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「蔵元のことばかり」つづくこれからの話“花の香”神田清隆さんの場合。

こんにちは、山内聖子です。
本連載は、拙書の『いつも、日本酒のことばかり。』の特別企画としてはじまりました。
新型コロナ感染症が世間に蔓延するなかで、蔵元さんたちがそれにどう向き合ってきたのか。蔵元さんたちの「今まで」と「これから」について書いていく記事です。このたび登場するのは、熊本県玉名郡で“花の香”をつくる、蔵元の神田清隆さんです。

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<神田清隆さんプロフィール>
1977年生まれ。社長・杜氏
1902年創業の花の香酒造の6代目。経営難の酒蔵を継ぎ、一から“花の香”の味をつくりあげる。経営や醸造技術などの多くを「獺祭」および桜井博志会長から学び、初リリースは2015年。
持ち前の負けん気で酒質をメキメキ向上させ、短期間で熊本の未来を担う日本酒として、日本酒業界で注目を集める。昨今は地元の和水町で、山田錦や熊本の古代種である穂増の栽培を開始。将来的に、地元を優れた酒米の産地にすることを目標に掲げ、酒づくりだけではなく、地元の農家とともに農業にも精を出す日々を送っている。

はじめに

私が日本酒歴を重ねていくなかで、縁が気薄だった熊本との距離が一気に縮まったきっかけが“花の香”との出会いでした。
それまでは、熊本のつくり手と知り合う機会がほとんどなかっただけではなく、あくまでも個人的な感覚なのでご容赦いただきたいのですが、自分の心を動かす日本酒と出会えていなかったこともあり、熊本の日本酒と私との間柄は、ずいぶん長い間、遠縁みたいな関係だったと思う。
しかし、2015年のある日。花の香はハレー彗星のように、私の目の前に唐突にやってきた。そのきらめきを含んだみずみずしい衝撃は、今も鮮やかに私の記憶のなかに残っている。ジャンルでいうと、可憐な香りの冷酒タイプのお酒なのですが、最初に飲んだ花の香は、無垢な青年のような青さをたくさんたたえたまっすぐな味でした。以来、私は花の香に行くためにほぼ毎年、熊本に通うようになります。
蔵元の神田さんも味に違わぬまっすぐな人で、なんというかものすごくガッツがある人でもあります。おいしい日本酒をつくるためならリスクも恥もいとわず挑戦し、やると決めた後の着火というか行動が早い早い。たとえやっていることが批判されても失敗してもぜんぜんめげる様子もなく、ときにハラハラさせるくらい、猪突猛進する情熱を持っている蔵元なのです。
そのがむしゃらさがあったからこそ、あっという間に酒質は向上し、お世辞にもきれいとは言えない古びた酒蔵を、今や地元の観光スポットとして注目を集めるほど立派に再建。花の香を初リリースしてからわずか5年の間に、ここまで様変わりした酒蔵を、私はほとんど他に知りません。
倒産寸前の酒蔵を急ピッチで建て直しているさなかに起こった、2016年の熊本地震も乗り越え、蔵元はますます血気盛んに酒蔵の仕事に邁進していたと思います。
それなのに、ここにきてコロナ禍がふりかかります。
「今までなんとか這い上がってきたのに、この仕打ちか、と気が滅入りました」そう蔵元に言われたときは、今までの苦難を知っていた私は、返す言葉が見つかりませんでした。でも、落ち込む言葉以上に、これから実現させたいことについて生き生きと語る蔵元は、やはりとんでもなくガッツがある人です。 
実は、なんの因果なのか、この原稿をまとめているときに九州地方に豪雨が襲い、花の香も被害に遭いました。(7月7日時点)
酒蔵は浸水し、まだ復旧作業を行なっている最中で、今も雨が降りつづき、予断を許さない状態です。
蔵元はまるで、しなくてもいい苦労の上書き保存をしているみたいで、私の胸は締めつけられるばかりでしたが、「こんなの5年前に比べれば全然大丈夫です(笑)」と神田さん。この前向きなパワーはどこから湧いて出てくるのだろうと、私は深く感じ入ることしかできませんでした。   山内聖子

