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「ダンゴムシに心はあるのか?」を研究してみた! 人間以外のモノの「心」を探る研究者に聞く


ダンゴムシに「心」はあるのか?

 人にそう尋ねたら、笑われるかもしれない。しかし、それを研究して論文を書き、出版してベストセラーにまでした人物がいる。信州大学准教授で比較心理学が専門の森山徹さんだ。

 森山さんは、心は人間が一番明確に持っているという常識に違和感を抱いていたという。そこで、ダンゴムシに迷路実験・行き止まり実験・水包囲実験・綱引きなどさまざまな実験を行ったところ、未知の状況に遭遇するダンゴムシは自発的に壁を登る、水に入る、馬乗りになるなど予想外の行動が見られた。森山さんは、ダンゴムシにも「心」があることを示唆しているという。

そうした研究をまとめベストセラーとなった『ダンゴムシに心はあるのか 新しい心の科学』がヤマケイ文庫となったのを記念に、森山さんに話を聞いた。


ダンゴムシから「心」を探る(写真:森⼭徹)

■なぜ、「人間の心」ではなく「ダンゴムシの心」なのか
 
――森山さんはもともと心に興味があったとのことですが、どうして「心を研究しよう」となった時に、人間や、あるいは感情表現が豊かに見える犬などではなく、ダンゴムシを選んだのでしょうか。
 
 確かに、心の研究に関しては人間をやればいいわけですよね。もしくは人間に近い、たとえば猿とかチンパンジーとか。ただ、僕の場合は、みんなが言っている心っていうのが「人間の心」なのではという違和感があって、もしくは知能や感情が心として流通してしまっているように感じていました。
 
――日常でも「心」という言葉はよく使いますが、それが何かと聞かれると答えるのは難しいですね。感情を心と言い換えていることもある気がします。
 
 僕が思う心っぽさというのは、人間を含めた生き物はその場その場で何をするかわからないところというか、相手が何考えているのかわからないというところで、たとえば「1+1=2」ではなくて、「1+1=田」とか2ではない答えを導き出す即興性、あるいはセンスみたいなところだと思うんです。
 
今話している相手が笑っている時でも、100パーセント笑っているかって言ったらそうではなくて、どこかに色々な思いが渦巻いているかもしれない。そのわからなさ・奥深さが心の面白いとこだなと思っていて、そしてその奥深さはそもそも人間じゃなくて犬だろうが魚だろうが、広く共通に持っているだろうという認識があったんです。
 
――誰でも、今笑っていても、心の中では悲しんでいたり怒っていたりすることもありますよね。そういう奥深さが人間以外にもあると。
 
 はい。ただ、やっぱり「心は人間が一番明確に持っている」というバイアスがあるので、そこをなんとかしたかった。だから僕にとって研究対象は人間以外であればなんでもよかったです。それで研究対象を考えていたときに、当時指導教員だった郡司ぺギオ幸夫さんがたまたま机の上に持ってきたたくさんの虫の中にダンゴムシがいたんです。ダンゴムシはもうとにかく飼育は容易だし、すぐ採ってこれるし、毒もないし、匂いもないし、サイズ感もいい。動きがめちゃくちゃ早いとか、飛んでいくとかもないですよね。これはもう最適だと思って選びました。


信州大学准教授・森山徹さん

――なるほど。身近な生き物だったらダンゴムシ以外にも、たとえばアリとかも飼いやすそうですが……。
 
 アリも候補にはしていたんですけど、単独性のダンゴムシとは違って、社会性のある生物だし、あとは例えば自分が今見つけたアリが、働きアリなのかな?とか考えると、なんかややこしそうじゃないですか。それと比べてもやっぱりダンゴムシは単純で良いなと。だから、よく聞かれるんですけど元々僕はダンゴムシ好きでも、ダンゴムシ博士だったわけでもありません。
 
■心を定義する
 
――『ダンゴムシに心はあるのか』の第一章「心を定義する」では、導入として森山さんの言葉で心の定義を提案されていますね。
 
 先ほどお話した中で、僕は心のわからなさとか、奥深さみたいなもの考えてるんだ、ということを言いましたが、本の中でいきなりそれを言うのは「僕はあんこが好きで、クリームは食べれません」みたいなしょうもない主張になってしまうので、やっぱり自分の意見を広めたいなら、なんであんこが好きなのかを最初に丁寧に説明すべきというのがありました。
 
なので、1章では「どうして僕が心のわからなさとか奥深さに注目しているのか、あるいは惹かれるのか」というのを説明して、僕の見ている心っていうのは、どういうものなのかを読者の方にお伝えしたいっていうがありました。また、僕ももう少し心についてきちっと考えてみようと思ったためもあります。
 
