図書館日誌

10代最後の夏

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10代最後の夏

マガジン

  • 筑肥日記

  • かすま、たんぽぽ、れんげそう

  • A氏、B氏、C氏、による極めて低俗的な議論

    極めて平凡な高校生、A、B、Cの日常における極めて低俗的な議論

最近の記事

三つ編み

陽の差す電車は揺れている。 肩に質量感のある温い頭が寄りかかっていた。その毛先が腕をくすぐる。三つ編みにしてやろうと思った。三つ編みをしたのは保育園で縄跳びの縄をなって以来である。

    • 京都行2

      新幹線駅のアナウンスが憎らしい。 いっそバスに乗り遅れれば良かった。 小窓に表示される唐津行きの電車が来るまでのカウントダウンがバカバカしい。 明日博多には6時40分に到着する。早すぎる。 バイトを休む必要はなかった。 講堂のスピーカーは壊れてでもいたのだろうか。会場がザワつくなか、微かに始まりますという声が聞こえ、そぞろにオープンキャンパスは始まった。 我が幼き従弟は叔母の膝の上で紙を破いて遊んでいる。その行為が叔母や私をヒヤヒヤさせない程に講堂全体に漫然とした雰囲気が満

      • 京都行1

        ものを作る人を間近で見る。 末恐ろしい。 とてつもなく残酷な情景を潜める人。その冷ややかな世界に支配されようとしてしまう。 私の暖かな故郷からは遠く離れてしまった。この不安感。 なにか物語を作る人というのはそういった世界を忍ばせているものなのだろうか。 きっと私もその残酷な世界を持っているからこそ、共振してしまっているのかもしれない。

        • 最果て

          あやふやな、宇宙とこの世との境に漂っていた。どこまでも、どこまでも広がる水面の下にも星々が広がっていた。 私と星々とを隔てる夜空すらなかった。ひとつひとつ、星が手に取るようにそこにある。 薔薇の香りが微かにしたように感じた。 水平線に影が見えた。 次第にその影におうとつや色が感じられるようになった。端麗な顔立ちをしている。 もう出で立ちが分かる。 絹を纏って髪も軽く覆っている。 薔薇の香りはその人影が近づくにつれはっきりと感じられるようになる。鼓動が高くなるのがわかる。

        マガジン

        • 筑肥日記
          8本
        • かすま、たんぽぽ、れんげそう
          3本
        • A氏、B氏、C氏、による極めて低俗的な議論
          4本

        記事

          おかし

          大量のお菓子。鞄にはお菓子しか入っていなかったのかと言うほどの量だ。 それをひとつひとつ見せて勧めてくる。 喉を悪くして声が出せないと言う。咳が度々出ていた。 しばらく話していなかった。互いに用事がなければほとんど話さない仲だ。 それが久々に用事ができた。 手振り身振りだけでお菓子を勧める様子がけなげだった。 しばらく、そういうことが続いた。 繊細な時間が流れていた。

          月曜日

          ドアが開くと思いがけず頭に浮かんでいた人間が現れた。 そいつは私の机の上に置いてあった英語のテキストをパラパラめくってしきりに、やるじゃん、とか、さすが、とか言って褒めてみたかと思えば、問題か解答解説だかを読んで、何言ってんだよ、などと適当なことをだらだらと言って見たりした。 私がそのちょっかいを楽しむとも楽しまないともつかない態度で、つまり追い払うことはしないでいると、笑ったり、綾波の金ズルめ、とステレオタイプを口にしてみたりして、間が持たないと思うと一階に降りていった

          日傘

          その子は日傘をさした。ジャージでさしているのがとても可笑しかった。 とても日差しが強い日だった。朝は寒かったのに、午後二時を過ぎた今は確かにその子が言うように焦げそうなほど暑い。私はその子の日傘の中に入った。 日差しを避けるためだけでは無い。 信号が青になった。高架がみえる。博多駅はあの高架を沿っていけば必ずたどり着ける。 渡りきってまた信号を待つ。 日傘の縁の突起が私の頭をこつんこつんとつつく。その子は私の背が高いのだと言った。 私が傘を持った。若さが呼吸してい

          全日本恥ずかしい人連盟代表

          せ、い、しゅ、ん。 心の中で呟きながら、結局何が言いたかったのか分からなくなってしまった。 生徒会は青春だった。 校内誌を刊行したのも青春だった。 失恋もした。 青春はしている。別に思い残すことは無いはずである。しかしなにか晴れない感覚が残る。 今日は下心から参加したバドミントンの県大会予選であった。本当に下心しか理由がないから理由を説明するのが大変であった。 とにかく、勝てる実力は皆無であることは明白であった。多分普通の人なら恥ずかしくて出場しない実力なの

