修繕

優しいけれど、どこか不思議な感じのする彼女が好きだった。
「この子、タロちゃんっていうの。私が一歳のときから可愛がってるの」
そういって見せてくれたクマのぬいぐるみは、シミ一つなく、一目見て古いものとは思えないほどだった。今でも売っているほどの、ブランドもののロングセラーだとは言っていたけど、それにしてもここまで色あせないのはどういうことだろうか。
よく見ると、ところどころに自分で施したであろう縫い目があって、彼女の物持ちの良さと、ぬいぐるみへの深い愛情を感じさせた。

「シュウくん。私、プロポーズに指輪とかいらないからね」
そう先回りして言ってきたのも彼女だった。代わりに、タロちゃんとまったく同じ種類のぬいぐるみを、三つプレゼントしてほしいと。タロちゃんがいれば十分なんじゃないかと聞くと、たくさんあるほうが安心だから、彼女はそう言って笑った。

人気の商品であったので、通販でタロちゃんと同じぬいぐるみを見つけることは簡単だった。ぬいぐるみにしてはだいぶ値が張るけれど、それでも指輪に比べたらずっと安い。僕の懐事情からしても、ぬいぐるみでいいというのはありがたく、いい彼女を持ったものだと、そう思いながら注文ボタンを押した。
数日するとぬいぐるみが届いたので、彼女のアパートに渡しに行くことにした。別途買っておいた包装紙に、きれいに包んでおく。こういう細かい気遣いが重要なんだ。

「ありがとう。大切にするね。シュウくんも、タロちゃんと同じで、ずっといっしょにいようね」
僕がぬいぐるみを渡すと、彼女はそういって喜んでくれた。

「ごめん、少しトイレに行ってくるね」
しばらくすると、そう言って彼女は席を外した。なんてことはない、いつものことだった。

暇なので、彼女の部屋を改めて観察してみる。特に変わったところのない、ごく普通の部屋だ。一つ気になることがあるとすれば、小さめのタンスの引き出しが少し開いていて、そこから裁ちばさみと、茶色の起毛生地が顔をのぞかせているくらいだった。

裁縫、好きなんだな。そういえばタロちゃんもよく手入れされていたし。結婚したら、僕の服も直してくれるんだろうか。そう考えてから、僕は少し違和感を覚えた。

色あせないぬいぐるみ、同じもの、茶色。

僕はある疑念が抑えきれなくなって、引き出しを目いっぱい開けて、そして部屋から抜け出した。

彼女には、ぬいぐるみはあげるけれども、もう僕にはかかわらないでほしいことを伝えて、一方的に連絡を絶った。

今でも、裁ちばさみにこびりついていた茶色の糸くずが、脳裏に焼き付いて離れない。僕は今夜も悪夢を見る……

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