだ。 その手術の後はしばらく顔にさわれないというので、長く通っているエステに数か月いっていなかった。もはや施術以上に、ギャルで破天荒で波長の合うお姉さんが最高に癒しで、大好きな場所である。 そのお姉さんに、4か月ぶりに会ってきた。 お姉さん

          養う女、養われる男日記(5)