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金がない危機の中で食べた絶品のカキフライ【キッチン幸 @京成中山】

ここは千葉県船橋市中山。中山と聞いて思いつくのは中山競馬場ぐらいだろうか。今までこの地域に馴染みがなさ過ぎる。そして僕は競馬もやったことがない。

中山に行ってみよう、と思ったのはある日Instagramを眺めていた時のこと。仲の良いフォロワーがストーリーをアップしていた。そのストーリーは、これでもかというぐらいふんだんにイチゴが盛られた豪華なパフェの写真だった。僕は果物の中でイチゴが一番好きだ。だから僕はその写真を見てイチゴの量と盛り付けの綺麗さに圧倒された。僕はそんな豪華なイチゴパフェはどこで食べられるのか、スマホですぐに調べた。そのお店があるのは、京成中山駅のすぐそばだそうだ。

すぐにでもそのお店でイチゴパフェを食べたいと思い、お店の詳細について調べてみると、そのお店でパフェを食べるにはあらかじめ予約が必要らしい。だから今すぐ家を出てお店に向かったところでイチゴパフェはいただけない。さらに調べた情報によるとこのパフェは3000円くらいするようだ。パフェに3000円。なかなか躊躇させられる値段だ。3000円のパフェに対してすんなり行こうという気になれない自分の懐の小ささがとても悔しいが、この値段を見て僕はこのお店にすぐに行く気にはなれなくなってしまった。

しかし京成中山駅。降りたことがない駅だ。この周辺には他にどんなお店があるのだろう?と探していたらある洋食屋さんが目についた。そのお店は「キッチン幸」。ハンバーグやオムライスといった美味しそうな料理たちの写真が印象的なお店だった。正直僕はさっき見かけたパフェのお店よりこのお店の方が魅力的に感じてしまった。この週末はここに行こう。このお店はきっと美味しい洋食を提供してくれるはずだ。


そしてその週の日曜日。京成中山駅にやって来た。初めて降りる駅だ。駅を出てお店まではGoogleマップを頼りに歩いて5分くらいだった。Googleマップが示す建物を見てみると、赤い暖簾だけがかかっているお店で看板が見当たらない。これがお目当てのお店なのだろうか。普段イメージする洋食屋さんとはかけ離れたお店の外観に思わずたじろぐ。だが暖簾の横をよく見ると「幸」と書かれたメニューが壁に掛けられており、目当てのお店であることを確信した。若干入りづらい外観だがこの先ではきっと美味しい洋食が待っているはず。勇気を出してお店の扉を開けた。

お店の外観

扉を開けると、中は本当に小ぢんまりとした居酒屋のような内装だ。間隔のせまいカウンター席が5席と、小上がりには座敷のテーブル席が2卓ある。一番奥のカウンター席ではもう常連の雰囲気がムンムンに出ている50代くらいのおばさんが席に座って缶ビールを飲んでいた。缶をよく見ると、おばさんが飲んでいたのはノンアルコールビールだった。お店に入った時の第一印象は、お店の雰囲気が云々というよりはその貫禄のあるおばさんがいるという印象が強かった。

お店を切り盛りしているのは40代から50代くらいの細身の男性だった。他に店員さんはおらず、一人で切り盛りしているようだ。僕は店主さんに一人であることを伝え、カウンター席に腰掛けた。

お店が開いたばかりだからか店内はあまり暖房が効いておらず、上着を着たまま壁のホワイトボードに書かれたメニューを眺めた。メニューを見ると一番人気であるというビーフカツ定食や、ポークソテー定食、冬季限定のカキフライ定食といった朝から何も食べていない僕の食欲をこれでもかと刺激してくるような料理が書き並べられている。どれも魅力的だ。この中から一つに絞らないといけないのはなかなかの難題である。そうやってメニュー選びに悩んでいたら僕の後に入って来た女性のお客さんが僕より先に注文してしまった。しまった、先を越された。その女性に先に注文されたことで少し焦った僕はもう直感でカキフライ定食を注文することにした。冬季限定だしちょうど良いだろう。

