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今は「花子とアン」の再放送が何よりの楽しみ

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  • 栗屋敷のユリ

    小学校六年生のユリと家族の一年間の物語

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栗屋敷のユリ【最終章】新世界より

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」  引越し先の部屋は古い建物の一番上の階にあって、エレベーターは今にも壊れそうな音をたてている。ここも幽霊屋敷かもしれない。管理人さんがドアを開けてくれて入ると、家具には白い布がかけられていて少し埃っぽかった。ソファもテーブルも食器も何もかもが古かったけれど、すぐに使えるようにすべてが揃っていて、まるで昨日まで誰かが暮らしていたみたいだった。  全部の窓を開けて、一通り部屋を確認してから三人でソファに座り込む。私は目の前の本棚に布張り

    • 栗屋敷のユリ【第45章】愛の挨拶

      エルガー:「愛の挨拶」 「ユリちゃん、日本に来るときはうちに泊まっていってね。本当にさみしくなっちゃうわ」  アカネさんは途中で食べるようにと、ママにおにぎりを渡してくれた。テツコさんはクロを抱えたまま、私に小さなメモを渡してくれた。  星はいつも見守っている。昼も夜も雨の日も  これって何かの詩? 私は空を見上げて深呼吸をした。クロがテツコさんの腕から抜け出すと、私とママの足元にすり寄って来た。  土門さんは仕事で朝早くに出てしまうので、昨日のうちに挨拶をしておいた。マ

      • 栗屋敷のユリ【第44章】別れの曲

        ショパン:練習曲作品10-3 「別れの曲」  もう卒業式。私は白いエナメル靴を履いてきた。ヒロシくんたちとコンサートに行くときに買ってもらった靴だ。だいぶきつくなっている。パパはいつもと同じジーンズにジャケット、ママはアカネさんに借りた着物姿で出席。二人で並ぶと悪目立ちしている。  一年間通っただけの小学校。でも、この一年間にいろいろなことがあった。私はここで過ごしたことを、ずっと忘れないだろう。  テツコさんは言っていた。長い時間が経った後で思い出せるのは、誰と何を話したか

        • 栗屋敷のユリ【第43章】荒城の月

          滝廉太郎:荒城の月  引越すことが決まって、すぐに荷物の整理をはじめた。パパの作品や道具はまとめて船便で送ることになっている。ママの洋服や小物はほとんど売り払っていて、ごちゃごちゃあった化粧品もいつのまにかなくなっていた。私の小さくなって着られなくなった服は、バザーで売ってもらうことにした。  段ボールや衣装ケースの山が片付いていくと、下の方からひな人形の箱が出てきた。私が生まれた時に高知のおばあちゃんが買ってくれたものだ。おだいり様とおひな様だけの小さな飾りだけれど豪華な衣

        栗屋敷のユリ【最終章】新世界より

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        • 栗屋敷のユリ
          46本

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          栗屋敷のユリ【第42章】トゥナイト

          バーンスタイン:「ウエスト・サイド物語」より「トゥナイト」  パパとママは引越しの準備で夜遅くまで話し合っていた。私はいつまでも眠れずにいて、気がつくともう夜が明けていた。家をそっと抜け出して、栗林のほうに行ってみる。ラブストーリならここでヒロシくんが現れるところだ。  母に聞きました。日本に残ろうとしたのは、ユリさん、あなたのためです。  とかなんとか。朝日の差し込む庭で熱いキスとなるところ。  現実は、ただ凍えそうになり一人さみしく家に戻るだけ。栗屋敷のヒロシくんの部

          栗屋敷のユリ【第42章】トゥナイト

          栗屋敷のユリ【第41章】断頭台への行進

          ベルリオーズ:幻想交響曲 第四楽章「断頭台への行進」 「テツコさんいますか?」 「ユリちゃん、待っていたよ」  テツコさんは私をさっと招き入れた。 「仕事中じゃなかった?」  テーブルの上には本やノートが積まれている。 「そこに座って。大丈夫? 顔色がよくないけど」 「いろんなことが動き出して、目が回っているだけ」  暖かいハーブティーをもらって一息つく。テツコさんは何も聞かず、私が話し出すのを待っている。 「黙って逃げ出すわけじゃない」  テツコさんは静かにうなずく。

          栗屋敷のユリ【第41章】断頭台への行進

          栗屋敷のユリ【第40章】革命

          ショパン:練習曲作品10-12「革命」  雪は思ったほど積もってはいなかった。屋根から落ちる水滴に朝の光が当たっている。朝日に向かって大きな伸びをしながら、私はとなりにいるテツコさんに言った。 「遠くへ行くことになった」 「どんなに遠くへ行っても、自分から逃げ出すことはできない」  テツコさんは詩を暗唱するように、まっすぐ前を向いたまま答える。  私は自分から逃げようとしているのか? そうかもしれない。遠くに行けば、違う自分になれると思っている。心の中のもやもやしたものを

          栗屋敷のユリ【第40章】革命

          栗屋敷のユリ【第39章】白鳥の湖

          チャイコフスキー:バレエ「白鳥の湖」  柔らかな雪が降り続いている。なにもかも真っ白。手織りのコースターづくりの手を休めて外を眺める。どのくらい積もるのだろうか。  放課後は図書室。土曜日は美術館のワークショップ。日曜日は栗屋敷でコースターづくりというのが最近の私の日課だ。  このまま雪に埋もれて、静かな毎日が続けばいい。私は眠り続ける。ある日、王子様が現れて長い眠りから覚めるまで…木村じゃないから! 私の妄想に出てこないで!  木村は第一志望の中学に受かり、モモカちゃんとア

