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コロナ渦不染日記 #35

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七月二十三日(木)

 ○朝、巣穴を出て、しとしと雨の降るなか、車を借りにレンタカー屋へむかった。もちろん、車で出かけるためである。目的地は山梨県道志村のキャンプ場。主催であるファルコン一家は、前夜のうちから前乗りしているということだった。

 ○ファルコンは、高校時代からの友人で、ネコである。ネコなのだが、その顔はある種の犬に似ている。もっというと、映画『ネバーエンディング・ストーリー』に出てくる竜に似ている。だから、その竜の名前があだ名になった。

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 ○あれから二十年以上が経った。ぼくとファルコン、それにあと三人の友人を含めた五人は、なんとなく交流が続いている。べったりというのでもなく、ここ一、二年は間隔も空きぎみになってきたが、それでも折に触れて声がかかる、声をかける。そういうことが続いている関係である。

 ○ぼくは、運転免許を持っているが、車を持っていないので、運転するのは久しぶりだった。レンタカー屋で車に乗りこみ、コーヒーやお茶、ミントガムに、車中で食べるのに適した小分けの袋のおかしを買いに、コンビニへとハンドルを切るのにも、少なからず緊張する。
「そのうち慣れるさ」
 とは、助手席に座る下品ラビットの言である。そのとおりになったのは、準備を整え、西へむかう大きな通りに出て、一時間ほど経ったころだった。連休の初日だからか、乗用車の数が多く、ときどき数分の渋滞に出くわす。のろのろと進んだり、ふっと前が空いてスピードを出せるようなったりをくり返しているうちに、なんとなく感覚が戻ってきた。
 たまに右折や左折のタイミング、混雑状況などを知らせてくる、レンタカーのナビには、bluetoothのペアリング機能がついていて、手持ちのスマートフォンとつなげて音楽を流せる。ぼくたちは、それこそ二十年前に、ファルコンやゲンちゃんライガーと毎夜ドライブに出かけていたころに聞いていた、ユーロビートを流すことにした。

『スーパーユーロビート』シリーズの、記念すべき一〇〇枚目となったこのアルバムは、有名曲のなかでもさらにベストを募り、カウントダウン形式に並べたものとなっている。デイヴ・ロジャースの「KINDGOM OF ROCK」にはじまり、KING&QUEENの「DANCING QUEEN」、ATRIUMの「NIGHT IN TOKYO」、デイヴ・ロジャースとMEGA NRG MANの「NIGHT FEVER」、ドミノの「TORA TORA TORA」、スーザン・ベルの「MY ONLY STAR」、エドの「TOO YOUNG TO FALL IN LOVE」とチェリーの「TOO COOL TO FALL IN LOVE」、同じくチェリーの「YESTERDAY」にロリータの「TRY ME」、そしてニコの「NIGHT OF FIRE」で終わる。これをなん度となく聞いた。夜の江ノ島、山梨の峠、川崎の工場地帯を眺める高速道路を、あてもなく流しながら、ぼくたちはそういう時間をすごすことが楽しかった。

 ○「NIGHT OF FIRE」が終わって、リピートがかかってしばらくしたあたりで、キャンプ場に着いた。車を止めて、キャンプ地に続く、急な坂をおりると、ファルコンと二匹の息子たちが出迎えてくれた。奥さんと、今年生まれた娘さんは、人間の友人の車で、キャンプ場にむかう途中であるということだった。
 山の天気は変わりやすく、さっと雨が降ったかと思うと、風が吹いて、次の瞬間には雨がやんでいる。ファルコンは慣れたもので、昨夜、息子たちと寝たというテントの前に、タープテントを張っていた。その下で、一時間ほど、ファルコンの息子たちと遊んでいると、ファルコンの奥さんと娘さん、そして人間の友人タニシくんがやってきた。これで今回のキャンプの参加者が全員そろったことになる。タニシくんが火起こしをし、バーベキューがはじまった。

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 泊まりの予定のタニシくんとファルコンはビール、ぼくたちはお茶とコーヒーで乾杯。こういうとき、下品ラビットは存外に常識人である。