          全日本恥ずかしい人連盟代表

          後悔

          総合図書館は朝10時に開館する。その30分以上前に到着してしまう。バイト上がりである。 バイト先に先々週から言い忘れ続けていた日曜日に休み入れた。 バイト先の店長はとても神経質な上に直接怒ることが出来ないほど気の弱い人であった。その繊細さは可哀想なほどだったので、配慮してマネージャーがいるタイミングでシフトの相談をするようにしていた。 しかし、今回は運が悪かった。既に2人も日曜日に休みを入れていたのである。険悪な雰囲気を作りだしてしまった。 やはり休みは早めに入れておくべき

          俺の青春マジ芥かよ(仮)

          気づくと則牧駅は次の駅に迫っていた。 Aはずっと向かいのシートに座っている人が抱えている袋が気になって気になってしようがなかった。中年の女性。全体的に中年、体系も中年、ファッションも中年、髪型も中年という感じでパッとしない雰囲気の人。そんな人が大きなビニール袋を抱えている。 ぼんやり青いものが中にあることがうかがえる。何なのかぼんやり見ている間はよくわからなかった。袋には”モーリーファンタジー”と書いてあった。Aはそれが何なのかよくわからなかったがなんとなく聞いたことがあった

          俺の青春マジ芥かよ(仮)

          俺の青春マジ芥かよ

          「彼女が欲しいよお」 Aは本当に心底彼女が欲しかった。一度も彼女というものができたことのない彼にとって"彼女がいるという状況"そのものが神聖化しつつあり、またそれが彼の”彼女がいるという状況”に対する好奇心を一層掻き立てていた。 それでいて恋愛はしたことがあるのでそれをひそかに自分の自負にしている。すぐ彼女ができる奴はきっと大した恋愛はしていないだろうという勝手な偏見もあってそれなりにひねくれた根性を持っていた。 Cは少しその話題に飽きを感じているのか、その話題を続けるAをを

          俺の青春マジ芥かよ

          ディストピア

          私は三年間ドイツに行っていた。留学という風に言うのだろうか、あまりその実感はなかった。かつてあまり居心地のよくない学校に行っていたのでそこから抜け出すことこそがドイツに行く私の理由であった。 母が言い出したことであった。 ドイツに何かある、そう感じると言い出したのである。 言い出してから約一、二年ほどして実行に移された。住む場所を日本からドイツに移した、という感覚であった。 出会いもあり、別れもあった。最も私はドイツを定住の地と考えていなかったので人間関係にはあまり頓着しなか

          ディストピア

          A氏、B氏、C氏による極めて低俗的な議論<その2>

          「彼女が欲しいよお」 「まだいうのかい」 「恋愛以外に青春を楽しむ要素あるか?」 「部活とか」 「帰宅部ですが」 「勉強とか」 「断固拒否」 「友達と遊ぶ」 「何して?」 「カラオケとか、ゲーセンとか、、、知らんけど」 「俺たちって全然遊ばないじゃん、あいつは金ないっていうしお前は時間ないっていうし。大体お前は休日何してんだよ」 「勉強」 「ずいぶんまじめだね」 「それくらいしかする事無いってのはある」 「勉強かあ、向いてないんだよなあ。続かない」

          A氏、B氏、C氏による極めて低俗的な議論<その2>

          A氏、B氏、C氏による極めて低俗的な議論<その1>

           ある冬のことである。Aはいつものように缶コーヒー(ホット)を学校の敷地内にある自販機で購入していた。Aと普段からつるんでいる二人、B、Cと連れ立ってである。 「はたして私はなぜモテないのかネ」 Aのそういった、その年齢相応の、いわゆる青春の悩みをふとボヤいたことがその議論の始まりであった。 「しかし、それは君の行動が足りないだけでしょう」 BはAに続いて彼の貴重な百円を捻出してホットココアでそのかじかんだ手を温め、グーパーグーパーとしきりに動かしている。 「そうか

          A氏、B氏、C氏による極めて低俗的な議論<その1>

          なんにしても一人にならないこと

          失恋は買ってでもしろという勢いで母はずっと私に失恋しないと恋愛できないことを耳にタコができるほど聞かされてきた。 実際にしてみればある種快感のような、重荷を一つ下すことができた感覚で悪い気はしない。 コテンパンに叱られたりどうしようもなく失敗したりした時と同じ感じで自分の小ささというか現実をはっきりと示された感じ、それがわかるということは一つの成長というか、自分の重心とか芯みたいなものがはっきりする。それがいい。 問題は自己肯定感がなくなっちゃうこと。 こういう時に話し相手に

          なんにしても一人にならないこと

          見わたす山の端、かすみ深し

          童謡、朧月夜の ”菜の花畑に入日薄れ、見わたす山の端かすみ深し” という一節を聞いて私のマンションから見える情景を思い出す。 数週間前に梅雨らしい雨が降ってマンションから見える山の裾にも濃い霧がかかった。私は雨が好きで特にしとしと降る雨はいわゆる ”エモさ” があってとてもいい。自分が景色に癒されるということを最近はよく実感する。 学校での人間関係がいつものように空気の読みすぎでややこしい事になって、色々なことがやになっても帰りの電車から見える夕日や電車を降りた後に仰ぐ空に心

          見わたす山の端、かすみ深し