留年した理由(本音編)

 割と、自分の選択を後悔している。

 意気揚々、前途遥々と言った面持ち。取り返しのつかない方向へ進路の舵を切った。

 一週間は全能感に満ちていた。未来の荒野に挑む開拓者を気取っていた。気取れていた。くだらない授業も出る必要ない!俺は抑圧に打ち勝って世界へ反抗した!雄として存在意義を否定されているのに、薄っぺらい前向き思考おっ立てて働く意味がわからない! こちとら女性不審で数年ちんぽこもまともに立たねえんだ!堕落にこそ価値がある!坂口安吾も堕落しろとかなんとかほざいてた(読んでないけど)。俺は反抗者だ!勝利するぞ!勝利するぞ!うおおおおおお。

  二週間経つと脳みそが逆張りをして冷静になる。情熱的な反骨心と思しき感情は単に現実から逃避したことによる一時的な開放感に過ぎないのでは?

 本気で反抗した経験に乏しい人間がなぜ感情を反骨心だと理解できる?できない。わからない。本質は「拙劣な人間性故に競争に敗北し、活動意欲を失い、結果学業の継続が著しく困難になった」だけかもしれない。
 反骨心を抱いて学業からドロップアウトした方が世間体がよろしい。疲れて逃げたフリーターにだけはなりたくなかった。だから手っ取り早く金の匂いがしそうな話を自分なりに組み立てた。野心を演出した。演技していた。誰も見ていないのに演技をしてしまう。他人の承認を必要としてしまう。孤独とは依存しないことだ。甘えん坊の弱い人間が孤独を気取ったところで寂しさの正当化にしかならない。

 締め作業が終われば会話もなく解散するアルバイトを数年経て、私の存在意義における悟りを得た。 

 おはようおやすみいらっしゃいませよろしくおねがいしますその他業務連絡。無機物の工作を目的とした定型文を媒介する時のみ、私の僅かな生命は必要とされ、勤務時間が終了すれば打ち捨てられる。余暇に見せかけて次の定型分媒介活動のための休息時間が与えらる。わずかな自由でやりくりする事を強要される。何のために?家族?いない。中学生で妊娠する女を馬鹿にしていたが、私は?何のために働く?金銭のしがらみのない学生時代に、人間性を肯定された交際なんて一つもできやしなかったのに、何のために世界で財を貯める?狂人になるしかない。

 いつからかノートを用いて自分の脳内を会話させるようになった。対立する主張を自分の脳内から用意して、ページの見開きを使い、ディベートを行った。寂しさは紛れた。独り言を呟きながら歩くようになった。

 ごく僅かな、取りに足らぬ世界の揺らぎを、私にのみ秘せられた恋文の如く解釈し始めた。「いいね!の頻度がいつもよりこの人は多いな!」「この店員さん小銭とレシートを直接手に置いてくれた」「この人電車で隣に座ってくれた」「今日の上長は挨拶を返してくれる。仕事ができるようになり、認めてくれたのか?」etc
 証拠なんて一つもないのに、寂しさと前途の無さに耐え切れない私は強引な前進感に溺れる。  
 
 そのうち石一つの転がりにも生産的な意味を見出すのではないか。部屋で一人、結論が遠く誰にも顧みられない文章を、悟ったような気持ちで書き垂らす。

 結論を求められるのは、奴隷のコミュニケーションだ。価値がないから、一挙一動を可能な限り枝打ちしなけれならない。リオネルメッシに人生相談をする機会が訪れたら?彼が前置きとして自分語りを始めてもワクワクする。
 弱いから、複雑な世界で短絡的な解を見つけることを強要され命を浪費することでしか文章を書く資格が得られない。

 苦しくて仕方ない。惨めで仕方ない。完結感が欲しい。終わらせたい。矛盾を解消したい。怒りをぶつけたい。仕事なんてしたくない。いや仕事した方がモテるかもしれないから働きたい。いやそんな低次元な論争をしてる間にモテる奴は自然とモテるんだから、早くしのうぜ。いや死ぬのは怖い生きているといいことがあるかもしれない!風呂に入ろう、あたたかいだろう?ラーメンを食べよう美味いだろう?満腹になったら自分のアパートで寝ちまえ。そうすれば孤独で寂しい部屋も、未来も過去も何もかも消えて無くなるんだ。

好きを演出しなきゃ生きるのが怖い。絵なんて別に好きじゃない。モテるコスパが悪すぎる。フツーにサッカーをやってフツーにモテたかったです。剣道とか空手とかさっさと辞めたかった。

私の時計は幼稚園から止まっている。

だが、ここまで書いても死のうとは思えなかった。一方で苦しい思いもしたくはない。
つまり最適解は眠ること。眠り続ける。道理でここ最近睡眠時間が増えるわけだ。(弱者特有の迅速な結論)

だが、何の気まぐれか今の私は眠気がゼロだ。何となく部屋の掃除がしたくなった。部屋も早く引き払わなければならない。そうだ、栃木の実家に帰って猫に会おう。ご飯を食べよう。親の顔を見よう。そこから先はわからない。福岡にエロイプ相手がいるそうなのでそっちで働こうか。幸いチャット上では私の来訪に歓迎的だ。怖い。ちんこがたつかわからない。なるたけおなにーはひかえよう。ドタキャンされたくない。見た目もできるだけ良くしよう。あと荷物と上着は最小限にしよう。1軒目の居酒屋で脈を感じ取れなかったら、たらふく飯食って電話を取るふりして逃げ出そう。福岡は海が綺麗な気がする。中洲の雰囲気も見てみたい。関東から離れてみたい。髪を染めてみたい。ピアスを開けてみたい。絵を描いてみたい。猫のお腹の匂いを吸いたい。

さあ、掃除をしよう。

上記の願望が世間体に対する演技であると悟らぬままに日々が過ぎんことを願う。



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