          栗屋敷のユリ【第39章】白鳥の湖

          栗屋敷のユリ【第38章】復讐の炎は地獄のように我が心に燃え

          モーツァルト:歌劇「魔笛」より「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」  私は夜遅くまで頑張って、木村のファンDが置いていった手紙に返事を書いた。マリアちゃんは放っておけばいいと言っていたけれど。そして学校に着くとファンDを探し出して手渡してきた。  トイレに行くと、あからさまに私をよける集団がいる。 「あー、おえーっ」  つまり青江と言いながら吐くまねをしている。言っているのは他のクラスの知らない子たちだ。落ち着いて用も足せない。これからは校舎のはずれのトイレに行くしかない。

          栗屋敷のユリ【第38章】復讐の炎は地獄のように我が心に燃え

          栗屋敷のユリ【第37章】恋は野の鳥

          ビゼー:歌劇「カルメン」より「ハバネラ(恋は野の鳥)」  栗屋敷までたどりつくとピアノの音が聴こえてきた。頭が痛いのになんとなく洋館に寄って聴き入ってしまう。ヒロシくんは私に気がつくと窓辺まで来て、そこで待っていてと言っている。何か急いでいる感じだ。玄関からアカネさんのサンダルを履いて出てきた。 「四月から日本の音楽学校に行こうと思います。ドイツの母は反対していますが…」  ヒロシくんがずっとそばにいる。私はうれしいのに、つらい気もしてただ黙ってうなずいた。ヒロシくんが心配そ

          栗屋敷のユリ【第37章】恋は野の鳥

          栗屋敷のユリ【第36章】天国と地獄

          オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」  三学期の始業式。ママが寝坊して集団登校に間に合わなかった。私もちゃんと目覚まし時計をかけていなかったのが悪いのだけれど。慌てて用意をして走って登校する。どうにか間に合って昇降口につくと、マリアちゃんが待ち構えていた。 「ユリちゃん、大変!」  小声で言いながら、私を教室とは反対の方に引っ張っていく。 「どうしたの?」 「木村と付き合っているって本当?  誰かが二人でいるところを見たらしい」 「まさか。初詣は一緒に行ったけど。そういえ

          栗屋敷のユリ【第36章】天国と地獄

          栗屋敷のユリ【第35章】行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って

          ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」より「行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って」  お正月の朝。家族でおせちを食べている。年末にアカネさんに教わりながら作った本格的なおせちだ。一つひとつのお料理に、おめでたい意味があるのを教えてもらった。 「こんにちは!」  玄関で大きな声がする。なぜ木村が? 私は慌ててドアをあけた。 「初詣に行こうと思って」 「約束していた?」 「ひまでしょ?」 「だからって、正月早々、人の家に来るかなあ…」 「いらっしゃい! ユリ、行ってくれば?」  ママ

          栗屋敷のユリ【第35章】行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って

          栗屋敷のユリ【第34章】乾杯の歌

          ヴェルディ:歌劇「椿姫」より「乾杯の歌」  今日は福祉作業所のクリスマス会を手伝うことになっている。近所の人も参加自由なので毎年たくさんの人が集まるそうだ。  アカネさんの手作りの瓶詰めや焼菓子が段ボール箱に入れてある。蜂谷さんが軽トラックで荷物を届けてくれるのを私たちも手伝った。蜂谷さんは仕事の合間に来てくれている。  作業所ではいつも手作りパンやお菓子を売っている。今日は入り口のあたりにテーブルがたくさん並べてあって、バザー会場のようになっていた。アクセサリーや石けんなど

          栗屋敷のユリ【第34章】乾杯の歌

          栗屋敷のユリ【第33章】調和の霊感

          ヴィヴァルディ:12曲の合奏協奏曲集「調和の霊感」 「見せたい物があります」  ヒロシくんは曲を弾き終えるとふり向いて言った。立ち上って私の手を取ると、手をつないだまま廊下に出た。  二階には行ったことがなかった。階段をあがると左側のドアが開け放たれていて、旅行鞄や何かが見えている。たぶんタカシくんの部屋だろう。右側の閉まっているドアを開けて中に入っていく。  きれいに片づいてはいるけれど、どこか埃っぽい。タカシくんの部屋がそのままになっているようだ。机の上には本やノート、文

          栗屋敷のユリ【第33章】調和の霊感

          栗屋敷のユリ【第32章】惑星

          ホルスト:組曲「惑星」  先週からアカネさんは機織りを始めた。和室には春と秋に染めた糸が積まれている。  私は紙のボードでできた簡単な機織り機でコースターを作っている。糸の色合わせを考えるのに迷ってばかりいて、なかなか作業が進まない。こういう時、マリアちゃんなら必要なものが光って見えるに違いない。  手を止めてアカネさんが機織りをするのを眺める。心地よいリズムの音で眠気に襲われる。 「ちょっとレコード聴いてきます」 「あの部屋は冷えるから暖房をつけるのよ」  アカネさんに言わ

          栗屋敷のユリ【第32章】惑星

          栗屋敷のユリ【第31章】英雄

          ベートーベン:交響曲第3番「英雄」  映画館で映画を見るのは久しぶりだ。子ども向けアニメなのに木村は映画を観ながら思い切り泣いている。確かに感動的なシーンではあるけれど、そんなに泣かなくても…。結局、泣き声につられて私のほうがいっぱい泣いてしまった。  外に出ると風がなくて暖かいので、公園でお昼を食べることにした。私が木村の弁当を、木村はコンビニで買ったパンを食べている。弁当は飽きたらしい。 「プチトマトだけ残しておいて」 「いつも残すの?」 「残すのを知っていながら入れるっ

          栗屋敷のユリ【第31章】英雄