メニュー

このお店は店主さん一人で切り盛りされているのできっと料理の提供にもそこそこ時間がかかるのだろう。僕はスマホを眺めて気長に待つことにした。ふと横に目をやると隣のカウンターで座る60代くらいのおじさんがTwitter(X)で「ハンバーグ師匠」と検索している。なんで今それを検索してるんだろう。そのおじさんが頼んでいたのはビーフカツ定食だった。


注文を終えてから10分ぐらい経った時、僕は衝撃的なことに気がついた。それはこの日、財布を家に忘れて来てしまったことだ。リュックの中をいくら確認しても財布はどこにも見当たらない。なんてこった。僕はここでご飯が食べられるのだろうか。もうすでに注文はしてしまったぞ。僕は店内を見回した。なぜなら財布がなかったとしても、このご時世にはPayPayという日本国民の強い味方がいるからだ。もしここがPayPayが使えるお店ならば、スマホ一台あれば会計ができる。神様お願い、家に財布を忘れたこの馬鹿な僕を救ってくれと願わんばかりの気持ちで店内に「PayPay」のマークを探した。しかし僕がいくら店内を見回したところで、その希望の印は見つけることができなかった。

「すみません…」

か細い声で店主さんを呼んでみる。その声は店主さんに届いたようで店主さんは

「はい?」

と言ってこちらに顔を向けて来た。

「あの、このお店って現金だけでしょうか…?」

おそるおそる僕はこう聞いてみた。店主さんの返答によっては、僕ははるばる中山までやって来たにもかかわらずこのお店でカキフライを食べることができなくなる。僕の運命を決める店主さんの返答はこうだった。

「あーすみません、うち現金だけなんですよ〜」

終わった。何もかも終わった。僕はただモバイルSuicaで中山までやって来ただけの男になってしまった。まもなく食べられると思っていたカキフライ定食は幻と消えた。

「あの…実は財布を家に忘れてしまって…取りに帰ると1時間以上かかっちゃうのですが…」

僕が正直にそう白状すると、店主さんは少し困ったような顔をして

「えっと…どうされます?一度キャンセルされますか…?」

と言って来た。当然の流れだ。店主さんは料理を提供する対価としてお金を受け取っているのだ。それにもかかわらず目の前にいる男は金がないと言っているのだから。僕はここでどう返事をしようか悩んだ。いやこの流れはもちろんYesと答えないといけないのだが、目と鼻の先にあるはずのカキフライ定食を泣く泣く諦めなければならない現実をすぐに受け止めきれなかった。僕は諦めが悪かった。だからこの後出た言葉は

「えっと…PayPayとかも使えないですよね…?」

だった。往生際の悪い客である。というか金を持っていない時点で客ですらない。無賃で席だけを利用しているただの生き物だ。そんな往生際の悪い生き物の耳に、どこかからか信じられない声が届く。

「現金で立て替えましょうか?」

衝撃の一声に反応して後ろを振り向く。そこにはテイクアウトのお弁当を取りに来た男性のお客さんが立っていた。さっきの発言は彼からだ。僕は神でも現れたのかと思い男性に上手く話すことができない。男性は上手く話せない僕にこう続ける。

「PayPayで僕に送金してもらえれば、代わりに現金で支払いますよ」

うん分かった。この人はやはり神だ。弁当を取りに来た神だ。神様も普段弁当を食べるということだ。きっとそうなんだろう。僕はPayPayでこの神様にカキフライ定食の金額である1300円を送金すると、神様は財布から現金を取り出し店主さんに僕のカキフライ定食の会計を支払ってくれた。本当は立て替えてくれたお礼としてちょっと余分に送金したかったが、突然の出来事に僕はそこまで頭が回らずピッタリの金額で送ってしまった。

「いや〜1時間以上かけてここまで来たって聞いて、さすがにほっとけないなって思ったんですよ」

神様はそう言いながらとても爽やかな笑顔をしていた。ここがアメリカなら間違いなく僕は彼にハグをしていただろう。神様はその後お弁当を持ってお店を出て行った。神様がお店の戸を閉める時まで、扉の向こうはまるで光り輝いていた。


