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推しと出会ってタトゥーを入れて、そして自分を好きになる

「思春期の頃からアトピーで荒れた肌がコンプレックスでした。とにかく自分のことが嫌いだったんです」

白くて華奢な腕を触りながら当時の心境を話してくれたのは、副業ライターの村田はみさん。今でこそアトピー症状は改善しているものの、学生時代には入院するほど悪化した。

搔き壊した肌を見るたびに、自分が嫌いになっていく。そんな彼女の支えになったのは、推し(人におすすめしたいほど気に入っている人や物のこと)だった。推しが歌う楽曲を聴いたり、出演する番組を見るのを楽しみに過ごしていたという彼女。

「推しは人生のすべて」そう語る彼女の腰には、推しと同じタトゥーが刻まれている。自分を好きになるためにタトゥーを入れたというはみさんに、大胆な決断をした経緯を尋ねた。

舞台役者を目指して


「人前で歌ったり踊ったりするのが好きな子どもで、『セーラームーンになりたい!』が口癖でした」

主人公の”うさぎちゃん”になりたくて、どうすればセーラームーンになれるのかを四六時中考えていた幼少期。呪文のように「セーラームーンになりたい」と話すはみさんを喜ばすためだろう。両親がセーラームーンの舞台に連れて行ってくれた。

きらびやかな舞台で意気揚々と演技する役者たち。彼らの姿は、幼心のはみさんの心をグッとつかんで離さなかった。

「あそこに立てば、セーラームーンになれる」

思わぬ形でセーラームーンになれる方法が見つかり嬉しくなったのと同時に、「自分も舞台に立ちたい」という夢ができた瞬間でもあった。

しばしの時が流れて、はみさんは中高一貫校に進学し演劇部に入部。

「舞台上から観客が笑ったり泣いたりする様子を見るのが好きでした。人の感情が揺らぐ場面に立ち会える演劇ってすごいなって。観客の反応によって、演じるわたし達も熱が入るし、何より演技が楽しかったんです」

よく笑う観客なのか腕を組み表情を変えない観客なのか……。その反応ひとつで役者のテンションが変わる舞台は、まさに生き物。その日、その場所、その瞬間で様変わりする舞台の様子にどんどん夢中になっていったという。

”推し”との出会いとアトピーの悪化


はみさんの推しであるアーティストに出会ったのも、この時期だ。憧れの先輩が聴いているという些細な理由で聴き始めた曲に、大きな衝撃が走った。その楽曲は、はみさんが幼少期に幾度となく口ずさんでいたものだった。

「とあるアニメのエンディング曲に使われていた楽曲で、わたしの本名と同じ。子どもの頃はそれが嬉しくてたまらなくって、よく歌っていたんです」

この楽曲との再会をきっかけに、四六時中曲を聴く日々が始まった。演劇と推しという心から夢中になれるものに囲まれていたはみさんだったが、この頃からアトピー症状に悩み苦しむことになる。

「小さい頃のアトピーはあせも程度だったので、とくに気になりませんでした。それが、中学生の頃から段々と悪化してきた。顔、首、胸、背中、腕、手の甲、指....…。気付いたときには、肌全体に症状がでるようになったんです」

アトピーの皮疹は、猛烈な痒みをもたらす。痒みで掻き壊した皮膚からは、浸出液や血が出ることも日常茶飯事。アトピーの炎症反応を抑えるため、この頃から全身を包帯で保護していた。

街を歩いていたある日、見知らぬ女性に「それ、どうしたの?」と声をかけられた。突然のことに困惑するのと同時に、自分の肌が気持ち悪いから声をかけられたのだと感じたという。

「今思えば、心配して声をかけてくれたと思うのですが、当時はそう思えなかった。みず知らずの女性が声をかけてくるほど、自分の存在が人を不快にさせるんだなと思ってしまったんです」

舞台に立ちたくない


中学生からはじめた演劇も6年が経過し、本格的に演技の勉強をしたいと考えたはみさんは、とある芸術大学の演劇学科への進学を決めた。

憧れのキャンパスライフ。中高ともに女子高だった彼女にとって、男女共学のキャンパスは新鮮だった。過去、自分の周りにいた異性は父親や弟、先生のみ。ガラリとかわる生活環境に戸惑いつつも、新たな環境に胸が踊っていた。

