北沢陶『をんごく』を読んで
『をんごく』 北沢陶 2023.11.6 発行 KADOKAWA
第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞・〈大賞〉〈読者賞〉〈カクヨム賞〉の三冠作。
大正年間の大阪に舞台は設定されています。大阪の中でも船場は、商人文化が発達した結果、生活習慣から言葉遣いまでが、独自のものを使うようになりました。
町は暖簾で賑わい、独特の風習、また大正時代ということもあり、物語に風情と深みを与えています。作中で発せられる登場人物の台詞は、どれもこれも無理がなく、読みやすく、情景が目に浮かびます。
故郷を離れ、東京で暮らしていた壮一郎は、実家の世話により、幼馴染の倭子を妻に迎えます。結婚から一年後、夫婦の静かで幸せな日々は突如として破られます。1923年9月1日の午過ぎに発生した関東大震災がその理由です。
家屋の火災に巻き込まれた倭子は、命は取りとめたものの足が不自由になってしまいます。荒廃した東京から大阪に戻った夫婦でしたが、無理をしたのがよくなかったのか、倭子は患いつき、やがて死んでしまう。
この作品の骨格は冥界から戻ってくる霊を描く怪奇小説ですが、それと同時に推理小説の構造も帯びています。
大切な人との別れは誰しも経験すること。それを乗り越えるまでにかかる時間や経緯は人それぞれですが、壮一郎はかなり特殊なルートを辿って、現実に折り合いをつけていきます。
顔のないエリマキの姿は、見る人によってその人の心に根強く残っている人(例えば、親や恋人、家族)に見える設定はよかったです。
エリマキの顔が見えないという物語の謎要素があるのも良く、それによって、物語に深みが増していると思いました。最後にエリマキの本当の顔が見ることができて満足でした。
死者と生者が交錯する独特の世界を描き、不気味な雰囲気で読者を引き込む。死者の存在、呪いといったテーマに触れつつも、その描写が生み出す人間ドラマが心に染み入ります。
『をんごく』という表記は、以下のことを作者がインタビューで述べています。
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