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バーンサムリ村#9

「家族はタイ語で《クロープクルア》と言います」
「クロープクルア?」
「はい。《クロープ》は《囲む》、《クルア》は《囲炉裏》。つまり、《囲炉裏を囲む人間》が家族と言う意味です。言い換えれば、《一緒に食事をする人間が家族》と言う事です。VinやDaoの父親、シャローの父親は、今は私たちと一緒に食事をしていません」
「つまり、VinやDaoの父親、そしてシャローの父親は、今は家族ではないと言うことですか?」
「はい、そういうことです」
 躊躇することなくマイは答え、言葉を続けた。
「タイでは男と女が結婚すると、大抵は女の家に男が婿入します。特に農村部ではそうです。そして、姉妹が何人もいる家では末娘が家に残り、両親の面倒を見るのが決まりです。私は六人姉弟の四番目、上に三人の姉、下に二人の弟がいます。私は末娘です。つまり、私は家に残り、両親の面倒を見なければなりません。そして、貴方が私と結婚すると言うことは、貴方が私の家に婿入りすると言うことです。構いませんか?」
 初耳だった。
 しかし、そんなことはどちらでも良かった。もう若くはない。日本を発つ時に、異国の地で骨を埋める覚悟は決めていた。姓が変わろうが、誰の墓に入ろうが、僕にはそんな事は大した意味を持たなかった。
「僕は構いませんよ」
 マイが安堵の微笑みを浮かべ、そして、「貴方は今日、私たちと一緒に食事をしました。今日から貴方は私たちの家族です」と言った。
 いつの間にか、テレビの『ドラえもん』の放送は終了し、画面はタイのニュース番組が流れている。
 三人の子供たちはテレビの前、仲良く顔付き合わせ、VINのスマホ画面に見入っている。時々、笑みが溢れている。
 Daoが顔を上げた。
 僕と目が合った。
 Daoが恥ずかしげに頬を染め、驚いた事に右手を少し上げ、手首の先の五本の指を上下に振った。思わず、僕も同じ仕草で合図を送った。Daoが頬を緩めた。そんな、僕とDaoの無言の合図に気付いたマイが笑い、それに気付いたVinが笑みを浮かべ、何も知らないシャローも一緒に笑った。
 どこか家の外から、『トッケィ、トッケィ』と、ヤモリの鳴く声が聞こえていた。

一応 END

※  小説版『(仮題)リスの女と』は、この『バーンサムリ村』を元に、僕を《幸一》と名前を変えフィクションにした私小説です。この時点で進行中ゆえ、書き上げるたびに発表しいく予定です。


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