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1時間半でいわき湯本温泉を満喫した【いわき小旅③】

いわき駅から水戸行きの電車に乗ったのは午後4時8分。帰宅途中の高校生をわんさかと乗せた常磐線は8分後にいわき湯本駅に到着した。
駅から出ると、小雨が降っていた。

「うわ降ってんじゃん、最悪〜」

と喚く女子高生の声。僕もそう思う。せっかく初めていわき湯本に来たのだから、どうせなら晴れていて欲しかった。

ただ、雨が降っていたからか涼しい。時折吹く風が扇風機の風の数倍も心地良く、リュックを背負っていて歩いていても汗をかかない。雨は降っていたものの傘をさすほどではない。個人的にはとても過ごしやすい気候だと感じた。


湯本駅を出て右に歩く。午後4時過ぎだからか駅前の商店街は閉まっているお店が多い。平日だしこの時間はあまり人は来ないのだろう。僕が右に向かって歩き続けていた理由は、あらかじめこの先に気になるカフェがあることを調べていたからだ。そのカフェの名前は「備中屋本家 斎菊」。なんだかカフェっぽくない名前だが、それもそのはず、このお店は明治初期に建てられた蔵を利用してオープンされたカフェらしい。そんな歴史があると知ると店名が急にしっくり来る。

駅から歩き続けること10分ほど。やや雨が強くなっていたがそこまで濡れる前にカフェの前に着いた。商店街では閉まっているお店をたくさん見かけたのでここもやっているか不安になったが、入り口には「OPEN」の文字が書いてある。良かった。やってそうだ。

この時点で午後4時半前。お店の営業は午後5時前。もしかしたら断られるかもしれないが承知の上でお店の扉を開けた。中に入ると、目の前には誰もいない。目の前にあるのは無数の本が並ぶ本棚と誰も座っていない木のテーブル。左側にはマイクが何本か立っており、スピーカーもある。普段誰かがここでライブでもしているのではないかという雰囲気だ。

上からは話し声が聞こえる。なるほど。お店は2階にありそうだ。僕がそれを理解したと同時に、「2階へどうぞ〜」と言う男性の声が聞こえた。僕は靴を脱ぎ、階段を登った。登っている途中、おば様が現れて

「すみません、スリッパを履いて上がってきてもらえますか〜?」

と僕に言った。後ろを振り向くと、玄関には色とりどりのスリッパが綺麗に並べられていた。見落としていたようだ。1階に戻ってスリッパを履き、再び階段を登った。

2階にたどり着くと、常連らしき60代くらいの男性が会計を終えて出て行こうとしているところだった。先ほどのおば様から「お好きな席にどうぞ」と言われたのでカウンターに近いテーブル席に腰掛けた。すぐにおば様がお水とメニューを持ってやって来た。メニューはドリンクが中心だったが下の方にデザートメニューも書いてある。どうせなら甘いものが食べたい。僕はメニューの一番下に書いてあった「備中屋ケーキデザートセット」を注文した。注文する際におば様から

「本日、デザートはプリンになりますがよろしいですか?」

なるほど。ケーキと書いてありつつも今日はプリンなのか。僕はプリンが大好きだ。おば様に「お願いします」と言うとおば様は「少々お待ちください」と言って厨房の方へ戻って行った。


僕とお店を営むご夫婦だけがいる店内では静かにレコードが流れ、壁や床にはさまざまな絵画が飾られている。後で調べたことだが店主さんの曾祖父は斎菊勝之介さんという画家のようで、彼の作品や書物が店内に展示されているようだ。展示されている絵は彼のものだけでなく、現代を生きる地域のアーティストが描いたアートも飾られており、明治の建築と現代のアートのコラボを生み出す場所にもなっている。最近のアート作品といえば真っ白の壁の中で間隔を広く空けるように展示をされている印象だが、ここは少し薄暗く壁も木や黒が基調。絵と絵の間隔もせまく、一目で雰囲気の異なるさまざまな絵が視界に入ってくる。普段見る絵の展示とは対照的だ。空間と配置だけで絵というものは見え方が変わるらしいと聞いたことがあり、なんとなくそれが分かった気がした。

