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エンジニアのためのプロスペクト理論入門~意思決定のメカニズムを理解し、リーダーシップを発揮しよう~

要点

  • プロスペクト理論は人間の意思決定のメカニズムを説明する行動経済学の理論

  • 人は利益と損失で異なる行動をとる傾向があり、損失回避性が強い

  • フレーミング効果により、同じ内容でも伝え方次第で意思決定が変わる

  • リファレンスポイントによって利益と損失の捉え方が変化する

  • エンジニアがプロスペクト理論を理解することで、意思決定の質を高められる

  • プロダクトやプロジェクトマネジメントにおいても応用が可能

  • リーダーシップ発揮のためには、プロスペクト理論の知識が役立つ

はじめに

みなさんは「プロスペクト理論」をご存知でしょうか?これは行動経済学における重要な理論の一つで、人間の意思決定のメカニズムを説明するものです。

私自身、以前はプロスペクト理論について全く知りませんでした。しかし、ある上司から「ヤスくん、プロスペクト理論を勉強してみたら?意思決定の質が上がるよ」とアドバイスされたのをきっかけに学んでみると、目から鱗が落ちる思いがしました。

エンジニアがプロスペクト理論を学ぶメリットは大きいと感じています。例えばプロダクト開発やプロジェクトマネジメントの場面でも応用できますし、リーダーとしての意思決定の質を高められます。将来的にPLやPMを目指すエンジニアの方にこそ、ぜひ知っておいていただきたい理論です。

本記事では、プロスペクト理論の基本的な概念を分かりやすく解説していきます。数式などの難しい話は極力省き、イラストや例え話を交えながら説明していくので、ちょっと苦手意識がある方も安心してくださいね。それでは、いってみましょう!


1. プロスペクト理論とは

プロスペクト理論は、1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱された理論です。従来の期待効用理論では説明できなかった、人間の非合理的な意思決定を説明するために生まれました。

プロスペクト理論の主なポイントは以下の3つです。

  1. 人は利益と損失で異なる行動をとる傾向がある

  2. 同じ内容でも伝え方次第で意思決定が変わる(フレーミング効果)

  3. リファレンスポイント(参照点)によって利益と損失の捉え方が変化する

以上をまとめると、人間は必ずしも合理的な意思決定を行うわけではなく、感情に左右されやすい存在だということです。

2. 損失回避性

損失回避性とは、人間は利益を得ることよりも、損失を避けることを優先する傾向があるというものです。例えば、以下のような選択肢があるとします。

  • 選択肢A: 50%の確率で100万円を得られる

  • 選択肢B: 確実に50万円を得られる

さて、みなさんならどちらを選びますか?多くの人は、選択肢Bを選ぶでしょう。期待値としては両者は等しいのですが、大半の人は「50%の確率で何も得られない」というリスクを避け、確実に50万円を得ることを選択します。これが損失回避性です。

反対に、以下のような損失に関する選択肢ではどうでしょうか。

  • 選択肢A: 50%の確率で100万円を失う

  • 選択肢B: 確実に50万円を失う

このケースでは、多くの人が選択肢Aを選びます。損失に直面した際には、リスクを取ってでも損失を最小化しようとする心理が働くのです。

このように、人間は利益と損失で非対称な行動をとるのが特徴だと言えます。エンジニアも意思決定の際には、この点を意識しておくことが重要ですね。

3. フレーミング効果

フレーミング効果とは、同じ内容の情報でも、その伝え方(フレーミング)次第で、意思決定が変わってくる効果のことを指します。

例えば、ある食品に関して以下のような表現をしたとします。

  • ポジティブなフレーミング: この食品には95%の確率で病原菌は含まれていません。

  • ネガティブなフレーミング: この食品には5%の確率で病原菌が含まれています。

数値的には同じ情報なのですが、ネガティブなフレーミングの方が印象に残り、その食品を避ける人が多くなると考えられます。

プロダクト開発の場面でも、フレーミング効果は重要です。例えば、ある機能の説明を「90%のユーザーにとって便利です」と伝えるのと、「10%のユーザーには不便かもしれません」と伝えるのでは、ユーザーの受け取り方が大きく変わります。

