『冬の終わりと春の訪れ』#14

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 それから数日間の記憶は、正直息苦しかった。
 臆病な僕は彼女にLINEで連絡をすることもできず、しかし彼女がもういないのだという現実を受け入れるのに時間がかかっていた。
 もう話すことができないのだと思うと、部室に顔を出すのも億劫になっていた。元々集合必須の活動は少ない部活だったので、僕は授業が終わったらそのまますぐに家に帰る日々が続いた。

 年明けから学校が始まるまでも遠山さんとは会っていなかったのに、そのときとは違う感覚だった。
 いづれ会うことができると思っているうえで今会えないのと、もう今後一切会えないのかもしれないという状況での今会えないのは、全然違う。

 ふとした時に思い出すのは、たまに見せていた遠山さんの寂しそうな表情。どこか遠くを見つめて、黙り込んで、僕の問いに曖昧に答えていた彼女。

『春は別れの季節だもん』

 そう言っていた彼女を思い出す。
 新春とは言うけれど、まだ早いよ。そんなどうでもいい返事が頭に浮かんだ。
 新春だろうが、4月の春だろうが、関係ない。

 雪は跡形もなく溶けた。
 それと同時に彼女はいなくなった。
 ただ、その事実だけが一緒だった。

     *   *   *

「おーい、片山」

 新学期が始まって、1週間とちょっとが経った週明け。放課後に、速水先輩が僕の教室までやってきた。
 入口付近から呼ばれ、丁度帰るところだった僕は荷物を持って向かう。

「先輩、どうしたんですか」
「可愛い後輩の様子を見に来てやったんだよ」
「どういうことですか……」
「まぁまぁいいから、付き合え。一緒に帰るぞ」

 先輩はなんだか清々しそうな顔をしている。
 そういえば、3年生はこの週末センター試験があった筈だ。それでこんなに清々しい顔をしているってことは、うまくいったってことなんだろうか。
 けれど逆に地雷も踏みかねない。そう思うと決して結果なんて聞ける筈がなかった。
 何を話せば良いのかも正直わからず、ただ先輩の後をついていく。

「あ、帰るぞって言ってたけど、部室行くつもりだった?」
「いや……いいです。帰るつもりでした」
「そうか。ならいいや」

 先輩は、遠山さんが引っ越したということを知っているのだろうか。それとも知らないから、こんなことを聞いてきたんだろうか。
 知っている気もするなぁ、なんて思いながら、下駄箱で一度別れる。
 昇降口を出た先で合流して、門まで2人で歩きながら、「今日この後も暇?」と先輩は笑った。

「まぁ、暇ですけど……」
「それならさ、カラオケ付き合ってくんね? パーッと今遊びたいんだよね」

 にやり、笑った先輩は、センターが終わった打ち上げでもしたいのだろうか。でも、今この瞬間にも二次に向けて頑張っている人もいる中でそんなことをしていていいのか、と余計なお世話とも言える考えが心に浮かぶ。

「まぁ……大丈夫ですよ」

 とはいえ、受験生の気持ちなどわからない僕がそんなことを言える筈もなく。地雷を踏むのを恐れた僕は、先輩の言うことを聞いておくに限ると考えた。

「よっしゃ、ありがとな」

 先輩は、出逢ったときのような明るい笑顔を浮かべている。
 この人はブレないなぁ、と、なんだかその笑顔に少しだけ、久々に息苦しさが少し和らいだ気がした。


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