この仕打ちか、と気が滅入った

2月はけっこう売り上げがよくて、3月も目立って数字に影響はありませんでした。他の酒蔵がめちゃくちゃ数字が悪くなったという4月は、中旬まで前年比70%くらいの売り上げだったので、あれ、うちの蔵はけっこう売れているのかな、なんて思っていたんです。
ところが、4月の20日すぎたあたりから、注文がピタッと止まったんです。でも、そのときは、少し前の蔵の状態に比べればまだまだ可愛いもんでしょ、くらいに思っていましたね(笑)
私の酒蔵は実は今も経営を再建中ですが、もともと財務状況がかなり厳しく、熊本地震が追い打ちをかけて、倒産寸前にまで追い込まれました。おいしい酒をつくりたくても設備が乏しく、胸を張って売れる酒もなければ売り先もないこともあったんです。
それに比べれば、今は酒をおいしくつくる技術や設備もありますし、花の香を売って応援してくれる酒販店さんもいます。今まで熊本地震の被害だってバネにして、みなさんに応援してもらいながら、なんとか蔵を維持できました。コロナの影響で数字が厳しいといっても、たいしたことないくらいに考えていたのです。
それでも、4月中旬を過ぎてだんだん売り上げが落ちていくにつれて、今まで地獄のような状態から這い上がってやってきたのが、この仕打ちか、と気が滅入りました。考えれば考えるほど、精神的に疲れてしまって…。
しかし、ただ落ち込んでいても現状は変わりませんし、よく考えるといちばんキツいのは飲食店さんだと思ったんです。私の蔵も厳しいのですが、まとまった借り入れの相談ができる銀行がバックについています。飲食店さんはそうじゃないんですね。
私は蔵を継ぐ前に、飲食店をいくつか持つ会社を経営していたのでよくわかるのですが、飲食店さんてほとんどが日々、キャッシュフローで飯を食べています。それがストップしてしまうなんて、相当たいへんなことです。
なので、まずはなんとか知恵をしぼって、これまでお世話になっている飲食店さんをもっとバックアップしなければならないと考えました。

1日も早く飲食店に人の目が向くように

花の香が取引している酒販店さんの協力のもと、飲食店さんのためにまずはじめたのが、熊本県内の飲食店のみが購入ができる“海花スパークリング”の販売でした。
純米大吟醸スペックですが、値段は低価格です。つまり、飲食店さんに安く仕入れてもらい、店では通常の花の香の純米大吟醸とおなじくらいの値段設定で売ってもらうことで、少しでも利益の足しになるようにと発案した試みです。
うちの利益はほとんどない価格設定でしたが、とにかく、1日でも早く飲食店に人の目が向くようにしたかったんです。この酒を話題にしてもらうためにも、いつもは頼らない広告を使い、地元の情報誌で大々的に宣伝もしてもらいました。
花の香がきっかけで、飲食店さんに足を運ぶ人がもっと増えればいいと考えたからです。そしたら、予想以上に反響があり、一気に1500本が売れて在庫も残り少ない状態です。
ただ、同時に、クレームが出たのも事実です。まずは自分の蔵ができる範囲でやろうと思った取り組みでしたが、「今まで花の香を売ってきたのになぜ熊本だけの販売なのか?」と県外の酒販店さんのお叱りを受けました。
そこは配慮が足りないと反省しましたが、得策を考えてばかりいては動けなかったことですし、発売したことに対して後悔はしていません。
その反省もふまえてじゃないですが、次に全国的に発売したのが、地元の和水町で栽培した山田錦などの規格外の米を使った、“純米造り ふぞろい”です。酒米を育てるとどうしても、不揃いの等外米が出てきてしまいます。それは全体の約10%あるのですが、規格外と言っても農家さんが育てた大切な米に変わりないですよね。
捨てるなんてことは絶対にしたくないですし、なにかに活用できないかと今まで考えていました。
なので、これを機に等外米を活用しておいしい酒をつくるだけではなく、花の香の原料はすべて和水町で育てた酒米を使っていることや、私の蔵が取り組んでいる酒米づくりについて、今まで以上に知っていただけるきっかけにできると思ったのです。
一升瓶で2300円くらいと海花スパークリングと同じように、飲食店さんの利益の足しになるように考案したので、これも利益度外視ではじめたことですが、飲食店さんを支援すると同時に、うちの蔵の取り組みを知っていただけたら花の香としてもうれしいですよね。
というように、これらの酒は、コロナがなければ考案しなかった商品です。もしかしたら後々につくっていたかもしれませんが、この価格ではたぶん出していません。
あまり安すぎるのはブランド的によくないという意見もありましたが、飲食店さんのためにも私の蔵のためにも、結果的に売ってよかったと思っています。今後も、こういった商品は引き続きリリースしていく予定です。