 賛否両論になるかなと思ってはいたんですけど、実際に「わかりにくい」とか「自分はそう思わない」とか「心っていうのは人間特有だから、 ちょっとそれは拡張しすぎなんじゃないのかな」とかそういう意見はレビューでもたくさん書いてくださって、勉強になりました。ただ、心の実験自体は論文になっているので、そういうのに支えてもらって研究を続けていると思います。
 

T字迷路を歩くダンゴムシ。本書では迷路を含めた様々な実験を紹介(写真:森⼭徹)

■ダンゴムシを相手に気を緩ませない
 
――『ダンゴムシに心はあるのか』の第二章「ダンゴムシの実験」では、ダンゴムシの心を明らかにするためのさまざまな実験が紹介されています。心を扱うということもあり大変なことも多そうですが、実験する上で気をつけていることなどあるでしょうか。
 
気を緩めないということでしょうか、こちらがサボらないようにするというか……。
 
たとえばダンゴムシは、迷路に入れると交替性転向反応というジグザグ歩きをする性質(※迷路の角を右に曲がった場合、次は反対の左方向に曲がる、そしてその次は右に曲がる……と交互に曲がって歩く性質)があるのですが、実験で進んだ先が行き止まりになるような迷路装置を作って、ダンゴムシに行き止まりを数十回経験させました。すると、突然壁登りをする個体が現れたという実験結果があります。


行き止まりへ導く迷路実験


――本の中で紹介されている実験ですね。ダンゴムシは、迷路の中でジグザグ歩きを続けた結果、行き止まりに着いてしまうという状況になると、「最後の手段」とでもいうように壁登り行動をしたのではと。とても面白い実験でした。
 
ありがとうございます。ただ、そういった実験をするときは、温度や湿度を一定にしたり、迷路にフンが落ちないように餌の量を1週間前から調整したり、ダンゴムシを外から採ってきたあと、実験で使う前に数ヶ月間は大きな容器で飼っておくなど準備をしたりしなければならないのですが、きちんとそうしなかった時に、うまくいかなかったこともあって……。
 
以前にテレビから取材依頼があり、壁登りをするダンゴムシを撮影しようと2日間実験をしていたのですが、1匹も壁登りをする個体が現れませんでした。ちょっとでもサボると、何かしらがノイズになって登らなくなってしまうというか。
 
——ダンゴムシにとって温度や湿度が高すぎるとかが、心に何かしらの影響をもたらしてしまって、登る個体が出なかったなどでしょうか。
 
そうかもしれません。やっぱりダンゴムシを相手に気を緩ませてはダメだということですね。
 
 
■石にも心がある
 
――最近の研究について、教えてください。
 
 『ダンゴムシに心はあるのか』の中にも書いたように、僕は石にも心というか、隠れた活動体としての心は普通にあると思っていて、それはなかなか出すのが難しいですけど……。
 
ロックバランシングという、道具や接着剤を使用せず石を積むアートがあるのですが 、そのアーティストの池西大輔さんという方は、石をありえない形で積むんですよね。でもそれは多分、石の心を見ているなと思っていて。ありえない積み方をされた時の、石と石の接点みたいなところは、相当無理してると思うんですけど……石って、単に細かい粒が集まってるだけですから。その間はボンドで接着してるわけでもなく、石の小さな凹凸のはまり具合で、互いの石同士がどれくらいまでゆるんでいいか、みたいなことをかなりせめぎ合ってると思うんですよね。それは多分、石にしかわからなくて。なのでロックバランシングから、数学的なもので、その石の粒子のせめぎ合いを表現することをやり始めています。
 
■いろいろなものに心はあって、そこに優劣はない
 
――森山さんは心の研究を続ける中で、本書以外にも『オオグソクムシの謎』(PHP研究所)、『モノに心はあるのか』 (新潮選書)など様々な著作を出版されています。自らの研究を積極的に発信し続ける理由は、なんでしょうか。
 
 1つは、やはり発信することによって、自分がもっと勉強したいっていうのがあります。発信すると、やはり返ってくるものがありますので。特に最近はSNSがあって、いろんなものが発信しやすくなってきていますから、やっぱり自分が何か思いついたことは極力発信して、いろんな人の意見をもらって、自分の考えを磨き上げたり、直したりしていきたいのは、大きいですね。
 
もう1つは、心がいろんなものに備わっていると言いたいのは、いろんなものを等しく見たいというのがありまして。僕は差別みたいなのがあんまり好きではなくて……やっぱりいがみ合いの根源になったりもするので。ただ、区別は普通に必要だと思うんですよね。僕とダンゴムシとか。区別は面白いし、精度を上げて分子とかを見るっていうのもいいんですよ。でも、やっぱりそこに優劣とか上下はないはずなんですが、なぜか人間にはそういった差別の方向に行く傾向もあるんですよね。
 
心はいろんなものにある、隠れた活動体としての心がいろんなものにあるよね、それだったらば上も下もなく、フラットでしょっていうことを伝えていきたいです。


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