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コロナ渦不染日記 #62

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十月十二日(月)

 ○今朝の今朝の体温は三六・三度。

 ○政府の助成を受けて、旅行代金の三十五パーセントを割り引く「Go Toトラベル」キャンペーンをめぐって、大手宿泊予約サイトなどで、割引額をひき下げたり、利用回数を制限する動きがあった。最大一万四千円を割り引くとしていたところ、三千五百円までひき下げるところがあるという。原因は、当初、制度の対象外であった、東京からの出発も対象に含んだところで、国から配分された予算が、各社で少なくなってきたことが原因とみられるとのこと。ぼくたちも、この夏の終わり、名古屋へ旅行した際に、このキャンペーンを利用した。たいそうな割引がかかって、お安く旅行できたことを喜んだものだ。だから、あれが期待されるところ、ふいにされたのであれば、なんともやるせない気持ちになる。

 観光庁は「対応を検討すると言っているが、助成を追加で増額するなどということもすまい。上記の記事から引用すれば、

 また、国民への事前周知が不足しているとの指摘に対して「制度では最大(1万4000円割引)ということだから、いくらと決定しているわけではない。ただし、その辺も含め、利用者にしっかりとした情報が提供されることは大事だ。そうした指摘も踏まえ、観光庁において、しっかり対応してもらいたい」と述べた。

——Yahoo!ニュース「加藤官房長官『観光庁で対応を検討』 GoToトラベル上限額引き下げで」より。(太字強調は引用者)

 ということであるから、畢竟、「GoToトラベル」キャンペーンは、もはや「やるったらやる」以外の意味がなくなってしまっているのであろう。「東京アラート」のときとおなじである。その結果が、事業者にどう還元されるかなど、特に考えていないのである。いわんや、それを用いる消費者をや。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、二七八人(前日比-一五八人)。
 そのうち、東京は、七八人(前日比-六八人)。


十月十三日(火)

 ○朝、着替えて巣穴を出ると、太陽こそ見えないものの、青空は明るく澄みきって、うすいもやのような雲の散らばりから、球状をしているのが見てとれる。まさに「蒼穹」というにふさわしい。
 今朝の体温は三六・〇度。

 ○平井呈一・編訳『屍衣の花嫁 世界怪奇実話集』を読む。

 前半の「幽霊を見た人たちの報告」パートは、異口同音の内容が続く構成が、ミニマルテクノめいて面白いが、内容として目新しさはない。一方で、中盤からの、「実録怪奇事件」パートは、さすがに読み物として構成されているので、語り口に面白さがちゃんとある。ラスト一行でびっくりさせてくる「首のない女」、怪奇小説の枠組みでノワールを描く好編「死の谷」などが、怪奇実話として面白いし、なにより平井呈一翁の訳文、特に市井の人々の日常会話を表す、いまとなっては古めかしいことばづかいのテンポが小気味よい。

 一体ジェイムズという男は、これはぼくの想像だけど、根からの懐疑主義者なんだよ。そういうタイプの男なんだ。なにかいうとすぐ喧嘩腰になる、強情で自分勝手な、ガリガリの物質主義者でね。そのまた細君というのがこれがまた、よせばいいのに、へんてこりんな鳥の羽根を帽子にくっつけているという、イカモノでね。まあ、似合いの夫婦なんだ。

——「魔のテーブル」(『屍衣の花嫁 世界怪奇実話集』)より。

「我利我利」と書くほうの「ガリガリ」、「イカモノ」なんて、久々に見た。

がり‐がり
[副]
1 堅い物をかみ砕いたり引っかいたりするときの音を表す語。「氷をがりがり(と)かじる」「かつお節をがりがり(と)削る」
2 一つの事に凝り固まって、他の事を考えるゆとりがないさま。「がりがり(と)金をためる」

[形動]
1 非常に堅くてかじると音のするさま。「生煮えでがりがりなじゃがいも」
2 ひどくやせているさま。「がりがりにやせたからだ」
(「我利我利」とも当てて書く)自分の利益や欲望だけを追うさま。「人間の心を―にして清くしない」〈実篤・幸福者〉

——goo辞書「がりがり」より。(太字強調は引用者)
いか‐もの【如=何物/▽偽物】 
1 本物に似せたまがいもの。いかさまもの。「―をつかまされる」
世間並みと異なって変なもの。「―好き」

——goo辞書「いかもの」より。(太字強調は引用者)


 ○本日の、全国の新規陽性者数は、五〇〇人(前日比+二二二人)。
 そのうち、東京は、一七七人(前日比+九九人)。


十月十四日(水)

 ○今朝の体温は三六・〇度。

 ○仕事の懸案事項がひとつ片付いた。先月から、つねに頭の一部で思案していたことだったので、荷を下ろせただけでもうれしいことだが、片付き方が上手かったのは、重畳である。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、五五二人(前日比+五一人)。
 そのうち、東京は、一七七人(前日比+一一人)。

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十月十五日(木)

 ○今朝の体温は三六・〇度。

 ○昨日で懸案事項が片付いたうえに、サル先輩の取引先に同行する日だったので、気が楽なことこのうえない。
 しかも、退勤後、訪問先の近くの古本屋で、アンブローズ・ビアス『死の診断 ビアス怪奇短編集』と、バリー・ギフォード『ナイト・ピープル』を格安で発見した。いい日である。