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ブランド力があると守ることができるものが増える

今回のことで、より一層、ブランド力というものの大切さを痛感しました。なぜなら、こういう事態になるとブランド力が強い商品から売れていくので、最終的に、全国的に名前が知られている酒しか残らないからです。
そうすると、知名度が低い酒は売れないわけですから、酒蔵にとっても、取引している特約店さんにとってもいいことではないです。
ブランド力があると守ることができるものが増えると言ったらおこがましいのですが、いざというときも売れる銘柄であれば、酒販店さんや飲食店さんの売り上げの一助になるじゃないですか。悔しいのですが花の香は、まだまだそこまでのブランド力がない。
ですから、おいしい酒を追求していくのと同時に、これからはどうやってブランドをつくっていくのかも、考えなければならないと思っています。それは、広告やマーケティングなど、戦略を立てて短期的に名前を売るということではありません。
短期戦略で利益を得ることも酒蔵にとっては必要なので、そことのバランスを取るのが悩ましいところではありますが…。うん、やっぱり時間をかけないと本当の意味でのブランドは育たないですよね。
長期的スパンで地元と深くつながり、文化をつくっていくことこそが、他にはないブランドをつくるのだと思います。
以前、ワインのブランド力を高めたテロワール(ぶどう畑の土壌などをあらわす概念)とはどういうものなのか、答えを探しにフランスのワイナリーに行ったことがあるのですが、どんなに探してもそこに答えはなく、あったのは地元の人が地域に対して敬う話や、伝統や文化を守ることについての哲学だけでした。そのときに実感したのは、テロワールの答えは、私の地元にしかない、ということです。
花の香がある土地に愛着を持ち、リスペクトする思いを育みながら、地元と密接に向き合っていく長い時間の積み重ねが、伝統工芸品的な文化をつくり、酒のブランドをつくっていくのではないでしょうか。

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地元の特約店と向き合って見えてきたこと。

以前までは、お客さんに花の香を知ってもらうということを、少しないがしろにしていたかもしれません。伝えるのは自分たちの仕事じゃないだろう、と。酒蔵があまり表に出ず、つくった酒についての取り組みなど、酒蔵の情報を共有した特約店さんが、買ってくれるお客さんに伝えたほうがいいと思っていました。
でも、本当は酒蔵と特約店さんが掛け算になったほうがいいですよね。
つまり、今回は海花スパークリングを発信するために広告を使いましたが、蔵元が発信することと特約店さんが発信することが相乗効果になったほうが、結果、数字に結びつくのではないか、ということをコロナがきっかけで気がついたのです。
色気のない話かもしれませんが、数字ってお客さんの喜びの反映じゃないですか。今回、特約店さんと一緒に協力して情報を発信しながら酒を売った結果、熊本県内では数字がよかったので、特約店さんにはとても感謝していますし、それはものすごくうれしいことで達成感がありました。
ふりかえると、私はもともと人見知りで、本音を出すと引かれてしまうのではないかという不安もあり(笑)今まで地元の特約店さんにはどこか遠慮があって、そういう深くつながるような取り組みを、あまりしてこなかったんですよ。
でも、今後はまず、地元の特約店さんとともに思いを共有しながらしっかりとタッグを組み、花の香を盛り上げていきたい。
そのためには、盛り上げていきたいと思ってもらえるような、圧倒的においしい日本酒をつくらないとだめですよね。花の香の価値をつくるためにも、地元の和水町で良質な酒米づくりを極めて、地域の文化や哲学も構築していかなければなりません。
これからは、特約店さんやお客さんが一時的にちょっといいね、と手に取ってもらう酒ではなく、熊本を代表する、熊本が誇れる酒になりたい。いや、必ずなってみせます。

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(終わります。読んでいただきありがとうございました)


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