池上彰が教えない北欧
「行外を読む」ことのススメ
先日、久しぶりに図書館をブラブラしていたら「池上彰の世界の見方 北欧」という本が目についたので手に取ってみました。
本書は、情報提供者のコメントを平気でパクると言われる池上さんと、原作改変問題やコメント捏造問題で注目されている小学館という、マスコミのエゴを体現する2大巨頭のコラボなので、実際の北欧の現実よりもマスコミの事情を強く反映しているだろうことは容易に予想できますが、一応、読んでみました。
それにしても、最近の書物は、タイトルと目次と発行日を見た後、著者の過去の発言や出版社の傾向などを調べれば、もう中身を読まなくてもいいような代物に成り下がってしまったような気がしてなりません。
逆に言うと、出版の経緯や周辺事情を知らずに本を読むのは危険で愚かな行為と言えるでしょう。よく「行間を読む」と言いますが、字面をじーっと眺めるだけで著者の真意を汲み取ろうとするなど論外。出版社や著者の力関係やフトコロ事情を調べて「行外を読む」あるいは「書外を読む」ことを強く提唱したいです。
本題に戻りますが、今回取り上げる「池上彰の世界の見方 北欧」という本は、都内の学校で池上氏が教師となって生徒の質問に答える、というありがちな設定で話が進んでいきます。
日本で出版される北欧関連書籍は、ほぼ全て「北欧に学べ」というスタンスを崩そうとしませんが、この本も例外ではなく、そのスタンス内に収まらない都合の悪い事実は、上手に言い包めるか、それができない場合は跡形もなく撤去してあります。
従って、他の本やテレビ番組などで「北欧に学ぶべきなんだ、北欧を見習うべきなんだ」としっかり躾けられている読者は、読んだことさえ忘れてしまうぐらいすんなりと抵抗なくこの本を読み終えることができるでしょう。また、北欧の実情を多少なりとも知っている人は・・・どのような事実を隠すのか、どのように詭弁を弄するのかなど、マスコミの手口をこの本で学ぶことができると思います。
そういうわけで、本書は(マスコミにとって)安心安全な読後感を保証していると言っていいと思います。しかし、フィンランドの教育に関してだけは、 "最近落ち目だね"、と生徒からツッコミが入ったためか、妙に言い訳がましく、余裕のない書きぶりでした。
特に、「PISAの順位の読み取り方」というコーナーを特別に設けて、"フィンランド教育が落ち目なんて言ってる奴にはこう反論しろ"、という指導までしているので、ここで再反論をしておきたいと思います。
池上流「PISAの順位の読み取り方」はデタラメ放題
フィンランドの学力が落ちたのは移民のせい??
池上氏は、フィンランドの学力順位が落ちたことを移民のせいにしていますが、これは明らかに間違いです。
なぜなら、欧米諸国ではだいたいどの国でも移民が増えていて、他の国と比べると、フィンランドは移民受け入れがまだまだ少ない国だからです。
この池上氏の本が出版された後に発表されたPISA2022の各国レポートには、移民系生徒の割合が書かれています。それによるとフィンランドの移民系生徒の割合は7%でした。それに対して、フィンランドより成績の良かった国々の移民系生徒の割合は、エストニアは9%、シンガポールは29%、カナダに至っては34%、となっています。
移民が言い訳にならないことは明白ですね。
参考までに、各国の移民系生徒の割合を表にしておきました。以下はいずれもPISA2022で数学のスコアがフィンランドより高かった国々です。
中国は、北京や上海などの教育熱心な都市だけが参加している??
中国でPISAを受けているのは一部の都市の生徒だけ、という指摘はその通りです。だから中国の場合は、都市名が明記されています。北京や上海の生徒しか試験を受けていないにも関わらず、中国全体の学力であるかのように偽っていれば問題ですが、そういうわけではありません。
したがって、北京や上海などの成績を見るときは注意が必要ですが、"都市部に限定すればトップになるのは当たり前"、とは言い過ぎではないでしょうか。
フィンランドも首都ヘルシンキの生徒の成績だけに限定したら、シンガポールや台湾あるいは日本の成績を上回ってトップになるのでしょうか?ちょっと疑わしいですね。
シンガポールの順位が高いのはマレーシアから独立したから??