 ○バーベキューのあとは、タープテントの下でくつろいでしゃべったり、息子たちと河原に遊びに行ったりする。
 本日の、東京の新規感染者数が、三百三十六人である、ということを聞いたのもこのときだ。
 まったくどうなるものかねえ、と大人たちは話しているが、子供たちは感染症のことなどどこ吹く風で、あそぼう、あそぼう、肩車して、お膝に座るのと、濃厚接触を持ちかけてくる。こういうとき、下品ラビットは積極的に子供の相手をする。今日もたいそうモテていた。

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 ○七時頃、日が落ちて、夕食を済ませれば、子供たちお待ちかねの花火大会になった。
 つくづく思うが、子供は、大人の言うことを聞かない。火のついた花火を人にむけてはダメといって、はいわかりましたとお返事したところで、次の瞬間には、バチバチと火花と煙を吐き出す穂先を、いましも手持ちの花火に点火しようとかがみ込む、きょうだいにむけている。お返事だけいい子供は、お返事よくておけばいいとだけ思っているものだ。痛い目を見ないと理解しないだろうし、痛い目を見ても理解するまでには、時間がかかるであろう。ぼくもかつて、そういう子供だったから、よくわかる。
 そうして、かつてのぼくがそうだったように、言うことを聞けないならば、もうこれ以上遊びません、と注意されると、えぐえぐと泣き出す。それとても、己の不始末を後悔して泣くのではない。ただ、自分の思いどおりにならないことに憤り、むずがっているだけである。なにも理解してはいない。だが、子供とはそういうものなのだ。もう大人になってしまったぼくには、それがよくわかる。だから、万が一の事態にならないよう、大人が目をこらし、手を尽くしておかねばならない。
 そうして、遊び疲れた子供たちが、いよいよ本格的にむずがりだすころに、泊まりの予定がないぼくたちは、キャンプ場を辞した。

 ○午後十時半すぎ。復路は真っ暗闇で、少しガスが出ている。時折、走り屋らしい対向車の群れとすれ違う以外は、前も後ろも誰もいない、すっきりした道をゆくと、なんだか時間がとまったような、二十年前に逆戻りしたような、不思議な気分になった。
 車は、過去(出発点)と未来(目的地)に挟まれて、時の流れのなかを移動する。しかし、その内部は、外の時間の流れから遮断され、別の時間が流れている。窓の外を流れる景色が、どんなにすばやく前から後ろへ流れようとも、右へ左へ動こうとも、窓のこちら側はなにも動いていない(特に、ドライバーならば、大きく動いてはならない)。
 だが、車が移動装置であるからには、いずれ「中の時間」は「外の時間」に追いつかなければならない。特に、「中の時間」が、特別なものであればあるほど、いずれ特別でない「外の時間」に吸収されなければならない。無常である。このしくみは、現代において、いくつもドラマを生み出してきた。THE虎舞竜「ロード」などは、その好例であろう。

ちょうど一年前に この道を通った夜
あの時と同じように 雪がちらついている

何でもないような事が 幸せだったと思う
何でもない夜の事 二度とは戻れない夜


——THE虎舞竜「ロード」より。

「おい」
 不意に、助手席の下品ラビットが言った。
「なに?」
「おまえ、変なこと、考えるんじゃあないぜ」
「なんだい、変なことって」
「行ってみようなんて思ってんじゃないだろうな。そんなことしても、なんにもならない。もう、あすこは、おまえのいくところじゃないんだ。行ったところで、どうせ、戻ってくることになるんだ。回り道になるだけだ」
「わかってるよ」
「そんなら、いいぜ」
 車は、ある十字路を、直進した。
「……ねえ」
「なんだよ」
「下品も、思い出したんだろ」
「ふん」
「楽しかったよね」
「そうだな」

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七月二十四日(金)

 ○朝、昨日の車をレンタカー屋に返却すれば、あとはやることがなくなった。せっかくの連休なのだから、なにもない日も必要である。そう思って、コーヒーを淹れ、ぼんやりとしたところで、『二ンジャスレイヤー』Twitter連載開始十周年のしらせが、Twitterのタイムライン上にあふれた。


