見出し画像

仏教系学園ラブコメ小説 「ダーリンはブッダ」 第十一回 ガリ子、善戦す。

ガリ子、善戦す。

「どうしてそうなってしまったのですか?」 

「アアン……?」
 ユージは顔をしかめて言った。冴馬はもう一度問うた。
「どうして、そうなってしまったのですか?」
 周りのモヒカン衆がぶち切れたように叫んだ。
「なんだテメエ、俺たちを否定しようってのか!? 上等じゃねえかよ!」
 エンジン音が野獣の咆哮のように響き、何台かのバイクが周りを八の字に走行した。
「否定は、していないです。むしろ、興味があるんだ……どうしてそうなってしまったのかに。あなた方はとても複雑で、強さを求めているように見えるけど、それは弱さの裏返しだ。愛情を求めて裏切られるのが怖いんだ。怖いから最初から求めずに破壊する……ただの臆病者だ……」


 臆病、という言葉にユージがぶち切れた。
「ンだとコラァ? ナマスみたいに細かく、きれいに切り刻んでやろうかあ?」
 するとメリケンサックを付けた巨体のモヒカン男が二人、冴馬の前に立ちはだかった。
「言ってくれるじゃねえか、兄ちゃん……あの世で後悔しな!」
 モヒカンが同時に冴馬に躍りかかった。その瞬間、太い拳に突然でかい足がのしかかり、一方のモヒカンに膝蹴りを食らわせ、倒れかかる勢いでもう一方のモヒカンにエルボードロップを食らわせた男がいた。タカハシである。ドサッという音をさせて二人のモヒカンが崩れ落ちる。
「弱えヤツだなあ……、この間は俺がわざとやられてやったってこと、知らなかったのかよ?」
「この野郎!」
 ユージの背後にいるモヒカン数人ととリーゼントの数人が躍り出た。
「お前らの動きなんて、この間ので全部見切ったっての。お前ら知らないだろうがよ、俺の兄貴は高校ボクシングのチャンピオンだぜ……オラアアアアアッッッ!!!!」

 タカハシが躍りかかると蹴り一つで確実にモヒカン達を潰していった。容赦もなく顔を狙っていくタカハシ。靴の先に鉄が仕込んであるヤンキー仕様のタカハシの靴からは、流線形に赤い血が舞った。
「タカハシ君、傷つけないで。忘れたの? 非暴力だよ」
冴馬が言う。
「お前、俺が誰のために闘ってるかわかんねえのかよ? お前はいいけど、そいつら女だろ!? 守らねえでどうすんだよ!」
 ガリ子とデブ子が同時にときめいた。自分のために闘う赤髪のタカハシが何故か格好良く見える。その時、タカハシの後ろに回った黒く長い髪を一つに束ねた男が鎖の付いた木製のヌンチャクを回し、一気に振り下ろした。
「危ない! 高橋君……!」
「ぐふうっっっ!」
 タカハシは頭に樫の木の一撃を受け、よろめいた。
「いい気になってるねえ……お調子者さん……」
 

黒髪の男がヌンチャクを構えていた。長い髪が風に吹かれると刀のように細い切れ長の目が覗いた。
「あーらまー。セバスチャンも出てきちゃったねえ。今日はちょっと、面白いよねえ」
 セバスチャンと呼ばれた男からは知性が感じられた。力だけでなくちゃんと頭を使って攻撃してくるタイプだ。セバスチャンの本名は誠十郎だが、セージ、セーちゃん、とあだ名が進化していった結果、誠十郞のせの字しか残らないセバスチャンというあだ名になった。北校でもユージの右腕級の強さを誇るヤンキーである。
「……飛び道具使うなんて、卑怯じゃねえか……」
 タカハシが声を振り絞る。
「そんなことは靴先に鉄を仕込む前に言え」
 セバスチャンがヌンチャクを肩に構え、そこから腕を伸ばしたと思ったら水平に回し込んできた。瞬間にヌンチャクの連打がタカハシの顔面を襲う。ガリ子が叫んだ。
「イヤアアアアッッッ!」
 タカハシが崩れ落ちる。顔から鼻血を流して意識を失ったタカハシにガリ子が駆け寄った。
「高橋君!」
 駆け寄る途中で股関節が外れたらしく、ガリ子は「くうっ! 関節、外れた-!」と叫びながらカクカクとタカハシに寄り添った。
「よよよ、よくも、私の将来のダンナ様を傷つけてくれたわね……」
「……おいおい、アンタはかかってこなくてもいいだろう?」

 セバスチャンが目を細め、咥えた煙草に火を付けるとポッと煙草の先が赤い光に染まった。ユージは黙って煙草を咥えてセバスチャンの咥えた煙草からもらい火を受けた。


「あなた、高橋君の顔面を割っておいて、何を悠長に煙草なんか吸ってるのよ! タダで
は帰さないわよ!」
「っていうか、お前……ガリガリじゃないかよ……」
「摂食障害よ!」

 後ろにいるヤンキー達がざわめいた。


「おい……せっしょくしょうがいってなんだ?」
「あれじゃね? なんか食っても吐くやつじゃね? 食っても吐くから栄養にならねえんじゃね?」
 ガリ子はヤンキー達を真っ直ぐに見据えて言った。
「それは嘔吐をするタイプの摂食障害よ。私は嘔吐なんかしないわ。一日にリンゴ一個も食べないから、吐く量なんてないのよ。体に脂肪がほとんどないから、冬になると手足が寒くてシモヤケができるの。冷え性、半端ないわ。今も寒くて死にそうよ。だけど脂肪分のあるものを食べて太るぐらいなら、私は食べずに死んでいきたい。誰にも迷惑をかけずに静かに消えていくために私は生きているのよ。ほら、これが私が中学の時から一日にリンゴ半分で生きてきた証よ……」
 ガリ子はセーラー服の裾を胸の高さまでめくって見せた。ヤンキー達の間にどよめきが走る。