これは意味がわかりません。池上氏の論理に従えば、韓国は北朝鮮から独立してるから順位が高くて当たり前、台湾も中国から独立してるから当たり前、となりますが、本当にそう考えているのでしょうか?
独立した教育制度を持ち、独自に教育行政を行っていれば、ひとつの国家として国際学力テストに参加する資格は十分あると思います。しかもシンガポールはフィンランドより人口の多い国です。シンガポールが半人前の国であるかのように語るのはフェアではありません。
また、東京23区の方が学力が上、と早合点するのもどうでしょうか?日本では秋田県や石川県の教育を高く評価する人もいるようですが・・
池上氏は、PISAランキング上位のアジアの国にケチをつけることによって、フィンランドの教育を擁護しようとしているようですが、それもここまで。エストニアやカナダなど、フィンランドより成績が上の国はまだ他にもあるのですが、なぜかそれらの国には言及せず、日本の話に移ります。
日本の学力順位が向上したのはフィンランドの影響??
「PISAの順位の読み取り方」の最後で池上氏は日本を取り上げていますが、そこで彼は、"日本の学力順位が向上したのはフィンランド教育の影響である"、というアッと驚く議論を展開しています。
つまり、池上氏は、
日本の学力順位の向上は、詰め込み教育ではなく、ゆとり教育の成果である
↓
ゆとり教育はフィンランド教育の影響を受けた
↓
よって日本の学力向上はフィンランドのおかげである
という綱渡りの解釈で、日本の成果を強引にフィンランドの手柄にしようとこじ付けているのですが、言うまでもなく、これには無理があります、というか間違いです。
まず、日本のゆとり教育は(狭義では)2002年に開始されました。これはフィンランド教育ブームが起こる前の話です。そして脱ゆとりが叫ばれたのがそのブームの真っただ中の2008年です。ゆとり教育がフィンランドの影響を受けたという話は時系列的に納得いきません。
それよりもっと問題なのは、この論理で行くと、"影響を与えた側のフィンランドの学力はなぜダダ下がりなのか?"、という苦しい疑問を突き付けられることです。池上氏はそうした疑問にはもちろん答えていません。
しかも、本書出版の4か月後に発表されたPISA2022の結果によると、フィンランドの学力がさらに落ち込んでいることが判明しました。
一方、日本の学力は上昇しているため差は開き、池上理論はますます筋の通らないものになっています。"自分で考える力" もけっこうですが、池上さんは、まず "根拠に基づいた考え方" を身に着けるのが先決ではないでしょうか?
マスコミが読者に気づいて欲しくない事実
今回は、「PISAの順位の読み取り方」という部分を主に取り上げましたが、この本には他にも、"フィンランドには塾がない"(P113)とか(→フィンランドに塾はある、以下の記事参照)、"日本の小学校で習う生活科はフィンランドの影響"(P118)とか(→生活科の開始は1992年で、当時フィンランド教育など注目されていなかった)、至る所に間違った情報が散りばめられています。
塾の需要拡大を伝えるフィンランド国営放送YLEの記事
こうした虚偽情報を一つ一つ指摘し、反証を挙げて訂正していくのは必要なことだと思いますが、とても骨の折れる作業ですし、読む方もいちいちウソに振り回されるわけで、大変だと思います。また、これからもマスコミは様々なデタラメ情報をばら撒いて、フィンランドのポジティブ・キャンペーンを仕掛けてくるでしょう。
そのようなウソに騙されないためには、テレビや出版社が無視するしかないような、読者や視聴者に気づいて欲しくないような事実を前もって知っておく必要があると思います。
例えば、私の書いたもので恐縮ですが、以下のブログ記事やNOTEで書いた事実は、これまでどのマスコミも取り上げていません(取り上げているメディアがあったら教えて欲しいです)。このような事実をあらかじめ知っておけば、マスコミのウソに振り回されて時間や労力を浪費することもなくなるのではないか、と思います。