 ○このアカウント「ヤラカシタ・エンターテインメント」は、そもそも『二ンジャスレイヤー』の二次創作同人誌を発行するサークルである。最近はとんと沙汰止みになっているが、そういうアカウントであるから、こういうときには、ひょっこりと昔を懐かしむ気持ちになる。
 ぼくが、『二ンジャスレイヤー』と出会ったのは、大学時代のことである。いまはもうないが、当時は「WEBリング」という遊びがあった。傾向の同じサークルを集めて、ゆるくつながった「リング」を作るとともに、その「リング」を訪れた人が、文字どおり数珠つなぎに、参加するサイトの「リンク」をたどっていけるようにしたものだ。マンガ、アニメ、アイドル、ゲーム、いろんな「リング」があったが、ぼくはそのなかの「怪奇幻想WEBリング」にいりびたっていた。ある日、その「リング」の「リンク」をたどっていると、あるホームページで、とてもよくできたダーク/ゴシック/ヒロイックファンタジを見つけた。他の凡百のネット小説を軽く引き離す完成度だった。ぼくはその面白さにやられて、ぞっこんほれこんだその小説の作者に、コンタクトをとろうと決め、結局、当時参加していたTRPGサークルのセッションに、その人を誘ったのだった。そこで、何度かセッションをするうちに、お互いに、ホラーやヒロイックファンタジやアメコミなど、共通の趣味を持っていることがわかった。さらには、海外のコミコンにも出かけて、そこでファンジンを買いあさっては翻訳してみている、という話を聞いたのである。そのときは、珍しいことをやっているなと思ったくらいだった。後日、その人が運営に参加している、オンラインパルプマガジンがネット上に公開され、その掲載作のひとつとして、海外のセミプロ小説家が書いたという、ポップでキッチュなサイバーパンク小説を、その人が翻訳したというものを目にしても、面白いなとは思ったが、それ以上ではなかった。
 ……それから数年後、大学時代とはすっかり異なる、社会動物としても生活を営んでいたある日、Twitter上で、ポップでキッチュなタイトルの翻訳小説が、一ツイート140字で連載されている、という噂を聞いた。懐かしくなって読みに行き、あのときよりも、ずっとずっと面白くなっているのに、舌を巻いたのだった。
 そして、そこから、今日で、十年が経ったというわけだ。この十年の間に、いろんなことがあった。大学時代ぶりに、同人誌を作った。イベントに参加して、いまにも続く、たくさんの友達ができた。ほんとうにやりきれない、悲しいわかれもあった。だが、とっても楽しかったよな。そういう十年が、今日で終わる。そして、そういう十年があったからこそ、また、明日がある。

 ○野崎六助『ドリームチャイルド』を読む。


 ○本日の、東京の新規感染者数は、二百六十人。前日に比べれば少なく見えるが、これでも半月連続で百五十人以上が、新たに報告されているのである。


七月二十五日(土)

 ○昼過ぎから、旅帰りのししジニーさんと飲む。ほろ酔い気分で別れたのが九時ごろだったと記憶しているから、実に六時間以上飲んでいたことになる。だいたい『呪怨:呪いの家』と『ゴースト・オブ・ツシマ』と時代劇の話をしていた。

 名誉を捨て、武士の道を外れてまでも戦う主人公の姿は、なるほど、「冥府魔道」であると思われる。非常に、非常に気になるタイトルだ。

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【名】
1.《キリスト教》地獄に落ちること、永遠の罰
2.《キリスト教》地獄
3.〈古〉完全な破壊[破滅]

——「英次郎 on THE WEB」より。


 ○電車に傘を忘れてきた。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、二百九十五人。

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七月二十六日(日)

 ○連休最終日であるが、これといってすべきこともなく、午前中はひねもすだらりと過ごしていた。

 ○午後は、岬へ出かけて、ぶらぶらと古本屋を冷やかしたりする。UNIQLOで、噂の「エアリズムマスク」を発見したので、購入した。手持ちの使い捨てマスクはまだあるものの、以前に比べてすくなくなってきたが、布マスクは手作りのそれしか持っておらず、仕事に着けていくことはできないなと思っていたところだった。

 人間用しか扱っていないようだったので、一番小さいサイズにしておいた。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、二百三十九人。



→「#36 遭遇」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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