 ○本日の、全国の新規陽性者数は、七〇八人(前日比+一〇七人)。
 そのうち、東京は、二八四人(前日比+一〇六人)。


十月十六日(金)

 ○今朝の体温は三六・二度。

 ○通勤中、アニメ『鬼滅の刃』の第一話を見る。

 約二十五分のあいだ、主人公・竈門炭治郎[かまど・たんじろう]のモノローグが流れっぱなしなのは、個人的にはうざったく感じるものの、それゆえに、主人公の追い詰められた心情に感情移入して、ヒリつくようなサスペンスに飲みこまれる。原作からしてこうなのであれば、共通して流れる時間の制限を受けるアニメと異なり、読者それぞれのテンポで、主人公の心情を追体験できるだろうから、作品への没入感はいかばかりかと思う。人気になるのも、むべなるかな。

 ○『鬼滅の刃』は、二〇二〇年代のビルドゥングス・ロマンであろうと考える。
 ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』や、トーマス・マン『魔の山』に代表される「ビルドゥングス・ロマン」とは、生まれ育った環境を離れ、身一つで広い「世界」と対峙しなければならなくなった主人公が、その苦闘を経て精神的に成長する物語をいう。そして、ここでいう「世界」とは、基本的に、そのときの主人公の「ありのまま」を認めない世界である。「大人」の世界に、子どもは子どものままでは生きられないのであるから、どうしても「大人」にならざるを得ないのである。しかし、そうして自分たちに変化を強いて、ある意味では抑圧する「世界」に対し、子どもは反発心を抱く。勢い、「世界」とは「敵」に等しくなり、その「敵」と同じものにならなければ生存できない。あるいは、その「敵」と戦うとしても、「敵」を知らねばならず、さらにいえば「敵」の力を用いなければならない場面がどうしても出てくる。このことが、生まれ育った環境を離れたばかりの、心細い子どもには、強いジレンマを生む。そのジレンマをどう解消するか、そのために「敵」の力をどう利用するか、そこに知恵を働かせ、行動するのかを語るのが、ビルドゥングス・ロマンである。
 このようなビルドゥングス・ロマンは、だから、どんな時代にも生まれうる。そして、必ずふたつの共通点を持つ。ひとつ、その物語が生まれた時代の不安や閉塞感を反映する、ということ。そしてもうひとつ、その不安や閉塞感のなかを生き抜いていく主人公の姿が、思春期の少年少女にとって、「自分の半歩前を行く理想の姿」になる、ということである。
 つまり、ビルドゥングス・ロマンとは、「不安や閉塞感のなかを、半歩前を進み、一緒に歩いていってくれる物語」と言うことができるだろう。
 アニメ『鬼滅の刃』第一話のラストは、灰色の空の下、主人公の炭治郎が、妹の「手を引いて」歩いて行くところで終わる。これは、間違いなくビルドゥングス・ロマンの構造である。

 ○ぼくじしん、思春期には、夢枕獏「キマイラ・吼」シリーズ、冴木忍「卵王子カイルロッドの苦難」シリーズ、麻生俊平「ザンヤルマの剣士」シリーズ、大槻ケンヂ『新興宗教オモイデ教』やLeafのゲーム『雫』『痕[きずあと]』などに、手を引かれて、不安と閉塞感のなかを、ともかくも進んできた。
 そういうところを比較すれば、『鬼滅の刃』は、特に目新しい物語ではない。ほとんど吸血鬼のそれと変わらない〈人食い鬼〉の存在——特に、〈鬼〉になってしまうものの、人であったころのこころを失っていない(ように思える)妹・禰豆子[ねずこ]の存在は、近しいものが、自分より先に、肉体も精神も「異なるもの」に「成長」していくことへのおびえとともに、そうなったとしても、幼かったころのこころを失わずにいられるかもしれないという希望を感じさせて、思春期のゆれうごくこころの象徴として、手堅いつくりである(萩尾望都『ポーの一族』を挙げるまでもなく、吸血鬼とビルドゥングス・ロマンは切っても切り離せない関係にある)。
 むしろ、目新しさは、主人公・炭治郎の、優等生的な性格にある。先にも述べたように、ビルドゥングス・ロマンは、主人公が対峙する世界を「敵」として描く場合があり、そのことは、ひるがえって、主人公を「世界の理[ことわり]と真っ向から対峙する、アウトロー的な存在」と設定することがおおかった。しかし、『鬼滅の刃』では、世界の理[ことわり]のなかで、その理を知ろうともがく存在として、主人公を配置する。これは、小学校から大学まで、勉強という「理」のなかで成長していくことを余儀なくされた存在としての少年少女の姿を自明のものとする、という点で、これまでにない新機軸であろうかと思う。

 ○かつて、web上に存在した、『デジタルデビル物語 女神転生Ⅱ』攻略情報サイトに、「行手の空は灰色で」というものがあった。
 すべての「世界と対峙する物語」は、灰色の空の下から始め、灰色の空の下へとむかわなければならないのである。

 ○二ヶ月前に生まれた姪うさぎの退院が、延びることとなった。顔を見られるのは、もうすこし先になりそうである。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、六四二人(前日比-六六人)。
 そのうち、東京は、一八四人(前日比-一〇〇人)。



→「#63 人間の証明」



引用・参考文献




イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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