しかし、異性の目を意識するようになった彼女の脳裏に浮かんだのは、アトピーのことだった。

「素敵だと思う人が居ても、アトピーを持つ自分を好きになってくれるわけがないと考えてしまう。気持ち悪いと思われたらどうしよう、嫌われたらどうしようと常に考えていました」

アトピーを持つ自分を好きになる異性なんていない。そんな考えが常に付きまとうようになり、自分に自信がなかったという。この心境は、演劇にも影響を及ぼした。

「舞台に立ちたい気持ちと人の目が気になる気持ちが入り交じるようになっていきました。終いには、演劇だけでは食べていくのが難しいとか、ネガティブな方向に考えるようになってしまい、舞台役者になるのを諦めました」

消えない御守り


大学卒業後は、就職しなかった。

「やりたいこともなかったので、就職しても意味ないよねという気持ちがありました。人生に対して投げやりになっていたと思います」

卒業後は、派遣やアルバイトで生計を立てていたはみさん。この状況を選択したのは自分だったが、就職し社会の荒波に揉まれながらも生き生きと働く友人と自分の状況を比較しては落ち込んでいた。アトピーという肌のコンプレックスとともにキャリアのコンプレックスも抱えるようになった。

すべてに対して投げやりだったと話す彼女の言葉を裏付けるように、派遣やアルバイトも長くは続かなかった。

心に靄がかかったような気持ちで過ごす毎日。そんなはみさんが安心する瞬間が、推しの楽曲を聴くことと推しと同じアクセサリーを身につけることだった。

「カップル同士でおそろいのネックレスやリングを身につけるのと同じ感覚です。身につけるとその人の存在を身近に感じて、頑張ろうと思える。でも、アクセサリーのような取り外しできるものではなく、ずっと身につけていられる”消えない御守り”のようなものが欲しいと思うようになっていきました」

ちょうどこの頃、推しが入れているタトゥーが気になるようになった。

タトゥーを入れると決めた日


タトゥーという消えない御守りを持ち歩ければ、推しを身近に感じて自信のなさが軽減されるかもしれない。そう考えてからの彼女の行動は早く、数日後には推しにタトゥーを入れた彫り師に連絡をとっていた。


日本でタトゥーを入れるとさまざまな弊害がある。そのひとつとして挙げられるのが、温泉施設やサウナなどの公共施設に足を運べなくなることだ。ファッションタトゥーのように、その場限りの勢いでタトゥーを入れ、後悔する人が多いことから、彫り師からは「なぜ、タトゥーを入れたいのか」と聞かれた。

「推しと同じタトゥーを入れれば、自分のことを好きになれるかもしれないこと、推しを大切にするように自分を大切にしたいことなど思いの丈をぶつけました」

はみさんの推しへの思いを聞いた彫り師は、快く施術を受け入れた。施術当日は、推しが座った席を用意してくれるという配慮もしてくれたという。

コンプレックスの受け入れ方は、人それぞれ

消えない御守りを持っていることによる心強さと安心感なのだろうか。タトゥーを入れてからは、人目が怖いと感じなくなった。推しと同じタトゥーを入れている部分に愛着が湧くからか、自然と自分を大切にしようと思えるようになったという。

自分を大切にしたいという気持ちは、自分を好きになりたいという気持ちの表れ。タトゥーを入れてから彼女の行動は、劇的に変化していった。

「もっと自分に自信を持ちたいし好きになりたい。色々なことにチャレンジしてみようと思えたんです」

その言葉通りはみさんは、国家資格キャリアコンサルタント、衛生管理者第一種、秘書技能検定2級などさまざまな資格取得に励んだ。思うように勉強が進まないときには、腰に入れたタトゥーを見て「推しも頑張っている」と自分を鼓舞し続けたという。

その結果、派遣やアルバイトで生計を立てる生活から卒業し、正社員としてWEB関連企業に就職。副業ではWEBライターの活動もはじめた。

「意欲的に活動できるようになったのも、コンプレックスのある自分を受け入れられたから。そのきっかけをくれたのが、わたしの場合は推しでした」

タトゥーを入れるという彼女の決断は、万人に受け入れられ当てはまるものではない。しかし、自分を大切にして生きる覚悟と決意を表明した“消えない御守り”は、今後も彼女を支える柱になるに違いない。

村田はみさん最新情報

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