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【ゼミ生お薦め本】『プロジェクト・ファザーフッドーアメリカで最も凶悪な街で「父」になること』

著者と本書の主旨

著者:ジョルジャ・リープ 訳:宮﨑真紀

本書には、「プロジェクト・ファザーフッド」を通じ、貧困と暴力のはびこる町で「父親たち」が地域の問題に立ち向かっていく様が人類学者でソーシャルワーカーの筆者によって記録されている。

本の目次

ワッツ/父親としての傷/地元/あんたも俺たちを見放すのか?/ブラザーズ/虐待/リーリー/ファザーフッド/父親っ子/ベビー・ママ/働くお父さん/雇用創出/ビッグ・ママ/光明が差す/チェックメイト/〈ネーション〉/地域のヒーロー/ツインズ/俺たちはみな家族だ/スコットランドからの手紙/写真判定/俺らがおまえたちのパパになる/フッド・デー/シュガーベア/あと十二日/ドアを通り抜けて/ジャメル

本の概要

ハーシェル・スウィンガー博士が1996年に立ち上げた「プロジェクト・ファザーフッド」。この計画は「さまざまなリスクを抱える、都市部で暮らす父親たちを支援し、父親力を高めることで、児童保護サービスの介入を避けつつ児童虐待やネグレクトを減らす」という目的を持っている。
14年後の2010年10月、アメリカで最も凶悪な街サウス・ロサンゼルス、ワッツ地区で計画は始動した。計画の監督者となった筆者は父親たちの自助グループに参加し、活動に関わっていく。

お薦めの理由

私がこの本を薦める理由はたった一つです。この本からは対話の力を感じることができます。
登場する父親たちのほとんどに前科があり、彼らのほとんどが父親を知らずに育ちました。そして彼らは結婚をしていませんが、子どもが数人います。そんな中、彼らは父親として子どものためにコミュニティを変えたいという強い気持ちを持っており、毎回話し合うテーマを決め、父親たちは自分の考えや経験について語る会を始めました。

会が始まって数回目で、「よい父親の条件とは?」というテーマが議題に上りました。父親たちの意見の中で私の印象に残っているのは、5人の子どもを持つ、サイの言葉です。
「何にでも耳を澄まし、誰の意見だって聞かなきゃならない。そしていい意見だなと思ったら、使えばいい。よく聞く者はよく学ぶ者だ。しゃべってばかりいる人間は何も学ばない。何も知らないままだ。何にでも耳を傾け、学ぼうとすることだ」
この言葉から、グループには傾聴の精神が生まれたように思います。議論が白熱すると、つい人の意見に割り込んでしまうような人も出てきますが、それでも、意見にケチをつけ、個人を攻撃するような人は出てきませんでした。こうした態度は、被害者の会や依存症治療のための自助グループにおける、発言上のマナーとして挙げられるものです。筆者たちのグループのリーダーが具体的に指示していないにも関わらず、父親たちはそれを実践していたのです。

もう1つ、私の印象に残っているシーンは10章の、グループに参加している父親の一人、ベンの相談に対する人々の反応です。
ベンには妻子のほか、内緒で付き合っているガールフレンドがいます。今度彼女に赤ちゃんが生まれると分かったのですが、医者にかかったところ、赤ちゃんが自閉症を患っていることが分かりました。
彼は「普通の子だって、どうやって父親として振る舞えばいいかわかんねえってのに、子供が病気だったら……」と悲嘆に暮れますが、そんな彼に父親たちは労り、励ます言葉をかけました。何人かは筆者に「こいつを助けてやってくれ」「頼れる機関を紹介してくれ」と声をかけました。筆者はこれらの会話を聞きながら父親たちの絆が深まってきたと実感したのです。

最後に、ワッツの父親たちの口癖は、「あんた(白人女)にはわかんねえよ」というものです。これは、人種間の分断をあおる文句ではありません。彼らは自分たちの文化に誇りを持っており、かといって他の文化を見下している訳でもありません。筆者への親愛の印、軽いジョークとしてこの口癖は用いられています。途中、過激なブラック・ムスリム運動から生まれた、「ネーション・オブ・イスラム」によって白人への憎しみが高まるなど、危機もありましたが、それらを乗り越え、父親たちは対話を続けました。

プロジェクトによって、スラムで暮らす黒人たちが職を手に入れ、お金持ちになったわけでもなければ、ギャング団が壊滅したわけでもありません。ただ、父親たちの絆は深まり、子どもを見守るという方向でコミュニティの力は高まりました。週に1度の話し合いがワッツを変えたのです。先行きの見えない不安定な国際情勢の中でも、対話の力を信じて、対話の力によって、社会をより良い方向へ変えていくことが可能であると、この本は私たちに教えてくれるのです。
(E. N)



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