プリンとドリンクだけなら5分くらいで出てくるだろうと思っていたが提供までは10分ほどかかった。でも僕は時間かかったなぁとは思わなかった。なぜなら運ばれた皿の上を見てすぐに納得がいったからだ。

まずプリンが思っていたイメージとだいぶ違っていた。平たいお皿に茶色いカラメルがかかった姿を想像していたので深みのあるお皿に黄色い池ができている光景には驚いた。この驚きはプリンに対する固定観念が生み出した結果だ。カラメルがかかったプリンだけがすべてではないのだ。

そしてさらに驚いたのはプリンに添えられたフルーツたち。ブドウやキウイはわざわざ皮を剥いてお花のような見た目になっている。粋でオシャレな飾り付けだ。この綺麗なプレートを作るのに時間がかかることは容易に想像できる。失礼だがここまで綺麗なプレートが出てくるとは想像もしていなかった。

ただでさえ閉店ギリギリに来ているのだ。早く食べよう。

まずプリンから。黄色い池にスプーンを落とすと表面の黄色がプリンの割れ目へと垂れていく。それをスプーンですくい上げながら口の中に入れた。美味い。プリン自体の甘味は薄めだが、上にかかった黄色いコンポートが甘さを見事にカバーしている。どうやらこれはイチジクのコンポートのようだ。東京にはインスタ映えする素敵プリンが山ほど存在するが、そのどれとも違う独特な味わいである。

プリンの周りに花咲く果物たちも甘くて水々しくてかなり美味しい。さらに皿の隅にはイチジクの果実がまるごと添えられている。贅沢だ。イチジク好きにはきっとたまらないはずだ。僕はイチジクが好きかと言われたら好きでも嫌いでもないと答えそうだが、丸ごと一個の果実を目にするとさすがにすごいなぁと思ってしまう。

アイスティーは2杯分用意されている。ミルクティーを頼んだがミルクは別で来るようだ。最初はストレートティーとして飲み、途中でミルクを混ぜてミルクティーにして飲んだ。お客さんは僕1人しかいなかったが、なぜか堅苦しさは感じなかった。

プリンは独特な美味さ。果物は新鮮で甘く、果切り方も手が込んでいる。お茶も2杯分ついている。これは都内では平気で2000円とか取るお店がありそうな内容である。お店の雰囲気も独特で過ごしやすく、たった900円でこのクオリティが楽しめるのは本当にすごいと感じた。いわき湯本にはなんて良いカフェがあるんだ。


席を立ち、カウンターで会計をした。財布からお金を出している途中、お店のお父さんから

「観光ですか?」

と聞かれた。やはりどうやら僕は観光客感が丸出しのようだ。

「まあ、ちょっとした用事があったので帰りに寄ってみたのです」
「そうですか〜」

お父さんがこんなに気さくに話しかけてくれると思わなかったので、

「デザートとても美味しかったです。これで900円はすごいですよ」

と言ってみた。それを聞いたお父さんは嬉しそうだった。

「はは、ありがとうございます。今日あなたが2人目のお客さんですよ」

「ええっ!?」と声に出てしまった。こんなに安くて良いお店なのに。あばれる君のネタみたいなリアクションが出た。平日のいわき湯本は、かなり空いているようだ。

「良いお店なので、これからも頑張ってください」

そう言った後、財布にちょうど入っていた900円を受け皿に置き、階段を降りた。都内だったらもっとお客さんが来るんだろうなぁ。良いお店だからもっとお客さんが来て欲しいなぁ。階段を降りながらそんなことを考えていた。玄関で靴を履くときに今降りて来た階段を見て、またこの階段を登ってみたいと思った。



