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コロナ渦不染日記 #92

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一月十二日(火)

 ○今朝の体温は三六・〇度。

 ○仕事の昼から会議の日であった、緊急事態宣言発出中ということもあり、リモート会議になった。昼食を食べ終えてから、自室でパソコンをたちあげる。会議が一時間ほど経ったところで、腰に鈍い痛みを覚える。痛みには覚えがあった。十年ほど前にいちど、五年ほど前にもういちど、経験した痛みである。そのとき同様、すぐさま布団に横になった。
ぎっくりだな」
 相棒の下品ラビットの言い方は直裁だった。「またやっちまったな」そう言う彼の顔、鈍い苦痛にゆがんでいる。「大丈夫だ、リモート会議だし、カメラは切っているから、おまえがどんな姿勢をとっていようが、関係ない」
 彼のすすめにしたがい、布団のなかで横になり、顔のそばに開いたパソコンを置いた。会議は続いていた。ぼくだけが、水揚げされた魚のように横になっている。いや、ぼく以外の参加者も、どんな姿勢をしているか、わかったものではない。裸の人間もいるかもしれない。水音がしないだけで、風呂につかっているワニもいるかもしれない。ヘビ先輩は一言も発しないが、横木に巻きついているかもしれない。ときおりガサガサという音が聞こえるのは、誰かがお菓子を食べているからだろうか。

 ○会議の最中ずっと布団に横たわっていたが、痛みは去らなかった。明日からはまた現場に行かねばならない。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、四五三六人(前週比-三七三人)。
 そのうち、東京は、九七〇人(前週比-三〇八人)。
 日記に記載する、新型コロナウィルスの新規感染者を、「前週比」に変えてから、初のマイナスを記録した

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一月十三日(水)

 ○腰が痛いが、現場にゆかねばならない。加圧シャツの姿勢補助を信じて着用、出勤する。
 今朝の体温は三六・〇度。

 ○通勤電車は相変わらずの混み具合で、いちど座ったものはなかなか席を立たない。それは優先席においても同様である。三人の男性が座って、席は埋まっているが、三人は目を閉じて、どんな人間が席の前に立つか、確認しようともしない。そのことじたいを、責めようとは思わないが、腰が痛くなっているというていどでも、「譲ってくれまいか」と思うのだから、もっとたいへんな状態にある人々は、譲らぬ人々を憎々しく思っているのかもしれない。

 ○つり革につかまるのは、腰が揺れるために避けて、優先席そばの、戸袋のところで、背中をなんとか姿勢を保った。
 電車が川を渡ると、窓のそとに白いもやがかかった。外気と水温に温度差があり、風がないため、川霧が立っているのである。大気は澄んで、遠く西方に富士山が見えた。

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 思わず写真を撮った。

 ○ロキソニン湿布と、腰痛緩和トローチを買って帰る。


 ○帰宅するも、持ち帰り仕事をする気にならないので、小池一夫・小島剛夕『子連れ狼』を読む。


 ○本日の、全国の新規感染者数は、五八七一人(前週比-一二七人)。
 そのうち、東京は、一四三三人(前週比-一五八人)。


一月十四日(木)

 ○昨日買ったロキソニン湿布を貼り、腰痛緩和トローチをなめて出勤する。
 今朝の体温は三六・一度。

 ○腰は痛いが、仕事はうまくいった。

 ○腰が痛いせいか、仕事のスケジュールが詰まっているわりに、できることがすくないせいか、気持ちが落ち込んでくる
 こうなってくると、人間をふくめ、われわれ知性生物の「気持ち」というものは、二輪車のようなものだという考えが芽生えてくる。二輪車の安定は走行にある。動き続けているからこそ、二輪車は安定するのである。止まっていると、自転車も、バイクも、横倒しになってしまう。われわれの「気持ち」も似たようなものではないか。前をむいているためには、前へ前へと動き続けていなければならないのである。もちろん、休むことも重要だ。しかし、止まってしまった気持ちは、自分で止めたなら、すぐにも動き出せるかもしれないが、ふいに横倒しになったものは、引き起こし、またがって、再び動き出させるためには、動き続けるのとはちがう、もしかしたら、動き続ける以上の労力を必要とするのかもしれない。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、六六〇六人(前週比-九六四人)。
 そのうち、東京は、一五〇二人(前週比-九四五人)。
 本日で、緊急事態宣言発出から数えて、まる一週間が経ったことになる。上記の数字はその結果と言えなくもないが、潜伏期間が二週間ということを考えれば、これは大晦日と元日の成果かもしれない。

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一月十五日(金)

 ○朝が暗い。
 今朝の体温は三六・〇度。

 ○通勤と帰宅の電車で、起きていられない。腰の痛みが精神を消耗させているのか、仕事のスケジュール調整がうまくいかないからか、絶えずこころにもやがかかっているようである
「やばいぜ」と下品ラビットが危険をほのめかしている。ぼくよりも冷静だが、彼もプレッシャーを感じているのだ。
 あるいは、このプレッシャーは、この災禍の、先の見えなさに起因するのかもしれない。

 ○これにて、一週間の仕事が終わり、明日、あさってと休日だというのに、こころのもやは晴れない。小池一夫・小島剛夕『子連れ狼』を読む。

 冥府魔道の刺客旅を続ける親子の姿を、灰色のゆく手を見すえながらも歩まなければならない自分たちの姿にかさねて、なんとか自分を奮いたたせる。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、七一三一人(前週比-七五一人)。
 そのうち、東京は、二〇〇一人(前週比-三九一人)。
 先週よりは少なくなっているとはいえ、まだまだ全国で七千人、東京で二千人の新規感染者が、一日で報告されるのである。余談は許されない。



→「#93 ジン」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/



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