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「蔵元のことばかり」つづくこれからの話“群馬泉”島岡利宣さんの場合。

こんにちは、山内聖子です。
本連載は、拙書の『いつも、日本酒のことばかり。』の特別企画としてはじまりました。新型コロナ感染症が世間に蔓延するなかで、蔵元さんたちがそれにどう向き合ってきたのか。蔵元さんたちの「今まで」と「これから」について書いていく記事です。このたび登場するのは、群馬県太田市で“群馬泉”をつくる、蔵元の島岡利宣さんです。

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<島岡利宣さんプロフィール>
1972年生まれ
代表取締役社長・杜氏
1863年創業の島岡酒造の6代目。創業時から伝わる天然の乳酸菌(雑菌の侵入を防ぎ発酵を安全に進めるために必要な微生物)を用いる”山廃づくり”を受け継ぎ、代々築き上げてきた群馬泉の味を守りながら、酒質のブラッシュアップをつづけている。
つくり手のなかでは稀有な優れたブレンダーでもあり、本醸造や純米酒など、新酒と熟成酒を織り交ぜた定番酒のブレンドも手がける。趣味はカメラと器集めで、お気に入りの酒器に群馬泉を入れて日々、晩酌している。

はじめに

“群馬泉”は、自宅に常備している日本酒のひとつなのですが、私にとってはお守りのような存在かもしれません。自宅に米と味噌があるだけで生きる気概を与えてくれるように、とりあえず群馬泉があれば、どんなときもなんとかしのげるだろうという気がしてくる。そばに居てくれると安心します。

群馬泉は買えるところが限られているので、たまに切らしてしまうことがあるのですが、そういうときは買えるまで空き瓶を捨てずに家に置いておきます。空き瓶が部屋にあるだけでホッとして、ラベルを見るたびにうれしい気持ちになるのがふしぎです。

安心感を与えてくれるのは、酒質のたくましさも理由にあげられます。
群馬泉は味噌に例えると、大豆の風味がたっぷり豊かな豆味噌系。常温や燗酒で飲みたいコクがあるお酒なので、正直、さっぱりした冷たいものが欲しくなる夏場は手が伸びる機会が減るのですが、ほうっておいても平気なところがたくましい。

暑い季節は、無理して飲まなくてもいいよというような佇まいで(あくまでも私の妄想)真夏の室温にほったらかしてもぜんぜんへこたれないんです。

日本酒は高温多湿に弱い性質を持っていますが、このお酒はむしろ、ほったらかした時間のぶんだけ深くてやさしい味になり、それを肌寒くなる秋冬にあっつあつに燗をつけて何度、うまさにしびれたことか。

さらに、レンチンでも湯煎でも、どんなつけかたをしてもどんな温度帯でも(私はあつあつがおすすめ)おいしい燗酒に仕上がるのだから、たくましいだけではなく、下手をも助けるその万能ぶりは男前としか言いようがない。

だからなのか? 群馬泉のファンは男性が多く、しかも、ただのファンではなく、熱烈に愛を語る偏愛人ばかりで、まさに“男が惚れる男”的な日本酒でしょう。

余談ですが、私がfacebookに蔵元と一緒に飲んだことなどを投稿すると、ハートマークの「超いいね!」を押すのは、ほぼ男性。(特に酒販店や飲食店のプロ)男性ファンに「ずるい!」と本気でヤキモチを妬かれることもあるくらいです。

製造量は約500石と小規模ながら、日本酒の世界での知名度は高く、語弊を承知で言葉にすると、好きだという割にそんなに飲んでいない似非(エセ)ファンがほとんどいないと思う。つまり、少ない製造石数でもプロアマ問わずに偏愛ファンの密度が高く、ふだんから群馬泉をとことん飲んでいる人たちが多いのです。

実は、平成18年に火事で蔵を全焼し、群馬泉は存続が危ぶまれた時期がありましたが、それを救ったのは蔵元の気概や努力だけではなく、群馬泉になにかあったら一肌脱ぐぞ、という同業者の蔵元や酒販店、飲食店、ふつうの愛好家など、熱烈なファンの人たちの総合力です。

「こんなに売り上げが落ちたのは、火事の際に強制的に出荷をしなかったとき以来です」という今回のコロナ禍でも、蔵元はどんと構えて、世間におもねることをしないのは、群馬泉に惚れ込んだ多くのファンの存在にも秘密があると思っているのですが。                 山内聖子

