分厚すぎるパン。これがいわきの名物モーニングか【いわき小旅②】
こちらの記事の続き。
ちょっとした所用がありいわきにやって来た。駅近のホテルで一泊したので駅周辺でモーニングが食べられるお店を探した結果、「ブレイク」というお店が目についた。いわき駅前で朝8時からやっているお店のようだ。せっかくいわきに来たのだ。いわきでしか食べられないモーニングを食べたい。朝はここに足を運んでみよう。ホテルのベッドで一つの決心をしてから部屋の電気を消した。
朝、6時半ごろに起きた僕は寝癖を直し顔を洗い、朝のいわき駅へと繰り出した。お店の開店時間である8時まではまだ時間があったので駅周辺を散歩することにした。空はかなり曇っていたがギリギリ雨は降っていなかった。おかげで気温が低く歩きやすい。駅に向かう途中、見回りをしていた警官の方から
「おはようございます」
と挨拶をされた。もちろんこちらも返した。知らない土地でお巡りさんに話しかけられたので職質されるのかと一瞬ドキドキしたが、お巡りさんはただ挨拶をしてくれただけだった。
その後も散歩してる途中、警察官だけでなく色々な人から挨拶をされた。地元の小学生や中学生、それを見守る大人、学校と全然関係なさそうなおばあさん。みんなすれ違うたびに「おはようございます」と言ってくれる。これは東京にいるとなかなか経験しないものだ。挨拶をしてくれた人は揃ってまったく知らない人だったが、挨拶をされるというだけで、東京人の自分がまったくゆかりのないいわきという地域の一員になっているような気がして、不思議と気分が良くなった。いわきには知らない人でもすれ違ったら挨拶をするという文化があるのだろうか。だとしたらめちゃくちゃ素敵な文化だと思う。東京でこれを実践しょうと思ったら、きっとイヤホンしながら歩いてる人も多いし半分くらいは無視されるんだろうなとも思った。
散歩の途中で寄った公園では安藤信正の銅像を見た。幕末の時代に「坂下門外の変」で襲われた人だという印象しかなかったが、隠居後は平藩(現在のいわき市)に入り奥羽列藩同盟に加わり官軍を迎え撃ったようだ。へえ、いわきに関係のある人だったのか。地元の人が何気なく眺めているだろう銅像も、観光客からすると結構得られるものがある。銅像は元々明治期に造られたようだが、太平洋戦争の時に金属供出のために一度撤去されたらしい。明治に造られた銅像がもし今も残っていたらきっと重要文化財とかになっていただろう。戦争が起こるとそんな歴史的価値がある銅像でさえ戦いのための道具にされてしまうようだ。
色んな人と挨拶をしながら30分程度散歩をしたのでいい感じにお腹が減ってきた。そんなタイミングで朝ごはんを食べに「ブレイク」の前にやって来た。いわきではどんなモーニングが食べられるのだろうか、期待を胸に膨らませながら店の扉を開けた。
中に入るとすぐに女性の店員さんが応対してくれた。入ってすぐ、レジのそばの壁に色んな有名人のサインが飾られているのが分かった。お店は空いており、店員さんから「お好きなお席どうぞ」と言われたので一人だったがソファのあるテーブル席に腰を掛けた。
まもなく、店員さんがメニューを持って来た。なかなかメニューが多い。メニューは写真付きで、ピザトーストやサンドイッチがとても美味しそうに見えた。メニューの下の方には「モーニング・セット」と書かれている。開店から午前11時までしか食べられないメニューのようだ。ピザトーストを頼むか、モーニング・セットを頼むかで5分くらい悩んでいた気がする。最終的には、朝限定のモーニング・セットを注文した。ピザトーストが食べたくなったら、またいわきに来ればいいのだ。
店内は無言の空間を楽しむ喫茶店とまではいかないが、シックで少し暗い内装が一人客に自然と落ち着きを与えてくれるような雰囲気だ。壁には地元のポスターが何枚か貼られており、それらのポスターから放たれる「ローカル感」を観光客である自分は敏感に受け止めている。地元の学園祭のポスターを見ると、その学園祭にはアーティストのyamaが来るらしい。彼(彼女?)は世間に顔出しをしていないアーティストだが、学園祭実行委員会の学生さんは打ち合わせのときにその顔を拝むことはできるのだろうか。僕はそんな実行委員とは程遠い学生時代を送っていたことを抜きにしても、だとしたらちょっと羨ましいと思った。
しばらくして、サラダ、コーヒー、トーストが順に運ばれて来た。
サラダ、コーヒーが運ばれて来たときはまだ良かったのだが、トーストを目にした瞬間僕は「嘘だろ」と思った。なんだこの分厚いパンは。運ばれて来たそれは僕がこれまで抱いていた「朝食で食べるパン」のイメージを凌駕していた。パンの厚さが僕の親指の長さと同じくらいある。そして表面にはこれでもかというくらいのバターが乗っている。いやバターの量えぐいな、と思ったが、美味しそうな見た目でもあると思った。朝からこれを食べるのか。胸の奥から面白さが込み上げてくる。ついには笑いを声に出してしまいそうになったが、この喫茶店の雰囲気に一人笑いは合わないだろう。この時胸に閉じ込めた笑いは、東京に帰って誰かにこの事を話す時に解放させてあげよう。
