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岩波明『発達障害はなぜ誤診されるのか』新潮選書

発達障害という言葉は聞くようになって久しいが、その内容をよく理解している人は少ない。また、実は発達障害ではないかと思っている人も増えているらしい。著者は、日本で最初に発達障害の専門外来を開設した中心人物であり、その第一人者でもある。患者、家族のみならず医師も必読の書とされる。

発達障害には、①コミュニケーションおよび対人的な相互関係の障害、同一性へのこだわりや興味・関心の極端な偏りを主症状とする「自閉症スペクトラム障害」(ASD)、②不注意と集中力の障害、多動・衝動性を主症状とする「注意欠如多動性障害」(ADHD)、③読む・書く・計算するなどの特定の分野の習得と使用に困難を示す「限局性学習障害」(LD)の三つに分類されるが、本書で取り上げるのは、①と②である。

発達障害は長い間、児童精神科や小児科が担当する領域と考えられ、成人期の発達障害は、医療の対象となることはまれであった。知的能力が正常な発達障害は、医療からも行政からも見過ごされてきた。

これまでの医学教育において、発達障害、特に成人期の発達障害についてきちんと論じることがなく、知識不足についてやむを得ない面もあるが、医療情報をなかなかアップデートできない医師も珍しくない。

また、発達障害はうつ病や不安障害など他の精神疾患を併存しやすいため、そちらの症状に目がいってしまい、ベースに存在する発達障害を見逃してしまうことも珍しくない。

日本の児童精神科の領域では自閉症と知的障害が主要な疾患として扱われ、また、成人においてはアスペルガー症候群という自閉症圏の疾患が世の中の注目を集めてしまった。そのため、成人期において対人関係の障害がみられると、それだけでアスペルガー症候群などのASDと診断されるバイアスが現在も持続している。

さらに、ASDについて、発達障害は親の養育など生育時の心理的、環境的な要因などによって疾患が発症するとする「心因論」を1960年代に声高に唱える人が存在した。この学説は明確に否定されている。

ADHDについても心因論が主張されることがあるが、これもフロイトの後継者の思考法に基本的な誤りがあり、生育期における心理的な外傷体験が原因とする主張は完全に否定されている。

発達障害をもつ成人が初診に至る経緯は、①小児期に診断を受け継続的のフォローを受け、あるいはいったん中断したが再び受診したケース、②成人期になって自ら発達障害の存在を知り、各種情報を得て受診したケース、③成人期になって家族や上司に促されて受診したケースがある。

ASDについては有効な治療薬がない。ADHDについては有効な治療薬があり、劇的に改善するケースがある。一方、不十分な治療効果や副作用で治療をドロップアウトするケースもある。

また、それまでに身に付いた自己肯定感の低さを改善させるためには、心理的社会的な支援が重要であるが、薬物療法と心理的社会的治療とのバランスの取れた治療を行っている治療機関はわずかしかない。

ADHDは、これまで注目されることが少なく見過ごされてきた疾患であるが、ASDより有病率が高い。また、ASDとADHDとの関係は複雑であり、十分解明されていないところもあるが、ASDとADHDが真に併存している場合と、二次的に類似している場合があり、区別することが難しい。

発達障害は様々な社会的な問題と密接に関連していることが多い。一つは、学校におけるいじめと不登校である。その特性により、周囲の子どもから受け入れられないばかりか、積極的に排除されることも起きやすい。また、軽症の場合は就職してから発覚することも多い。現在の行政などの施策には発達障害の視点が欠落している。

発達障害は高い確率で様々な併存疾患がみられ、誤診の原因となっている。ノルウエーのデータでは、不安障害、双極性障害、うつ病、パーソナル障害、統合失調症、物質使用障害の併存がみられた。この結果、発達障害を見逃し、併存疾患を主要な精神疾患と判断することが行われてしまう。

発達障害の人は、アルコール、薬物、ギャンブル、インターネット・ゲームなどの依存症に至るケースが高率である。依存症は好きが高じて対象から抜け出せなくなると思いがちであるが、それは正しくない。発達障害の中でも、ADHDは衝動性を主症状とし、依存性を引き起こしやすい。依存症はADHDと併存していることが多い。それを見分けるのが難しいが、両者に同時に介入(治療)することが必要である。

本書のテーマは発達障害の誤診である。精神医学はまだ未熟な学問であり、明確な数値による「診断基準」がない。一方、精神疾患の診断基準はアメリカ精神医学会のDSM第5版が使用され、その診断基準の該当する項目数から診断が下すことができる。しかし、これにより疾患に対する概念を固定化してしまう点に問題がある。

ほとんどの精神疾患の本質は不明である。一見したところ、まったく異なる症状を示す疾患が、実は同一の機能障害が原因であるという可能性がある。すぐに患者を診断基準に当てはめようとし、診断基準に基づき「一般に認められた」治療法に従う傾向がある。

著者は、発達障害をめぐる現実の中で、「ドクターショッピング」もありとする。信頼できる治療施設にたどりつくため、ある程度病院を転々とすることもやむを得ないとする。成人期の発達障害について、専門的治療を行っている医療機関は東京都内でも必ずしも多くなく、地方においては選択肢が少ない。大きな病院が信用できるかというとそうでもなく、「発達障害の専門家」と称していても、適切な診断が下せるとは限らない。

著者はネット上の良心的なサイトや書籍・雑誌から、かなりの知識を得られると言うが、発達障害について正確な診断を行い、適切な治療を行うことができる医師に出会うことが重要であるということとなってしまう。

発達障害は生まれつきのものであるが、通常の生活を送っている人も多く、疾患・障害と言うよりも、その人の特性・個性と言った方がよい。テレビ番組などで、自称「脳科学者」が人間の様々な行動が「脳科学」的に明確に説明できるように言うが、実際にはわかっていないことの方が多い。

本書により、発達障害についての現状がわかるとともに、様々な症例についても理解することができる。気になる人は、是非一読することをお勧めしたい。


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