見出し画像

犬牽と行く美術館・博物館③『江戸東京博物館・常設展』【江戸の犬たち】

〇はじめに

 日本伝統のドッグトレーナー/犬牽(イヌヒキ)の技術と文化を継承する筆者が、その目線を持って美術館・博物館を巡るエッセイシリーズ。
 第3回目は、江戸東京博物館の常設展を取り上げます。
 私にとって江戸東京博物館は、犬牽が活動していた江戸時代を頭で、そして身体で感じられる大切な場所。
 皆さんにも江戸時代の犬と日本人の関係性がより強く感じてもらえますように、展示物の数々をご紹介していきましょう。

〇江戸東京博物館

 江戸東京博物館は総武線の両国駅から徒歩3分、大江戸線の両国駅からは徒歩1分で到着します。
 とても大きな建物ですので、見つけるのは簡単でしょう。
 しかし、巨大過ぎるが故に一見博物館には見えないかもしれません。

画像1

 あと、個人の感想ですが結構入口が分かりにくいです。
 なので、とにかく博物館付近に着いたなら標識をお見逃しなく!

〇『寛永の町人地』

 博物館に入館すると、まずは復元された江戸時代の日本橋を渡ります。
 すると見えてくるのが、巨大ジオラマ『寛永の町人地』です。

画像2

 江戸初期は日本橋北詰付近の町人地を『江戸図屏風』・『江戸名所図屏風』・『武州豊嶋郡江戸庄図』等を元に復元。
 まさしく私たちが今しがた渡った日本橋の先に広がる風景を、再現しているわけですね。
 そんな巨大ジオラマの中には、沢山の人々の姿が。
 更に、よく目を凝らすと・・・。

画像7

 そう、犬の姿が。
 これは、屋根にとまっている烏に向かって吠える犬ですね。
 他には、こんな姿も。

画像8

 子供たちから何かを奪い、駆け出す犬の姿ですね。
 研究者の中にも勘違いしている人がいますが、そもそも江戸時代に現代のような〝飼い犬〟や〝野良犬〟という概念は希薄でした。
 代わりにいたのが〝里犬〟や〝町犬〟や〝村犬〟とカテゴリーされる犬たちです。
 彼らは特定の飼い主を持たず、地域で食べ物や寝床の対応がなされていました。
 現代で言うところの、地域猫に似ているかもしれませんね。
 だからこそ、ジオラマ内にいるノーリード犬は町犬と見ていいでしょう。
 犬牽は、そんな町犬や里犬や村犬の中から〝鷹犬(鷹狩専用の使役犬)〟や〝芸能犬(主に徳川家に男子が生まれると行われる御宮参に同行する使役犬)〟となる候補を迎え入れていました。
 自ら寄って来る個体のみを、迎え入れるのです。
 鷹狩も御宮参も大勢の見知らぬ人が参加する行事なので、活躍する犬は人間に対して友好的でなければなりません。
 それが先かは分かりませんが、犬牽は犬の意思を尊重する【犬の心のままに】という指針を持っていました。
 犬に対して無理矢理にドッグトレーニングを施すことはなく、犬としての生き方を肯定するライフスタイルを心掛けていたのです。
 そんな犬牽が成り立つのも、人間に対する友好性が高い町犬や里犬や村犬が生息しているからに他なりません。
 犬と子供が共に生活する微笑ましい風景も、犬側の意識に左右されるわけです。
 そんな彼らの姿を連想させてくれる展示が、江戸東京博物館には他にも。

〇『さまざまな屋台(複製)・蕎麦屋台』

 こちらは、江戸時代後期の蕎麦屋台を復元したもの。

画像7

 なぜ、これが当時の犬と日本人の関係性を浮かび上がらせるのか。
 そのためには、二枚の浮世絵をご紹介しなくてはなりません。
 まずは、三世歌川豊国(歌川国貞)の『神無月はつ雪のそうか』です。
 是非検索して観ていただきたいのですが、雪降る中に蕎麦屋の屋台が。
 そこに、群がる女性たち。
 その屋台の後ろには、なんと犬が。
 前脚を上げ、女性(が持つ蕎麦?)を見つめています。
 近くを歩く女性たちは、犬を全く気にしていません。
 犬も、それは同様。
 そんな関係性が築けるのも、人間に対して友好性の高い町犬がしっかりと育まれているからです。
 更に落合芳幾の『江戸砂子々供遊 不忍弁天』には、蕎麦屋台の店主が犬に食べ物を投げている風景が。
 そもそも江戸時代の犬たちは、肉を主食とはしていませんでした。
 狩りで獲ることはあったでしょうが、同時に人間から食べ物を提供されていたのです。
 当時の日本人が、食べているものを。
 そう、穀物や魚類です。
 蕎麦屋に町犬がやって来るのも、頷けますね。
 ちなみに、犬牽も鷹犬や芸能犬に穀物や魚を中心としたメニューを提供していました。
 肉(鶉や雀など)は、狩りの練習のお供。
 まさしく、当時の町犬の生活を再現していたのです。
 人間の側でも犬がストレスなく生活できるよう、配慮を欠かすことはなかったのです。

〇『寿司屋の屋台』

 さて、となると町犬が他にも寄り付きそうな場所がありますね。
 そう、魚関係です。

画像9

 こちらは魚を運ぶための棒手振り、の復元。
 天秤棒に笊/盥をぶら下げ、担いで運ぶわけです。
 そんな笊/盥の中には、魚の姿が。
 この魚に、町犬たちが興味を持たないはずがありません。
 その姿を描いたのが、歌川豊国作『卯の花月』です。
 長屋の前で鰹を捌く男性の姿。
 それを見守る女性たちと、子供。
 その子供が止めているのが、犬です。
  でも、誰も本気で制止しようとはしていません。
 当時の温和な関係性が感じられる、そんな一枚ですね。
 もしかしたら、捌き終わった鰹の尻尾や頭などは町犬が貰っていたのかもしれません。
 そんな、他者に寛容な姿勢。
 その姿勢は現代日本では疾うに失われてしまいましたが、確かに江戸時代には存在していたのです。
 しかしドッグトレーニング同様、寛容性を持った他者との向き合い方は、何かと軋轢の多い現代にこそ必要とされていると言えるのではないでしょうか。
 そうそう、他にも江戸東京博物館には寿司の屋台も復元されています。

画像4

 当時の寿司は、現代よりもかなり大型。
 手と比べても、まるでおにぎりみたいですね。

画像5

 しかし、不思議と寿司の屋台に町犬が寄りついている浮世絵は見たことがありません。
 やはり、使用されているお酢が問題なのかも。
 現代でも問題行動を起こした犬に、お酢を溶かした水をスプレーするドッグトレーニングがあります。嗅覚が鋭い犬にとって、刺激的なお酢は苦手な部類なのでしょう。
 そんなトレーニング方法を、江戸時代の犬牽が知ったら。
 きっと、大変驚くことでしょう・・・。

〇最後に

 いかがだったでしょうか。
 江戸東京博物館では他にも沢山の展示が、私たちを一気に江戸時代から始まる時間旅行へと導いてくれます。
 今はコロナの影響もあり、残念ながら体験系の展示は休止中。
 ですが、眺めるだけでも大変面白いものばかりなので是非!
 それでは、またどこかの美術館・博物館で。

▼山政流・山政ドッグサービスにご興味をお持ちの方は、以下のホームページをご覧ください。

https://yamamasadogs.tumblr.com/

▼Instagramも毎日投稿していますので、興味がある方は是非。

https://www.instagram.com/yamamasa_dogs/
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?