まじょらむ

2011年、50才を目の前に都会とサラリーマン生活から脱出、淡路島で玉ねぎを作っています。サラリーマン生活時代には何度かのリセットも経験し、冷えとり健康法に出会い、自分の身体は自分で治せると確信しました。移住についてと、冷えとりを中心とした日常の2本立てでマガジンを作りました。

まじょらむ

2011年、50才を目の前に都会とサラリーマン生活から脱出、淡路島で玉ねぎを作っています。サラリーマン生活時代には何度かのリセットも経験し、冷えとり健康法に出会い、自分の身体は自分で治せると確信しました。移住についてと、冷えとりを中心とした日常の2本立てでマガジンを作りました。

マガジン

  • 本日も冷えとり日和

    病気がきっかけで2011年に出会った冷えとり健康法は私の身体だけでなく、心も魂も変えていきました。だれでも簡単に出来て幸せになる冷えとり健康法を伝えていきたいです。

  • 会社の辞め方

    私達夫婦は、2011年に大阪から淡路島へIターン移住しました。サラリーマンから専業農家への転身でした。50才を前にして私達に何が起きて、今の生活に至ったのかを思い出しながら綴ります。

最近の記事

ずっとお風呂が苦手でした!

天気予報では曇りの予定が終日雨がパラついている淡路島です。 冷えとり健康法は、下半身を温めることによって、巡りをよくしていく健康法で、その基本となるのはまず半身浴です。部屋の暖房でも温かい空気は上に行くように、上半身は熱がたまりやすくなっているために上半身と下半身では下半身の方が体温が低く、その差が大きいほど全身の血流やリンパ液などの巡りが悪くなって色々な病気の原因となります。 これを解消するためには常に下半身を温めて「頭寒足熱」にするのがよく、最も良いのがお風呂です。お

    • 三度の強制終了が教えてくれたこと②

      三度の強制終了が私に教えてくれたこと、それは、「本当の気持ちは休まないとわからない」と言うことでした。 身体に起きたことは、自分の本心(潜在意識とも言いますね)からのメッセージでした。 日々、忙しくしていると、自分の本心から遠ざかって生活していることがままあります。また、気づきそうになっても勝手にその気持ちにフタをしていたりします。なぜそんなことをしてしまうのでしょう? それは、今の暮らしを変えたくないからだと思うのです。気づいてしまうことを恐れている? 目覚まし時計

      • まずは自分を温めよう。

        西向きのダイニングで仕事をしていると、17時を過ぎると急に暗くなります。日が落ちるのが早くなりました。そしてその後、少し経つとまた明るくなります。夕焼けが広がるからです。慌てて二階に上がり、窓から僅かな間の夕焼けを眺めるのが好きです。うちの周りは高い建物がなく、遠くの山も低いので、その山の向こうに日が落ちていくのを眺めることも出来ます。 今日は終日、家の中でパソコンに向かっていたので、レッグウオーマーが必須でした。溜まりに溜まった経費入力。こういうのは集中できる時に一気にや

        • やましたひでこさんの『断捨離』とこんまりさんの『ときめき片付け』

          すっかり冬空になってきた淡路島です。今日は空気が冷たくてお昼に近づいてもひんやりしたまま。 それでも綺麗な青空が見られるのが淡路島のいいところです♪ こんな日は、靴下を増やすといいですね。あと、寒いな、と思った時に即効性があるのは、レッグウオーマー。 血行をよくするにはふくらはぎを温めると良いと言われますが、温めにめちゃくちゃ大事な場所みたいです。私は都会に出る時にはレッグウオーマーを必ず履きます。バスや電車で座った姿勢でいると腰から冷えてくるので必須です。 今日は、

        マガジン

        • 本日も冷えとり日和
          4本
        • 会社の辞め方
          4本

        記事

          三度の強制終了が教えてくれたこと①

          夫が会社を辞めることへ心が傾いて行っている時、私は入院中でした。 2年ほど秋から冬になると咳が止まらず、ある日、呼吸器内科で撮ったレントゲン写真からさらに呼吸器専門の病院を紹介され、受診の翌日から即入院となったのでした。 当時難病指定されていた「サルコイドーシス」という疾患の疑いがあるとのことでした。検査入院とその後の療養期間を入れて約二ヶ月ほど入院、会社は三ヶ月ほど休職しました。 私の場合、突然入院したのはこれが初めてではありませんでした。この3年前には盲腸で救急搬送

          三度の強制終了が教えてくれたこと①

          立冬ですね。

          こんばんは、一日中、厚い雲に覆われて雨模様の淡路島からお届けしています。 最近は、日々の気温の変化が気になります。 元々気圧の変化に弱いのか、中学生の頃から雨の前の日になると、肋間神経痛で保健室にお世話になっていました。今は肋間神経痛はなくなりましたが、年中、坐骨神経痛と、やはり雨の前の日が体が重たくなります。 サラリーマン時代と違って、今は体が重たい日は、日中でもゴロゴロできるので幸せです。いったん朝起きて、朝ごはんを食べてからまたベッドに寝てみたり。時間に縛られない

          立冬ですね。

          私なりの冷えとり健康法をお伝えします。

          初めまして。私は2011年から進藤義晴先生の提唱されている「冷えとり健康法」を実践しています。西洋医学で「難病」=原因がわからないので治りません と宣告され、では自分で治そう、と思ったのがきっかけです。 今は情報が氾濫していますから、次々と体に良さげな健康法に出会います。もちろん私も試すことがあります。 その中で、「冷えとり健康法」ほど続いているものはなく、実践するにつれこの健康法の奥深さを実感し、何より自分が変化していっています。それは体調や体の変化にとどまりません。心

          私なりの冷えとり健康法をお伝えします。

          最初は夫が辞めたいと言った。40代で辞めた理由。

          うちは子供がいなくてずっと共働きでしたが、最初に辞めたいと言い出したのは夫でした。 共に大卒で働き始めて、私はこの間、一度転職を経験していましたが、夫は25年間、同じ職場で勤務していました。普段からお互い、会社の様子は話す方でしたし、本気で辞めようかな、と言う言葉を聞いたのは初めてだったように思います。 当時、夫は「部長」職で、150人ほどの組織でしたが、部下もそれなりにいました。また、遠くない将来には「役員」になるだろう、とのことでした。 夫は、「役員」になる前に辞め

          最初は夫が辞めたいと言った。40代で辞めた理由。

          会社の辞め方

          私たち夫婦は2011年に大阪から淡路島に移住しました。その時の年齢は50歳を目の前にしたところでした。 淡路島では特産の玉ねぎやお米、ブロッコリーを作る専業農家をしています。 2012年に起業したので、8年になります。 移住家を移してから9年、淡路島には親戚など全くいませんでしたので、いわゆるIターン脱サラ農家というやつです。 大阪での仕事は、夫は生活協同組合の職員、私は大手雑貨店で年齢的にも共に管理職でした。 主人は実家が自営業、私は典型的な高度成長期のサラリーマン家庭

          会社の辞め方