色々あったエジプト・モロッコ一人旅 ~帰国編~
2020年3月15日、私はアフリカ・モロッコの空港で途方に暮れていました。
旅の始まり
大学4回生の春休み
就職先も決まり、卒論も提出して、後は卒業式に出席するのみ。
人生で一番暇な時期でした。
今しかできないことをしたい。
そう考えた私は、一人卒業旅行と題して1か月ほど旅に出ることにしました。
中国の内陸部、オーストラリアの東側、イースター島。
行きたい場所は山ほどありましたが、「エジプトのピラミッドが見たい」という想いが最も強く、行き先はアフリカに決定しました。
初のアフリカ大陸にワクワクしながら、準備を始めて数日が経った頃、モロッコを特集したネット記事を発見しました。
青い街、大砂漠、旧市街、イスラム美術。。。
エジプトよりもモロッコの方が好奇心を掻き立ててくれると確信した私は、エジプトでピラミッドを見たら、すぐにモロッコへ移動することに決めました。
一人卒業旅行スタート
2020年2月24日
日本を出発。
予定通り、エジプトでピラミッド見た後、すぐにモロッコへと移動。
モロッコ国内を転々としながら、美味しいものを沢山食べ、綺麗な街に感動し、大自然の中でのんびりとしながら、旅を満喫していました。
ちょっとした異変
日本を出国してから2週間ほどが経過した頃、私のスマホに1通のメールが届きました。
送信者は大学の事務局。
単位不足?
卒論の不認定?
良くないことばかりが頭をよぎり、恐る恐るメールフォルダを開くと
「卒業式中止のお知らせ」
と、ありました。
2020年2~3月といえば、ちょうど世界中でコロナが流行り始めた時期です。
私が日本を出発した時は、国内で数名の感染者が出ていた程度でしたが、その後、各地で感染者が報告されるようになっていました。
大学は人が集まるのは危険と判断し、卒業式を中止したのでしょう。
私は帰国する理由を無くしました。
一見すると残念な事態のようにも思えますが、この時の私にとっては非常にポジティブな出来事でした。
「時間に縛られない旅をする」
この一人卒業旅行の決行するにあたり、私は時間に縛られない旅をしようと決めていました。
故に、スケジュールはほとんどが白紙の状態。
事前に行きたい場所をピックアップし、おおまかなルートだけを決めていました。
気に入った街には飽きるまで滞在し、移動中に興味を惹く場所があれば目的地を変更したりしながら、自由な旅を続けていました。
もちろん、帰りの飛行機は予約しておらず、「卒業式までに帰ったらいいや」ぐらいの感覚でした。
なので卒業式の中止は単にモロッコに滞在できる時間が伸びた、だけでした。
飛ばない飛行機
2020年3月14日
私は、シャウエンという街に滞在していました。
旅も後半に差し掛かっており、その頃には帰国のルートも大方決まっていました。
モロッコはジブラルタル海峡を挟んでスペインと隣接しており、せっかくならと、海峡を渡り数日スペイン観光を楽しんだ後、日本へ帰国する予定でした。
しかし、旅程はここから大きく狂うこととなります。
夕方頃に、突如モロッコ政府がジブラルタル海峡の封鎖を発表したのです。
国内でコロナ感染者が急増したために、取られた措置でした。
当然、モロッコ旅行中の観光客はパニック状態に。
あと数日で全国境を封鎖するという、本当かデマかも分からないような情報が錯綜し、日本大使館からも国外退去を促す案内が出るような状態でした。
2020年3月15日
私は朝一のバスで空港のあるカサブランカへと移動しました。
一刻も早くモロッコから出ないと大変な事態になることは明白で、前日の時点で16日発のベルギー行きの飛行機を予約していました。
しかし、恐れていた最悪の事態が起こったのです。
15時頃にカサブランカへ到着し、ホテルへチェックインしたタイミングで、モロッコ政府から全国際便の運航停止が発表されました。
運航停止はいつからなのか?
予定されていた便も欠航になるのか?
予約していた航空会社のHPにも、状況確認中という案内が出ているだけで
リアルタイムの情報が全く入ってこない状態でした。
空港に行って、情報を確認するしかない。
私はホテルを飛び出し、空港へと向かいました。
国際便のカウンターがあるフロアに到着すると、そこには異様な光景が。
各航空会社のカウンターは人でごった返し、あちこちから怒鳴り声が響いていました。
私はまず、発着情報を確認できる電光掲示板に向かいました。
ほとんどの飛行機が欠航を発表しており、その中には私が乗る予定だったベルギー行きの飛行機も含まれていたのです。
空港内には数名の日本人観光客も居たので、状況を聞いて回りましたがほぼ全員が私と同じ状況。
各航空会社のHPにアクセスして別の便も探しましたが、予約フォームに遷移することが出来ませんでした。
私は途方に暮れてしまいました。
しばらくすると、アジア人に対するヘイトも聞こえたため、長居するのは危険と判断し、その日はホテルに戻りました。
奇跡の大脱出
2020年3月16日
早朝に奇跡が起こりました。
あまり眠ることが出来ず、6時頃に目が覚めた私は一応、各航空会社のHPをチェックすることに。
ですが予想通り、どこも欠航を知らせる案内しか出しておらず、相変わらず予約フォームには進めませんでした。
その時の私は、状況が落ち着くまでモロッコに滞在するという選択肢も考え始めていました。
日本に帰国することを半ば諦めかけていたその時、私のスマホに予約フォームが表示されました。
エールフランス社が16日午後発、ラバト発フランス行きの便の予約を受け付けていたのです。
しかし、HPを確認する限り、該当する便には欠航のマークが。
でも予約は受け付けている。
一縷の望みをかけて、予約フォームに情報を入力し、クレジットカードの情報を入れると「予約確定」表示が出ました。
ラバトはモロッコの首都でカサブランカの隣にある街です。
取り敢えず、現地に行かなければ何も分からないので、即タクシーでラバト空港へと向かいました。
空港は前日よりも荒れており、フランス人観光客がカウンター前を占拠し、国歌のラ・マルセイエーズを大合唱。
そんな彼らを押しのけて、出発ゲートのスタッフに予約確定画面を見せました。
すると、ゲートの中へ入れてくれたのです。
出発ロビーで確認すると、私が予約した便は欠航から運航へと変わっていました。
同じ便に日本人が1組搭乗しており、話を聞くと当日に空港のカウンターで1人50万円(私は3万円でした)を支払ってエコノミー席を予約したのだとか。
もちろん私はそんな大金は払えなかったので、カウンターで予約しようとしていたら諦める羽目になっていたことでしょう。
しかも、私が予約をしたフォームは30分後には閉じられていたらしく、色々な偶然が重なっての大脱出となりました。
予約した便は2時間ほど遅れながらも、無事にモロッコを飛び立ち、私はフランスから日本へと無事帰国。
私の人生において、2020年3月14日~16日の三日間は最も刺激的で、二度と経験したくないことが詰め込まれた期間でした。
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