いっそのこと、“冬眠する?”みたいな

うちの蔵は、冬の「初しぼり」いがい季節商品がないので、毎年12月や1月に売り上げがガッと上がるのですが、あとは月によって売り上げの上下ってそんなにないんです。すごく良くもならないし、悪くもならない(笑)

でも、今年の2月から4月の中旬までの売り上げは去年よりよくて、買いだめの流れのせいか、地元のスーパーからいつもよりも注文がありましたし、蔵の売店に来てくれるお客さんもけっこういました。

群馬泉は、県外よりも地元で売っている比率の方が高いので、それに助けられたのかもしれません。ただ、どう考えてもうちだけが売れることはないと思っていたので、他の蔵よりも売り上げが落ちる波がちょっと遅いのは予想していました。

案の定、4月の中旬を過ぎると注文がぱったり来なくなり、いつもの半分くらい売り上げが落ち込みました。こんなに数字が落ちたのは、平成18年に蔵が全焼した火事の際に、強制的に出荷を止めたとき以来です。

6月は前年比80%くらいまで回復しましたが、7月はどうなることやら…。大変な状況ではあるのですが、火事のときと違うのは、自分の蔵だけではなくみんなが大変ですし、なにより、今回はどう考えたって手の打ちようがないじゃないですか。

酒屋さんや飲食店さんが大変なときに、売るためになにかしらの行動を起こしたところで、あちらを立てればこちらが立たず、みたいに、誰かに迷惑かけたり嫌な思いをさせたり…余計に互いの状況が悪くなるだけで、いいことなんかないと思ったんです。だから、こういうときはしょうがないと開き直るしかないですよね。

あと、今回みたいな非常事態のときに、新しい策を考えてくるくる動き回るのはあんまり得意じゃありません。特別に新しい商品をつくるのも悪くないのですが、いつもの蔵のスタイルと違うものを出すくらいだったら、いっそのこと冬眠する? みたいな(笑)

売り上げの細かい数字を見て目先のことを考えるよりも、蔵として栄養を蓄える期間にしたいと思いました。改めて、製造量と売る数のバランスや従業員の雇用形態を考えたり、より働きやすい体制を整えたり、3年後にあのとき酒蔵のスタンスについてしっかり考えてよかったね、と言えるようでありたい。こういうときこそ、落ち着いて、自分の酒蔵を見つめ直すいいチャンスなのではないでしょうか。

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注文のノルマはない。でも売る人は慎重に選ぶ

コロナの影響で、酒屋さんからの注文はぐっと減りましたが、それが原因で今後の取引を考え直すとか、卸す量を調整するようなことは一切ありません。コロナのことがあった後に連絡を取った酒屋さんに「島岡さん(蔵元)って相変わらず無理に売ろうとしないよね」と言われたくらいです(笑)

うちの蔵って、今回のようなときだけではなく、いつも注文のノルマってないんですよ。取引したら年間○ケースは買ってください、というような決め事もまったくない。別に売り上げがぜんぜんなくても、おたく切りますとかそういうのもない。

もうちょっと売り上げを気にしたほうがいいと、いろんな人から言われるのですが…。僕がつくりたい酒質を考えると、今の石数がベストなのでこれ以上、手を広げるつもりはありませんし、500石規模を上手に維持していけばいいと思っているので、そこらへんを楽に構えることができています。このスタンスは代々の社風かも(笑)もちろん結果的に売れたらありがたいのですが、売り上げが取引する条件の最上位ではありません。

ただ、売る人は慎重に選ばせてもらっているので、うちは取引するまでが長いと思います。

蔵元の仕事ってシンプルなほうがいいと思っていて、結局、突き詰めていくと、いい酒をつくること、売り先を選ぶこと、このふたつだけしかないというのが僕の考えです。

ですから、ありがたいことに全国の酒屋さんから取引のオファーをいただくことも多いのですが、特別な季節商品やPB商品はつくらないなど、味や酒の値段も含めて群馬泉のスタンスを理解していただき、僕もこの人に売ってほしい、という気持ちにならないと契約するまでに至らないですね。取引するまでにすごく時間をかけるんです。