パンを食べる前にサラダを軽くつまみ、コーヒーを少し飲んでからこのパンをいただくことにした。コーヒーは苦味が少なく後味がスッキリしており飲みやすかった。というか知らない土地でコーヒーを飲む、そんな朝はいつもよりも格段に贅沢な時間に感じられる。人間は慣れない土地で朝にコーヒーを飲むと自然と特別感を感じる生き物なんだと思った(コーヒーが苦手な人以外)。
さてパンを食べよう。このパンをどう食べる?迷ったが結局手で耳を持って口を大きく開けてかぶりついた。パンを食べるためにこんなに口を開いたのは久しぶりだ。パンが口に入ってすぐに分かった。このパン、サクサクでカリカリでモチモチでめちゃくちゃ美味い。たっぷり塗られたバターは当たり前のように味のパンチを繰り出してくる。本能を刺激してくる美味さだ。これだけバターが塗られているのに味濃いなと思わないのはパンが分厚いからだろうか。とにかく、このトーストはとても美味しい。
僕がこの分厚いパンを頬張る店内ではなぜかボン・ジョビの『It's my life』が流れていた。頭の中でマグマ中山ことなかやまきんに君の顔が浮かんだ。そうか。そういうことか。よく考えたらこの分厚いパン、まさに「パワー」を感じる。このお店は店内の雰囲気ではなく、料理の盛りに合わせてBGMを選曲しているのだと心の中で勝手に結論づけた。それにしても、『It's my life』の2番以降を聴いたのは久しぶりだ。ボン・ジョビの後はワンダイレクションが流れ始めた。まったくどうしてこんなに分厚いパンを出すのか、こっちが「Tell me why?」だよ。
注目すべきはトーストだけではない。よく見ると目玉焼きが2つ乗っている。朝から目玉焼きを2つ食べることなんてそうそうないぞ。卵の値段が高騰してる中でのこの朝食はなんだかとても贅沢をしているような気分だった。
僕は目玉焼きを食べる時はいつも醤油をかけて食べる。サラダが提供される前、店員さんが持って来てくれたカゴの中には塩とコショウしか調味料が入っていない。そこで僕はホールの店員さんに
「すいません、お醤油ってありますか?」
と聞いてみた。すると店員さんはマスク越しの笑顔でこう答えた。
「すいません、今醤油ないんですよ」
聞いた瞬間ビックリしてちょっと笑ってしまった。特に「醤油置いてない」じゃなくて「今醤油ない」なのが面白かった。元々醤油を置かない店なら分かるのだが、喫茶店でたまたま醤油がないタイミングってあるんだって思った。BGMもさながら本当不思議なお店である。
その後奥のテーブルに座るお兄さんのもとに、僕が食べているパンと同じくらいの分厚いパンでサンドした物体が3つ届けられている光景を目の当たりにした。僕はそれを見た瞬間、モーニングセットにしておいて良かったと思った。あれを食べていたら、小麦の暴力にどれだけ苦しめられていたことだろう。もしかしてここはどのメニューもデカ盛りなのだろうか?
そんなことを考えていたらお店の扉が開き、ガテン系の男性が2人入って来た。2人は僕の2つ隣のテーブルに腰掛けた。なんとなく、この2人ならこの分厚いパンでもなんなく食べきれそうな気がした。
そしてそのテーブルの上には、僕が食べているパンよりもさらに分厚いパンの上に、溢れんばかりの大量のチーズが乗ったピザトーストが運ばれて来た。見た主観度肝を抜かれた。そしてそれをガテン系のお兄さんがナイフで一生懸命解体しながら食べている。ナイフを使って食べることを「解体」と表現しても違和感がないほどの見た目である。さすがに他人の料理なので写真は撮れなかった。
僕は横目でその光景を見て、彼は朝からすごい食事をしていると思った。身体を使う仕事をしているのだろうか。ピザトーストを食べているお兄さんはガテン系っぽくは見えるが体格は割と細めだ。このカロリー以上の仕事をしているのかもしれない。しかしこのピザトーストのカロリーを消費する仕事ってなんだろう。パッとは思い浮かばなかった。もしこれで彼が中小企業の経理とかだったらおったまげてしまうに違いない。
他人の仕事について勝手な妄想を描きながら食べていたら、気づけば僕の目の前の皿は空になっていた。あれだけ分厚く、バターがたっぷりなトーストを僕は何の苦しみも感じずに食べ切ったらしい。ただただ美味しいと思いながら食べていた。本当にこのトーストは美味しかった。自分の朝のキャパシティに少し動揺しながら、お冷を飲んで席を立った。
会計は840円。だったら850円でもいいのでは?なんてことも思ったが、お店がギリギリまで安くした結果の値段なのかもしれない。財布を見ると小銭がなかったので千円札を出した。お釣りをもらうまでの間に、壁に飾られているサインを眺めた。千原ジュニア氏や南海キャンディーズの山ちゃんのサインが確認できた。
お店を出たのは9時前。なんだかんだ1時間くらい過ごしていたらしい。散歩も含めて贅沢な朝の使い方だ。この後はホテルでチェックアウトを済まし、その後ちょっとした用があったので日中はほとんどその所用に時間を費やした。ちなみにどんな所用だったのか、ここで書く気はない。次の記事では所用が終わった後の話を書こうと思う。
ともかく、僕はいわき市で「オススメの朝食ある?」と聞かれたら「ブレイク」と答えることができるようになった。
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