突然のハプニングが急に解決し、ホッとするまで少し時間がかかった。店主さんは作業をしながら

「いや〜良かったですね〜」

と笑ってくれた。さらに奥のカウンターでノンアルコールビールを飲んでいるおばさんも、

「私もね、PayPayで助けてあげようかなと思ったんだけど、やり方が分からなくて…」

と話し始めた。このお店にはどうやら神様が二人いたようだ。僕はせめてもと思って、そのおばさんにPayPayでの送金方法を教えてあげた。その後そのノンアルおばさんと少しおしゃべりした。どこから来たの?どうしてこのお店を見つけたの?なんて話題だ。ノンアルおばさんによると、このお店は普段から昼過ぎには満席になるらしいので座れるだけでラッキーとのことだ。やはりこのノンアルおばさんは常連のお客さんのようだ。さらに僕にとってラッキーだったのは、会話の流れで店主さんがお店の近くにサウナがあることを教えてくれたことだ。そのサウナはキャッシュレスでしか支払いができない施設のようで、最近サウナに関する資格を取得するほどサウナにハマっている僕としては耳寄りな情報だった。


店内に入ってから20分ほどが経過している。気づけばノンアルおばさんの言うとおりお店は満席になった。本当にすんなり座れただけでラッキーだった。お店に入ってから30分ぐらい経った頃に、僕が注文していたカキフライ定食がいよいよ姿を現した。あの神様が現れなかったら姿を見ることすら叶わなかった一品。定食屋さんで見るようなカキフライよりも衣がきめ細やかに見え、オシャレにパセリを振りかけたりなんてこともしてある。これをおかずにご飯を食らう時間が待ち遠しい。

カキフライ定食

まずはお味噌汁からいただく。具材はワカメと油揚げ。油揚げが入った味噌汁を食べるのは久しぶりだ。旨みと油が染み込みまくってる油揚げは背徳感がありとても美味しかった。

続いてお茶碗に乗ったご飯に箸を伸ばす。ご飯もちょうどいい柔らかさで美味しい。これからこの米と一緒にカキフライを口にするのが楽しみだ。

そしていよいよメインのカキフライを食べる番だ。おぼんの中にはタルタルソースとソースが用意されているが、まずは何も付けずに一個の半分を口にしてみた。はい何も付けてないけどめちゃくちゃ美味い。牡蠣にはしっかりと熱が入っているものの固さはまったく感じず。口の中で溶けていくような柔らかさ。そして噛めば噛むほど牡蠣の旨味が口を襲う。油切れがよく細かめの衣も良いサクサク感だ。あぁ美味い。カキフライの後ろに盛られているサラダには酸味の効いた和風ドレッシングがかかっており、さっぱりとしていて美味しい。その横にちょっとだけ添えてあるマカロニサラダも家庭的で美味しい味だ。この後ソースやタルタルソースも使っていただいたが、もちろんめちゃくちゃな美味さだった。この美味さは僕が財布を忘れたことで補正がかかっているわけではなく、店主さんの実力そのものだ。これだけ美味しいのなら、提供時間がいくら遅くても文句は言われないだろう。

カキフライが美味し過ぎて夢中で食べ進めた。冬季限定のカキフライがこれだけの美味さなら、きっと人気No.1メニューのビーフカツも相当美味しいんだろうな。このお店はPayPayは使えないけど、ここの店主さんにはPayPayを導入しようだとか、そんな余計なことは考えずにただただ美味しい料理を作ることにこれからも集中してもらいたいと思えるそんなお店だ。


お店を出る時、店主さんが

「またぜひ!次はサウナの後にでも、よろしくお願いします!」

とこちらに笑顔で言ってくれた。店主さんの言うとおり、サウナに入った後にここのお店で飯を食ったらとてつもない感動に襲われるんだろうな。次にこのお店に来た時は、ビーフカツを頼んでみよう。

このお店でご飯が食べられて本当に良かった。最後にもう一度、あの時僕の代わりに現金でお会計してくれたお兄さん、本当にありがとう。


今回行ったお店


キッチン幸
●住所:千葉県船橋市本中山2丁目12−7
●アクセス:下総中山駅から徒歩3分
      京成中山駅から徒歩5分
●営業時間:
[火・水・木]
18:00~20:30(L.O.20:00)
[土・日]
12:00~14:30(L.O.14:00)
18:00~20:30(L.O.20:00)
●定休日:月曜・金曜
●支払い方法:現金のみ
●駐車場:なし

お店のインスタはこちら

頼んだメニュー


●カキフライ定食(冬季限定) ¥1300

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