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コロナ渦不染日記 #36

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七月二十七日(月)

 ○懸案事項だった仕事がうまくいった。先日、ししジニーさんからいただいた、鹿島神宮のお守りの霊験があらたかであったようだ。

 ○こういうときは、毎週恒例となったマッサージも、いつもよりリラックスして受けられようというものである。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、百三十一人。

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七月二十八日(火)

 ○パンダ先輩に同行する。学ぶことが多くあり、実り多い一日であった。

 ○父うさぎから、お盆はどうするのかという質問の連絡があった。個人的には帰省したいが、東京で働いていることもあり、しばし考えてから返答することにする。

 ○さいとう・たかを『影狩り』七巻を読む。


 ○本日の、東京の新規感染者数は、二百六十六人。この数字だけを見て、一喜一憂すべきではないとは思うが、だとすると明確な指標なく、臨機応変に対応せねばならないことになるのだから、やはり慎重を期する必要がある。


七月二十九日(水)

 ○在宅勤務は気持ちが弛緩する。いい加減気を取り直さねばと、コーヒーを買いに出かけたら、アリバイのマスクを忘れてしまうていたらくである。

 ○週末に公開が予定されている、映画『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』のチケットを予約する。


 ○春に転職した際、楽しみにしていたことのひとつに、いわゆる「アフターファイブ」があった。前職は夜がメインの仕事だったので、この時間帯こそ勤務時間であった。だから、日の落ちきらないうちに帰宅するだけでなく、友達と示し合わせて飲みに行ったり、イベントに参加したりすることができるようになることに、それなりに期待していたのである。
 現実には、この災禍で、なかなかおいそれと出歩くことがはばかられるようになってしまったけれども、今回ばかりはそれも解禁する。なんとなれば、『カラー・アウト・オブ・スペース』は、ぼくがこの世でもっとも好きな怪奇小説家「H・P・ラヴクラフト」の、できのいい作品のひとつである「宇宙からの色」の映像化作品として、すでに多くの評価があつまっているものだからである。

 ○『カラー・アウト・オブ・スペース』が楽しみすぎて、板橋しゅうほう『DAVID』を読む。

 人類が宇宙に進出した未来世界を舞台に、妖術師が異界から呼び出した魔物の脳を摘出、小型生命維持装置とともに本に埋め込んだ「アルハザード奇脳本」が登場し、この生けるサイバー魔道書と、〈神の子〉をめぐって、宇宙ステーションが惨劇に見舞われると言う展開は、『ヘルレイザー4』(1996)や『ジェイソンX』(2001)に似ているが、このマンガはそれらよりもだいぶ早く、一九八六年に発表されている。第一巻の主人公が、第二巻では悪役というか、新しい主人公と敵対する立場になっているなど、善悪のさだめのつかない展開が面白かっただけに、未完というか、打ち切りのために尻切れトンボな結末になっているのが、大変惜しい作品である。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、二百五十人。


七月三十日(木)

 ○パンダ先輩に同行する。新人教育係ではないのだが、いろいろと気にかけてくれて、ありがたい先輩である。

 ○帰宅して、本棚を眺めていると、背筋がぞっとする恐怖を味わった。
 ぼくの部屋は、「本棚がある部屋」というより、「本棚でできた部屋」と言ってもいい。なんなら、「本棚を部屋にしている」も当然かもしれない。なんとなれば、本棚そこからはみ出した本たちが、床のそこかしこに積まれているからである。当然、帰宅して着替えたり、机で作業しているあいだも、ちらちらと本が目に入る。目に入りすぎて、本のひとつひとつが判別できず、壁紙のごとくになっている。
 だから、これまで、以下に述べる恐ろしいことに、気づかずにいたのであろう。

 ○部屋の本棚のひとつに、回転式の本棚がある。立方体の四面が本棚になっていて、回転して任意の棚から本が取れるのである。

 これを、ぼくは未読本用の本棚としていた。実際には、ここからも本があふれて、最初は天板の上に、現在では床に、まんべんなく積み重なることになるのだが、購入した当初は、ここからはみ出すくらい本は買わないようにして、管理する予定でいた。
 今日、この本棚を眺めていたとき、ある本に目がとまったのである。前述したとおり、ふだんなら、壁紙のごとく「見ているが、見えていない」はずのものが、今日に限って気になった。それは、平井呈一氏の編纂による、英米怪奇小説のアンソロジー『恐怖の愉しみ』上下巻である。

 この二冊が、ならんで背表紙をこちらにむけているのだが、そのならびを、自分は、どこか別の場所で見たことがある。そう思ってしまったのである。毎日、見るともなしに見ているから、「見たことがある」だけならおかしなことではない。問題は、「別の場所で」という部分である。これはいったいどういうことかと思うと、他の本棚に目がむいた。ぼくは本棚を、ジャンルごとに分けている。ここは純文学、ここは山田風太郎、ここはヒロイックファンタジ、ここはアメコミ……といった具合である。その、ジャンル分けの一角にある、怪奇幻想アンソロジーの棚を見た。
 そこに、『恐怖の愉しみ』上下巻が、いたのである。ぼくは、同じ本を、しかも上下巻そろいで、二セット購入していたのである。そして、そのことに、今日のいままで、まったく気づいていなかったのだ。
 これを、本好きの恐怖といわずして、なんと言おう。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、三百六十七人。

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七月三十一日(金)

 ○ハリネズミのような先輩に同行する。「ハリネズミのような」といったのは、小柄であるだけでなく、八方にアンテナをひろげて、情報や機会に敏感な人物だからである。なにより、ものすごいホスピタリティの持ち主で、対人関係のオープンさが心地よいコミュニケーションをする。見習うべきスタンスかと思う。

 ○退勤後、待ちに待った映画『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』を見に行く。

 結論から言うと、期待どおりの傑作であった。

 ○映画館のある新宿に着いたのが、午後六時をすこし過ぎたくらい。一服したくて、喫茶「ピース」に行こうと思ったが、あまりにもおなかがすきすぎていて、「博多天神」で豚骨ラーメンを食べてしまう。

 その後、映画館近くの喫茶店で、アイスコーヒーをすすりながら、タバコ片手に「The Quest of Iranon」の翻訳をして時間を潰す。ちょうど一段落終わったところで、時間となったので、「シネマート新宿」に移動した。

 シネマート新宿は、かつてポストアポカリプスSF/バイオレンスアクション/青春冒険映画の傑作『ターボキッド』を見に行ったところである。あのときも、そこまで大入りではなかったが、この災禍のため、予約できる席数を制限し、間隔を開けるようにしているので、公開初日でもそんなに入っていないように見えてしまう。それでも、ポップコーンと飲み物を買い、席に戻ると、スクリーンの手前に他の観客の頭が見えて、「映画館に映画を見に来た」実感がじわじわとわいてきた。

 ○そうして見た『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』は、単品のSFホラー映画としても、ラヴクラフト作品の映像化としても、文句のないできであった。
 思わず、帰途の電車でツイートをしてしまい、帰宅してからも、三時間ほど記事を書き続けてしまった。近日公開予定、ご期待を乞いたい。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、四百六十三人。

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→「#37 お風呂場のリタ・ヘイワース」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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