ステークホルダーとのコミュニケーションにおいては、ポジティブなフレーミングを心がけることが大切だと言えるでしょう。

4. リファレンスポイント

プロスペクト理論におけるリファレンスポイントとは、人が利益や損失を判断する際の基準となる参照点のことです。このリファレンスポイントによって、利益と損失の捉え方が変化します。

例えば、あなたは毎年10万円のボーナスをもらっていたとします。

  • ケースA: 例年通り、10万円のボーナスをもらった(+10万円)

  • ケースB: 事前に今年はボーナスが20万円になるかもしれないという話を聞いていたが、結局、例年通りの10万円だった(-10万円)

ケースA/B共に10万円を得ましたが、ケースBの場合は、20万円をもらえると期待していたことから、評価基準が20万円になっており、それより少ない10万円では、心情的にはマイナスの気分になってしまいます。客観的には10万円を得たという点では同じなのですが、リファレンスポイントの置き方次第で利益にも損失にも感じられるのです。

プロジェクトマネジメントの際も、ステークホルダーのリファレンスポイントを意識することが重要です。何を基準に利益や損失を判断するのかを知っておくことで、より良いコミュニケーションが取れるようになるでしょう。

5. プロスペクト理論をエンジニアリングに応用する

さて、プロスペクト理論の基本的な概念について説明してきましたが、具体的にエンジニアリングの場面でどう応用できるでしょうか。いくつか例を挙げてみましょう。

プロダクト開発

プロダクト開発では、ユーザーの心理を理解することが非常に重要です。その際にプロスペクト理論の知見は役立ちます。

例えば、アプリの課金機能を設計する際は、損失回避性を意識して、「◯◯円で購入」ではなく「◯◯円お得!」といったポジティブなフレーミングを使うことで、ユーザーの購買意欲を高められるかもしれません。

また、機能のアップデートによってUIが変更になる際は、ユーザーのリファレンスポイントを意識する必要があります。慣れ親しんだUIを大きく変更すると、一時的に不便に感じるユーザーが多くなる可能性があります。変更の際は丁寧な説明を心がけ、移行期間を設けるなどの工夫が求められます。

システム開発

システム開発においても、プロスペクト理論の考え方は応用できます。

例えば、見積もりを行う際は、フレーミング効果に注意しましょう。「最大◯◯工数かかります」と伝えるよりも、「○○%の確率で◯◯工数以内に収まります」という伝え方の方が、ステークホルダーに安心感を与えられます

また、技術的負債の説明の際にも、プロスペクト理論の知見が役立ちます。「このままだと将来的に◯◯のリスクがあります」と脅すのではなく、「今対処すれば、将来的に◯◯の利益が見込めます」とポジティブなフレーミングで伝えることで、負債への理解を得やすくなるでしょう。

6. プロスペクト理論とリーダーシップ

プロスペクト理論は、リーダーシップを発揮する上でも重要な理論だと言えます。リーダーたるもの、チームメンバーの心理を理解し、適切に意思決定を導く必要があります。

例えば、プロジェクトの目標設定の際は、チームメンバーのモチベーションを高めるために、適度にチャレンジングでありながら、達成可能な目標を設定することが求められます。その際、メンバーにとっての利益(達成感、成長など)を強調し、損失(負荷増大、リスクなど)を最小限に抑えるようなフレーミングを心がけましょう。

また、チームメンバーの評価の際も、プロスペクト理論の知見が役立ちます。人は損失に敏感なので、ネガティブなフィードバックを行う際は細心の注意が必要です。まずはポジティブな点を褒めた上で、改善点を伝えるようにしましょう。また、伸びしろを強調することで、成長への意欲を引き出すことができます。

7. まとめ

プロスペクト理論は、人間の意思決定のメカニズムを説明する上で非常に重要な理論です。損失回避性やフレーミング効果、リファレンスポイントといった概念を理解することで、エンジニアとしての意思決定の質を高められるでしょう。

プロダクト開発やシステム開発、リーダーシップなど、さまざまな場面での応用が可能です。ユーザーやステークホルダー、チームメンバーの心理を意識し、ポジティブなフレーミングを心がけることが大切だと言えます。

エンジニアの皆さんには、ぜひプロスペクト理論を学んでいただき、実務で活用していただきたいと思います。

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