いつかまた、ホアンキエム湖で朝食を
Chao!
ホアンキエム湖。それは、ハノイっ子憩いの場といわれる、ハノイ中心地に位置する湖であり、朝は特に地元のおじちゃん、おばちゃん達で賑わっている。
体操をする人、踊る人、筋トレする人…ホアンキエム湖での過ごし方は人それぞれだ。でも、共通して言えるのは、誰一人として他人の目を気にしないこと。どうみても私の母より年上と思われるおばちゃん達が、ブリブリの花柄ワンピースを着て写真を撮り合う姿もよく目にする。
ホアンキエム湖の周辺にあるお気に入りのバインミー屋さんでバインミーとパイナップルジュースを買い、空いているベンチに腰掛けて湖を見ながら朝ご飯を楽しむ。食べ終わると、時間が許す限り湖の周辺を歩き続ける。そんな「朝活」が私のルーティーンになりつつあった。
ところが今週の木曜日。いつものようにGrab Bikeでホアンキエム湖に向かった私は、ある異変に気付いた。
…そう、いつもは地元のおじちゃん、おばちゃんでごった返しているホアンキエム湖に、人ひとりいないのだ。
体操をしている人もいなければ、ベンチに腰掛けておしゃべりする人もいない。いつもは空いているベンチを探すのに少し苦労するのだが、この日は全てのベンチが空いていた。
少し変だなと思いつつも、目の前のベンチに腰掛けバインミーとパイナップルジュースを取りだす。この日はいつにも増して空が晴れて湖が綺麗だった。
のんびりバインミーをかじっていたら、突然近くで笛の音がした。厳密には100mくらい離れていたのだが、響きわたる笛の音にびっくりして顔を上げると、遠くのほうで公安警察がベンチに腰掛ける人に退くよう促しているのが見えた。
私は反射的に立ち上がり、慌ててその場を離れた。かじりかけのバインミーを手にして。
ベトナムでは4月下旬より、ハノイ含む北部を中心に新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。いわゆる、「第4波」だ。
その少し前、2月のテト休暇の時期にも一時コロナが広まり、様々な規制がかかっていたが、1か月もしないうちに収束し日常に戻った。ベトナム政府はとにかく対応が(極端すぎるくらい)早くて、そのおかげかベトナム国内では市中感染が起きても大体1か月くらいで収まっていた。
今回も、4月下旬以降は大規模での集まりが禁止されたり、カラオケやバー、ディスコの営業停止が指示されたり、対応が早かった。ホアンキエム湖と並んで私の「朝活」の場であるトンニャット公園でさえ、5月に入って閉鎖された。
でもさすがに、この湖にまで規制が入るとは夢にも思っていなかった。ベンチに座ることをあきらめた私は、ひたすら散歩をすることにした。
「おい、きみ」
突然少し前の方に立っていた警官に呼び止められた。背後を振り返ると誰もいない。彼は明らかに私に話しかけている。
「Excuse me」
反射的に英語が口から出た。警官は少し困った顔をすると、向かいの道を指さし、「There, there」と言った。どうやらホアンキエム湖のある通りから離れろということらしい。
ホアンキエム湖でベンチに座ることはおろか、その近くに寄ることすら許されない。人が集まりそうな場所は例え屋外であろうと徹底的に取り締まるというこどだろう。「第4波」の深刻さを肌で感じた瞬間だった。
仕事が始まる前のほっこりするひととき。私にとって1日で一番好きだった時間が失われてしまった。
いつかまた、ホアンキエム湖で朝食を。
あの時間が戻ることを、今は祈ることしかできない。
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