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第76回: 南インドの極彩色、但し天然由来に限る (Mar.2024)

日本で桜が咲く頃、南インド・ベンガルールも街のあちらこちらで「桜」 (Tabebuia Rosea) を見かける。ソメイヨシノより濃い河津桜のような色合い、偶に群生しているのも見かけるが概ね一本か二本の大木。蕾が緩んできたから満開まであと2週間くらいかな、などという情緒はなく気づけば満開。花弁一枚ずつひらひらと舞い散る、こともなくラッパ型の花ごとボテッと落ちる感じだから、風情を楽しむ余地は少ない。併せて、見渡せば紫 (Jacaranda) や橙や黄 (Delonix regia) の鮮やかな花をつけた木々も同時に目に入るし、時に30度を超え木陰に入らないと高原の日差しは痛いくらいだから、年度の変わり目を淡い桜色の下で祝う日本の春とは似ても似つかない。

という感覚は日本で育った日本人として偽りのないところだが、南インドの「春」もなかなか楽しい。一年を通じて穏やかな気候、道端の露天商にはいつでも鮮やかで繊細に細工された生花が豊富に並ぶ。早朝の花市場に出向けば、色も形も多彩な品種が驚くほど安価に売っているし、外で出会えば花輪職人とは全く気付かないような男たちが器用に手早く編み上げていく様子も見られる。街中では高級ブティックやホテルに限らず、立ち食いのスナックスタンドやティーストールさえ年に何度もあるお祭りシーズンや何かの記念日には花飾りを欠かさない。

殊に盛大に生花が飾られるのは結婚式・披露宴、知人・友人に誘われたなら迷うことなく参列することをお勧めしたい。寺院・教会や式場内外はもちろん移動の車列まで、これでもかというくらい花が付けられる。ちょうどモンスーン・シーズン入り前の「春」は最盛期、信教や経済事情はもちろんだが、出身地に応じて装束・いでたち、設え・仕来りが異なるのも楽しい。全国の人口比ではヒンズー教が8割を占めるが、同じ州内で同じヒンズー教なのにこんなに違うの?というくらい違う。ましてや、南インドの中核都市・ベンガルールはイスラム教徒やキリスト教徒も多い上、旧王族や地方財閥の一族といった「良家」の方々から、スタートアップ成金、ダブルインカムで稼ぐパワーカップル、企業勤めや専門職として働く中産階級、使用人家族など、それぞれがそれぞれの祝い方をする。時に、新郎新婦に生米やココナッツミルクを振り掛けたり、みんなで寄って集って新婦の髪を引っ張ったり顔に黄色いウコンを塗り付けたり、ちょっとちょっと、と祝い方に戸惑うこともあるが、傍らには常に生花が飾られる。加えて、子どもから年寄りまで女性客の衣装も鮮やかで華やか。サリーやドレスの色使いに加え、文字通り頭から爪先まであらゆるところに金・銀・宝石を散りばめたアクセサリーを纏っている。

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下校時刻過ぎの校門前や週末の信号待ちなどで見かける綿飴売り。高く掲げた竿の先にピンクと水色と黄色の袋をつけた姿が子どもに限らず眼を引く。が、これが禁止されるという報道を見かけた。同時に、ビールのアテとして定番のGobi Manchurian (カリフラワーの甘辛炒め) も同時に見出しに上がっていて、何の話かと気になった。州内各所でランダムに集めた200サンプルの内、約6割から健康に害悪を及ぼす可能性のある物質が見つかったとのこと。中でも、赤色の着色料には元来、工業用として発癌性物質が含まれていたというから穏やかではない。広く食用に認められている赤色や黄色も長期的な摂取により心身に異常を来す恐れがある為、典型的な用途である綿飴や酒のアテのカリフラワー料理が槍玉に挙げられた模様。確かにこれらが色を失ったら人々は忽ち物足りなく感じるだろうから、広く周知を図る象徴的な事例としては適切な選択だ。

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折しも今年は来週月曜 (2024年3月25日) がHoliらしい。鮮やかな色の粉を振り掛け合う祭でSNSでも例年話題になる上、この祭事に肖ったセールも催される。気になって調べてみれば、天然素材からそれぞれの色の粉を作る手法も記事にされていた。赤・黄・濃紫・淡紫・桃・茶・灰・青・緑など、野菜やハーブなどオーガニック素材から色素を自宅のキッチンで抽出して定着させる手順が丁寧に解説されている。実際に街中で出会い頭、遭遇した集団が何を手にしているかは知る由もないが、祭事用に売られる商品にも天然由来を謳っているものが目につく。

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ふと考えれば、南インドの極彩色は人材面についても同じこと。多彩な魅力・能力の光る人材が溢れているが、手近な使い易さに感けて「有害物質」を取り込み痛い目を見た経験もある。天然由来の素の美しさを生かして全体をどう華やかに飾るか、インドで経営に携わる者は生け花の素養を身に着けるべきかもしれない。

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