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川島蓉子『アパレルに未来はある』日経BP

アパレル業界には、半年を1単位とするサイクルがある。「春夏コレクション」「秋冬コレクション」であるが、このサイクルを変えようとする動きが始まった。

19世紀のパリで始まったオートクチュールの年2回のコレクションショーは、第二次大戦後のプレタプルテの年2回のコレクション発表に引き継がれ、アパレル業界の半年ワンサイクルの土台となった。

しかし、70年代に過剰な競争を続けることで、年2回のコレクションに加えて春夏コレクションに先立って行うプレコレクションや、リゾート需要を見込んだクールズコレクションを展開するところが出てきた。年3、4回コレクションショーを発表しなければならずファションデザイナーの負荷が高くなった。特に2000年代、ファストファションの躍進で、この動きに拍車がかかった。

リーマンショック以降、短サイクルで需要を喚起して売り上げを確保することが困難となるうえ、サーキュラーエコノミー(循環経済)的な考え方が広がる中で、長きにわたって愛用する消費へと人々の意識は変わってきている。また、時代の大きな流れの中で、サイクルが多様化する方向となった。定番的で長いライフの商品、月ごとに数点の新商品を投下するもの、週単位で商品を変えていくものなど、ブランドの独自性に沿ったサイクルを回すようになっていく。

2021年、セールスについて自社のこれからの方針を定め、具体的な戦略に落とし込んでいる企業と、そうでない企業に分かれ、期間や方法が多様化し始めた。また、18年、バーバリーの売れ残りの大量廃棄が大きな議論にとなり業界はこれを自分ごとして受け止めた。

値下げされた価格を前提としたセールス専用商品を正規商品と一緒に売る行為が続けられてきたが、誠実さという意味で疑問が残り、セールやアウトレット専用商品をやめる方向で動き出している。

一方、消費者も安ければうれしいわけではなく、「その商品がいつ、どこで、どうような経緯でつくられたのか」というトレサービリティーへの関心が高まっている。また、セールスを待って買う人が増え、セールスありきのビジネスのありようを根本的に見直すところにきている。

老舗ブランドの倒産が報道される一方、ラグジュアリーブランドが強さを発揮している。ルイヴィトン、エルメス、バーバリーは好調を維持している。しかし、日本のアパレルはラグジュアリーブランドをつくることができなかった。独自の世界観を築き、ブランドの志を伝え、コミュニティーをつくって共感を得ることができなかった。

ブランドがラグジュアリー的なものとコモディティー的なものとに二極化していくと思われる中、自社のブランドの強みをどこに置くのか、本気で見極めて前にに進めていくことが肝要となる。

小売りビジネスの中で、EC(電子商取引)が以前から伸びていることは分かっていたが、日本はEC強化策に出遅れてしまった。まずリアルありきでなく、ECとリアルを関連づけることでファンを増やし、ブランド自体の価値を上げていくことが必要である。

リアル接客は「思いがけない自分の発見」がある。店舗は「均質なものを行き渡らせる」という従来の考え方から、「独自なものを必要な人に届ける」という考え方にシフトしなければならない。店におけるデジタルと、リアル店舗の可能性とすみ分けは待ったなしである。

ファッション業界は、外部の人が入りづらく、独特な空気感がある。しかし、トレンドは、トレンド情報会社により素材、色、デザインなどのアイデアとして、ある世界観としてひもとかれる。それはアパレル業界以外の他業界でも使われる。

コレクションショーは招待状を持っている限られた人だけが訪れることができる。しかし、クローズドな情報が価値を持たなくなった。半年ごとのトレンドより、長いサイクルで服を選んで着ることが大きな潮流となっている。また、デジタルによって情報がオープンでフラットになった。ブランドの独自性をもとに双方向で共感を得ていく方法へと、本来的な多様化が進んでいく。

ファッションデザインに求められている方向性は、一つは身に着けることで気分が高揚し、触発されるような力を持つデザインであり、もう一つは日常的に身に着けるに適した、動きやすくて心地やすい方向のデザインである。ブランドが二極化していく中で、どちらに基軸を置いたブランドとするか定め、その領域で独自のデザインを追求することが求められている。

本書の後半はアパレル業界の希望の変革者を紹介している。「マザーハウス」の山口絵理子さん、「WWDJPAN」編集長の村上要さん、「トモ コイズミ」の小泉智貴さん、「マッシュホールディング」の近藤広幸さん、テキスタイルデザイナーの梶原加奈子さん、ビームスの加藤忠幸さん、鈴木修司さん、「大丸百貨店」の田端竜也さんである。著者と「ビームス」設楽洋社長との対談も収めている

著者によるアパレル業界への愛と、アパレルの未来を信じる信念を感じることができた本である。書名が、「アパレルに未来がある」と言い切っていることもそれを表わしている。


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