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コロナ渦不染日記 #37

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八月一日(土)

 ○午前中は日記を編集し、午後はぼんやりと過ごす。

 ○夜、久々にテレビを付けて、『出没!アド街ック天国』を見る。今回の取材対象は石川町。飲食店や雑貨など、面白そうな店が紹介されていると、そろそろ出かけたくなってくる。

 ○今週半ば、これまで新型コロナウィルスの感染者が確認されずにきた岩手県で、感染者が確認された。これにより、感染者が所属する会社が、感染者情報をホームページに掲載、それを受けて、この会社へのメールや電話による誹謗中傷が相次ぎ、ネット上では感染者の特定が行われ、非難が飛び交っているという。
 永井豪『デビルマン』を例に出すまでもなく、日本人は「他者」に対して冷淡であるどころか、狂的なまでに排除をしようとすることもしばしばである。「罪を憎んで人を憎まず」などということは、「仲間」のうちでだけ適用される考えで、それ以前に、「仲間」でない「他者」であれば、憎み、さげすみ、攻撃してもよいと考えているのである。そして、そのような「他者」は、いつ、なんどきでも生まれ得る。「多数派」「世間の常識」からこぼれ落ちた瞬間に、その人たちは「多数派」「世間」にとっての「他者」と見なされてしまうのだ。
 悪い意味で、「他人」をほうっておくことができない。「他人」のふるまいを、自分のそれと比べて、相手が少数派であれば攻撃し、自分が少数派であればおもねり、善悪や正負といった基準ではなく、「他者」の姿を見て判断するので、「自己」というものが希薄であることが多い。それが日本人であろう。

 ○本日の、東京の新規感染者数は、四百七十二人。

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八月二日(日)

 ○午前中はだらだらと過ごし、昼過ぎに銀座へゆく。めあては、銀座松屋で開催されている「誕生六十周年 ミッフィー展」である。

 制作者ディック・ブルーナについてはいまさら述べることもあるまいが、一点とりあげるとすれば、それは彼のデザインスタイルである。シンプルな線と色の使い方は、両親の経営する出版社で、デザイナーとして就業していたところから培われたものである。そのスタイルの素晴らしさは、彼がデザイナーとして勤めた出版社のマスコットキャラを描いた、この一枚を例示すればこと足りるであろう。

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 このスタイルの、ある意味集大成といえるのが、「nijntje[ナインチェ]」と名付けられた、うさぎのキャラクター、すなわち「ミッフィー」である。その人気により、各国で異なる呼ばれ方をするこのキャラクターは、本邦ではいまでこそ「ミッフィー」であるが、個人的には「うさこちゃん」と呼びたいなつかしさがある。それは、ぼくが、子供時代、巣穴の風呂場に、うさこちゃんのシールを貼っていたからだ。『ゆきのひのうさこちゃん』の、防寒着を着た姿である。

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 なぜそのシールだったのか、なぜ風呂場だったのかは、いまとなってはもう思い出せないが、いまはもうないその巣穴に住んでいたあいだは、ほとんど毎日湯船につかっては、うさこちゃんをながめていたものである。ちょうど、アンディ・デュフレーンが、リタ・ヘイワースのポスターを眺めたように。
 だから、今回の展示を見て、そのシンプルな線と色使いの秘密がわかって、個人的には感無量であった。なんとなれば、ブルーナ氏が、均一な線のかける筆で、ケント紙のような紙に、すこしずつ、すこしずつ線を描いていく、その様が見られる動画が上映されていたのである。また、そうして描いた線を、透明なフィルムに写しとり、それを色紙に重ねることで、あのシンプルな色使いを行っていることがわかる、原画の展示がおこなわれていたのである。もちろん、下絵は描くし、最後には彩色をする。しかし、その過程に、このような作業が行われているとは、想像もしなかった。
 これが見られただけでも、来た甲斐があったというものである。

 ○しかし、ひるがえって、これは文章を書く場合にも適用されることである。一筆書きで完成する場合もあれば、下描きをかさねた果てに、一語一語、彫りこむようにして作りあげていく場合もある。一読、シンプルな言葉遣いのように思えても、それができあがる過程には、少しずつ、少しずつ選ばれていく言葉や、積み重ねられていく流れがあるはずだ。ただ文字数を積み重ねればいいというわけではない。シンプルに構成された文章も、流れるように叙述される文章とおなじく、使い方を間違わなければ、伝えるべきものが伝わるようになるのである。

 ○展覧会を見終わって、物販コーナーで買い物をした。とてもできのよいカタログと、うさこちゃんのプリントがされたショットグラスを購入する。もちろん、ショットグラスの柄は、『ゆきのひのうさこちゃん』である。

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 ○本日の、東京の新規感染者数は、二百九十二人。



→「#38 夏来にけらし」



引用・参考文献




イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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