さて、甘いものを補給したところで温泉に入ろう。せっかく温泉街に来たんだ。日帰り入浴は欠かせない。先ほどのカフェから2分ほど歩いたところに、いわき湯本温泉を代表する公共浴場がある。「さはこの湯」だ。

昔の割烹旅館みたいな見た目である。これがただの公共浴場だなんてちょっと信じられない。しかも中に入って券売機を見たときにさらに驚いた。それは入浴料が300円であること。公共浴場とはいえさすがに少し値上げしてもいいんじゃないかと思う値段である。観光客よりも地元の人が使う割合の方が圧倒的に高いのだろうか。

内装はだいぶ年季があり、特に脱衣所はなかなかのレトロ感だった。公共浴場だがドライヤーがついているのはありがたい。


服を脱ぎ、浴場の扉を開けるとそこで広がるのは少し薄暗い中でようこそと言わんばかりに中心で待ち構える丸い浴槽。暗さでお湯が茶褐色に見えるが浴槽の底は見える。ほのかに硫黄の香りが立ち込み、見るだけで「濃い」温泉であることを想像させる。

まずはシャワーで身体を流す。意外にもシャワーの水圧がかなり強い。公共浴場といえばシャワーがついてすらいない場所も多いが、ここのシャワーはこういう系の公共浴場の中ではトップクラスの水圧だと思った。シャンプーやボディソープの備え置きはないので必要ならば持参しよう。

身体を流した後、浴槽のお湯で掛け湯をした。源泉掛け流しのお湯は想像通り熱い。だが草津のような身体に突き刺さる熱さは感じない。5,6回のかけ湯ですんなり入れるようになるだろうとこれまで幾多の熱い湯に浸かって来た僕の身体が言っている。身体は正直で、5,6回のかけ湯を終えた後ゆっくりと身体をお湯に沈めると熱さによる刺激と快感が全身を駆け抜けた。これだ。これが温泉の力だ。先ほどほのかに感じた硫黄の香りは実際にお湯に浸かると想像以上に強いことが分かった。これはしばらく身体に香りがつきそうだ。

お湯が熱めなので5分ほど浸かって浴場から出た。浴場にいた時間は合計で10分くらいだろう。それでも脱衣所にいるとき、身体から湧き出る汗はしばらくの間止まらなかった。脱衣所にはエアコンが効いていなかった。

さはこの湯にいた時間はトータルで20分くらい。だが1人というのもあり十分満足だ。建物から出た後、やはり300円は安いと思った。



そこからは駅に向かって歩いた。午後5時を過ぎているので辺りは少し薄暗い。駅に向かってひたすら歩いた。行きとは異なる道を歩いたがやっているお店は少なかった。駅前のお寿司屋さんだけは電気がついていた。温泉街と言うだけあって歩いている途中に足湯を見つけた。入りはしなかった。

さはこの湯から10分ほど歩くと湯本駅に到着した。温泉がこれだけ駅から近いと本当に観光しやすい。アクセスが良く泉質も良いのだからもっと有名になっても良い場所な気がする。ちなみに行きの時は見逃したが駅前にも足湯があった。

湯本駅のホームに着くとなんとビックリ。ホームに足湯がある。言うまでもないかもしれないがこの辺りは電車の本数が少ない。次の電車が来るまで足湯でのんびりするというのも手だろう。

乗った電車は、午後5時31分発のいわき行き。湯本駅で降りたのは午後4時16分なので、僕はいわき湯本温泉を1時間15分で楽しんだということになる。たったの1時間と15分だが、かなり充実した濃い時間だったと思う。ちなみにいわき湯本温泉の近くにはフラガールで有名なハワイアンズもあり、ハワイアンズの入場券とセットになった宿泊プランを用意している宿も多数存在する。今度来た時はフラガールを観るための拠点として活用しよう。


電車の窓から見た景色はもうだいぶ暗くなっている。外を見ていたらすぐにいわき駅に着いた。帰りの特急まではまだ時間がある。今日こそいわきの駅前で飲んでやろう。

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