商売だからお金が大事ですし、そこは大前提なのですが、自分たちがつくったお酒を酒屋さんに卸すのって、自分の子供がお嫁に行くようなものじゃないですか。
そう考えると、嫁ぎ先としては金持ちもいいけれど、性格が合わない金持ちと結婚するんだったら、貧乏でも自分のことをすごく好きになってくれる、いい奴のところにお嫁に行ったほうが幸せですよね(笑)

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酒屋さんもそれと同じで、群馬泉がほんとうに好きな人に売ってほしいので、一度この人と取引すると決めたら、積極的に売ろうとしてくれる酒屋さんだけではなく、そんなに売り上げの数字が伸びない酒屋さんでも「群馬泉がめちゃくちゃ好きなんだよ」という人は、僕にとっては楽しいパートナーになるんです。その考えは、これからも変わりません。

実は、たしか…増税のタイミングで、お酒の値段を上げて酒屋さんの利幅を少し増やしたのですが、当初、取引している酒屋さんの8割が「値段を上げても蔵のメリットがないんだったら値上げしなくてもいいよ」と言ってくれたんですよ。ある酒屋さんの社長は「俺の晩酌酒(群馬泉)の値段が上がっちゃうから今のままでいいよ」とまで言ってくれて(笑)
ありがたいしかないのですが、群馬泉は、いつもそういう人たちに囲まれているんです。

地味でもついつい飲んじゃう癒し酒をつくりたい。

コロナの自粛期間に、自宅でしかお酒を飲めない状態になって改めて思ったのは、家飲みするならやっぱりうちみたいな酒がいいなと。自分のお酒を褒めるのは、なんかいやらしいのですが…(笑)
他のお酒もいろいろ飲みましたが、うちの酒が自分にとってはいちばん“ほっこり”したんですよね。

なので、今まで以上に、自宅でみなさんが晩酌してほっこりできる酒をつくりたいと思いました。

ほっこりする味とは、お酒として主張するけれど、あんまり前に出過ぎないお酒のことです。そういうお酒をつくるには、群馬泉のようにある程度、熟成させる必要があるのですが、決して目立つタイプのお酒にはなりません。

すごく地味だし、おいしさは伝わりにくいです。でも、夕飯を食べながらつい飲んじゃうのは、そういう落ち着いたお酒なんですね。意図的に「飲むぞ」と思わなくても、ついつい手が伸びてしまいます。

そんな落ち着いた酒って、お味噌汁に近いかもしれません。おいしいけど、美食のようにすごくおいしいわけじゃない。なんというか、おいしさのドンピシャなピークではないけれど、そこが魅力になるような…。わかりますかね(笑)

とはいえ、ただピークを過ぎたお酒はグズグズな味になるので、そこは微妙なバランスをつくるために、つくりの技術が必要です。ほら、器でいうと、完璧な丸をつくる技術があるからこそ、絶妙に歪ませた美しい形状をつくることができるような感覚に似ているかもしれません。

理論的にはピークを過ぎていても、魅力は上回っているようなお酒。僕が目指すのは、そんなお酒なのです。

反対にピークが求められるお酒、つまり、しぼったばかりのお酒や、ほとんど寝かせず出荷する、今売れ筋の華やかでスタイリッシュなタイプのお酒は、アイドルのようにピチピチして肌もキレイだし、どこをどう撮っても絵になるので目立ちます。ほんとうに可愛くて、幼稚園児みたいでもありますよね。可愛いから誰からも愛されます。

でも、ずっと一緒にいると疲れる。可愛い孫が遊びにきて相手をしていた、おじいちゃんおばあちゃんが次の日にはぐったりするイメージかな(笑)飲みつづけていると、体が参っちゃうんですよ。

そういう可愛いお酒もあったほうがいいですし、まったく否定はしませんが、横にいてくれてものすごく気が楽だったり、気持ちをほぐしてくれるのは地味なタイプですよね。人間でいうと、ちょっと初老が入った落ち着いた人でしょうか。今日もお疲れさま、とさりげなく言ってくれるような。

群馬泉はそういう存在でありたいし、飲んだだけでニコニコできてほっこり癒される酒でありたい。僕はこれからも、毎年ブラッシュアップをつづけながら、そういう酒を淡々とつくりつづけていきたいと思っています。

みなさんには、一升瓶でも四合瓶でも、いつも家のどこかにポンと置いてもらって、毎日飲まなくてもいいから、思い出したときにでもサッと手に取ってゆるゆる晩酌してもらえたら、それだけで嬉しいですね。

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(終わります。読んでいただきありがとうございました)



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