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龍安寺奉納!大半氏の夢のあと「住吉大伴神社」住吉神と合体?【きぬかけの路シリーズ】

創建年は不明だが、平安京遷都の際に大伴氏が氏神として祀りはじめたとする。龍安寺と谷口地区の産土神として信仰を集め「伴氏(ともうちの)神社」ともいわれ、周辺には大伴氏が腰を下ろしていた。そのあとに住吉伸が合祀された神社。

変更履歴

▼HP

▼アクセス

京都市右京区龍安寺住吉町1

▼祭神

住吉三神
 上筒男命、中筒男命、底筒男命
大伴氏祖神
 天忍日命(アメノオシヒ)、道臣命(ミチノオミ)

大伴氏
 物部氏と共に古代において軍事を司った氏族で、高皇産霊尊の子・天押日命、またその後裔・道臣命を祖とする。
 ニニギの天孫降臨の先導役、神武天皇の神武東征の先導役でもある。

▼見どころ

 きぬかけの路を歩いていると下の写真のようなところが目的の神社です。ただし、ここは裏参道なので、写っていないけど写真右側の小さい路地から回って表参道から行くほうが良いかと。

 住吉大伴神社(すみよしおおともじんじゃ)は、794年の桓武天皇による平安京遷都で、大伴氏が氏神として祀ったのが起源と言われている。823年に淳和天皇の諱(いみな)が大伴皇子のため、恐れ多いと伴氏に改め、神社も伴氏神社(とものうじ)にしたそうな。866年に伴善男が失脚し島流しで、一度、途絶えたようだ。
 その後、当地を領有した徳大寺家が和歌の神として勧請し、住吉三神が祀られるようになった。
 住吉神と大伴氏の祖神が合祀されたのは1942年からとのこと。ということは、戦争か経営難で合体させた古社ということだろうか。

 注目は上下の写真左下に「龍安寺」から奉納されているということだ!と思っていたのですが、その左に「谷口」とあるので、これは地名の「龍安寺」だとNOTEを書いていて気づいた。。(; ・`д・´)
 ということで、大伴氏が立ち去っても口伝などで良き時代として話が残り、復活させた神社としておきましょうかね。

「小松尾大明神」となっている??「小松」+「尾」なのか「小」+「松尾」なのか、どっちだろうか・・・。

▼旅行記

▼セットで行くところ



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