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失敗は必ず絶頂期に来る。その時に必要なものは。

人間の価値というのは心の在り方で、墓場に入った時、その人の心がどう評価されるかで決まるそうだ。

今回書きたい事は、ある本を読んでいる時。
ハッと思わせる事があったので、以下思うがままを書く。

田中角栄。


史上最年少で総理になり、庶民宰相、今太閤と呼ばれ多くの人から好かれる方。多くの人から持て囃された方。

この人が総理大臣の頃、私はまだ子供だったので、後に田中角栄氏の文献を多く読み漁った時代がある。

因みに私は田中角栄ファンではない。嫌いでもない。
尊敬する所のたくさんある、立志伝中の人である。

因みに当時、田中金権問題批判本を読んでると、こんなくだりがあった。
「どこが庶民宰相だ。大金を持って目白の御殿に住んで、池の鯉に餌をやる庶民がいるか」。

苦労して御殿を建てた元庶民。経済的な理由で中卒から百姓をし、土建屋の社長を経て、総理になり豪邸を建てた。

それを、よくもまあここまで捻じ曲げた解釈で表現するなあ、と違う意味で感心した。

努力して豪邸を建てる。この事に何の問題もない。上記の思考は常に人のアラを探す人の特徴である。

さて、いまだに「田中角栄」という名をタイトルにすれば、必ず本が売れるという笑い話がある。

それ位この方は「人に愛された方」である。墓場に入ってもこれだけ愛される人はそうはいない。

田中角栄氏の金権問題を暴き時の人になり、晩年2chに記載された文章の裏も取らず、そのまま記事にして、笑い物になった作家とは、明らかに違う。

今回得た事は田中角栄氏が、金権問題で失脚した時も裏話である。

意外に知られてない話だが、この頃、歴代総理の指南役、という方がいた。

この方の所に、田中角栄の側近が相談に行った。

「どうすれば田中が助かるでしょうか」。

自分のことの様に相談に行った閣僚に、この指南役はも自分のことの様に考え、答えた。

「田中さんは、まな板の鯉にならなければいけない」。


「どういう事でしょうか?」

そう問う閣僚に、指南役はこう進言している。

「私は苦労して寒村から身を起こし、一生懸命働き一国の宰相になった。しかし騒がれている目白の豪邸は今後外国の来賓の接待に、軽井沢の別荘は青少年の研究施設に使ってほしい。これら一切を寄付し、裸一貫からやり直します」。

更に続く。

「田中さんは民心を失ってないか?失ってるとすれば、全てを投げ出し、詫び、国民の信頼を回復するしかない。死ぬほど辛くても相当の覚悟がいる事でも、そこまでやってほしい」。

つまり指南役の方は田中角栄を非難せず、金権体質が事実かどうかでもなく、民心の心の傷を拭う事を田中角栄自身が考えるべきだ。

そう説いたのである。

これを聞いた閣僚は大泣きして、お礼を言い、外遊から帰った田中角栄に進言したが、結果そうはならなかった。

この指南役の方の言うとおりにしていれば、田中角栄氏が復権したかどうかは分からない。

推測しても仕方ない。歴史にifはないのである。

ただ、後に「この方の諫言をもっと聞くべきだった」と言った田中角栄氏のやり取りがある。後述するがこれは微笑ましい。

表に出ず国民を憂い、功を求めない人は凄い。

しかし一国の指導者は、表に出ねばならぬ。出らねばならぬからこそ、全体を考え、功は他に譲る事が大切だと思う。

惜しむらくは田中角栄氏が、こう考えるチャンスが来たのが既に50代半ばの絶頂期だった事。

更に、その後も政権を牛耳り、復権に意欲を見せていた事が惜しまれる。

失敗は絶頂期に諫言してくれる人を、嫌がった時に起きる。

現に田中角栄氏は過去、この方と料亭で会い一緒に食事をする機会を得たが「あの爺さんは苦手なんだ。ご一緒するのは遠慮したい」と言い、同席を断った。

晩年、田中角栄氏はこの方ともっと早く、もっと話を聞くべきだった、と後悔した。

我々もこうした歴史から学び、常に物を考え、勉強していけば絶頂期に犯す失敗を、最小限に食い止める事ができる。

総理大臣は国民の心を安心させ、日本全体を考えねばならない。

この本質を見定めれなかった事は、確かに私欲に走り、立場や地位を第一義にしたと言えぬ事もない。

だが、これを指摘し言葉に出来る人はまずいない。そう言う思考にまずならない。この指南役の方の思考は凄い。

人は失敗する。人は負ける。

しかし、きちんとした師を持てば、過ちも取り戻す事ができる。

問題は絶頂期に威張り、失敗の責を他に転嫁することである。そしてそれに気付いても尚、余計なプライドを持つ事である。

私には師がいない、という人は歴史を学び読書をすれば良い。
師がいる人はどんどん質問すべきだ。これを怠ると伸びないのはボクサーも同じである。

この本を読んで再度、思った事がある。

ボクシングジムの会長が、ボクシングしか教えない。
それは私のやりたい事ではない。

25年間この軸だけはぶれない私だが、もう一度省みようと思う。



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