「お前、ガリッガリじゃないかよ!」


「薄い、薄すぎるぞ、あばら出過ぎだろ!?」
「なんか……コレ、可哀相になって来た……」
 ガリ子のあまりの痩せ細った体に、一同がどうにもならない感情を抱いた。何が起こったかわからず吠え出すモヒカンもいた。セバスチャンがユージに振り返って言った。
「俺、この女、殴れない……なんか、気持ち悪いし……」
 ガリ子はセーラー服の裾を戻すとセバスチャンに向かって言った。
「殴ってみなさいよ……言っておくけどねえ、私に一発でも手をあげてご覧なさい。あなた、殺人未遂じゃなくて殺人の現行犯で逮捕されるわよ! 覚悟はできているでしょうね!?」
 そう言うとガリ子は一歩、歩を進めた。すると自らが変な形で崩れ落ちた。

「アアアアアアッッッ! 関節、両方外れた!」

 デブ子が駆け寄ってくる。
「咲ちゃん!」
「アアア、あたしったら、ちょっとがんばり過ぎたみたい……股関節、両方脱臼してるっぽい。裕子ちゃん、あとで救急車呼んで……」
 ガリ子はそう言いながら、その場にくずれ、白目を剥いた。


「咲ちゃん、もう無理しないで!」
「って、なんか今度は太いのが出てきたぞ……!」
 ユージは煙草の煙をくゆらせながらデブ子を見つめて言った。
「ねえ? 西校の坊さん、アンタ、変なの集めるの趣味なの? 次から次へと変なのばっかり出てくるじゃん。」
 するとデブ子は急に立ちくらみを起こして息をゼイゼイと切らせながら膝を着き、振り返って冴馬に言った。
「冴馬君……大変、血糖値がどんどん下がってきてる。そこの、私の鞄……取っ……て」
 冴馬はデブ子に急いで鞄を投げ渡すと、大型のスポーツバッグの中からロールケーキの箱がゴロゴロと出てきた。箱には上品なデザインの金の文字でで「代官山 シェ藤井」と書かれている。箱を開け、ロールケーキを一本一口の勢いで食べていくデブ子。デブ子は次々にロールケーキの箱を空けていく。ヤンキー達が目の前で繰り広げられる光景にどうしていいのかわからず、うろたえ始めた。デブ子の過食ショーが始まったのだ。

 ロールケーキの鵜呑みを見て吐きそうになっている連中もいる。恐いくらいにロールケーキがデブ子の体内に消えていく。ムグムグと食べ続けるデブ子の姿を見たセバスチャンがたまらずに叫んだ。
「よく噛んで食べろ!」
 デブ子はびくっと震えて、セバスチャンを見た。周りのヤンキー達も同時にびくっとしてセバスチャンを見た。こんなことを言う彼を見るのは初めてだったからだ。
「お前……、太ってるからって太るような食べ方をするな! よく噛んで食べろ! よく噛まなきゃ食べ物の味がわかんねえだろう? 噛まなきゃ消化にも悪いしいいことない……って俺は、一体何を言ってるんだ!?」
 すると冴馬が言った。
「大切に育てられたんですね……」
「ハア!?」
 セバスチャンが振り返る。
「食べ物をよく噛んで食べるように、ご飯の度に親御さんが子供によく言って聞かせた……それが身についてしまっているから、大山さんがよく噛まないで食べるのを見て、あなたは言わずにおれなかった。」
「う……うるさいっ!」
「どうして、ご両親から受け取った物をそうやって卑下してしまうのですか? 思春期の成長ホルモンのせいですか? あなたがそう育ったのは、ご両親が苦しんで育てた結果なのに。どんな親でも……いなきゃこの我が身がいない。いなきゃ世界は感じられない。」
「うるさいっっ! 親のこととか抜かすんじゃねえ!」
「僕には両親がいません。」


 ほんの一瞬、闘いの場が沈黙した。
「いや、いたんだけど母が、父を刺し殺したので。僕は3歳の頃から施設に預けられて育ったので、両親って何なのかわからないんだ。だけど、こうして僕が生きているってことは、ちゃんとお腹の中で育てた母がいて、赤ん坊だった僕を誰かが育ててくれたんでしょうね……」
 そう言うとヤンキー達の集団から、嗚咽が漏れて来た。
(3歳で施設って……しかも両親、うちよりもヤバイじゃねえかよ……)
(刺し殺しちまったのかよ……)
 デブ子は重い衝撃を受けて、じっとしていた。冴馬はにこりと微笑んだ。すると、沈黙を突き破るようにユージは大げさなあきらめ声を吐き捨てた。

「ああ~、ああ。お涙ちょうだいってわけなんかなあ~、坊さん。」
 バイクに預けた体を起こし、こっちを向いてユージは大きな声を出して言った。
「悪いけどさあ、俺にはそんなの効かねーよ。……効かねえんだよ。なんてったって俺も、施設の出身だからさあ……親の顔とか見たことねーわ。あのさあ、親がいねえてめえよりもさあ、親がいるのに虐待された俺の方が悲惨じゃね? なんていうの? 育児放棄ってヤツ? 愛とかないんだよねえええ。だから生きてても、しょうがないんだよねえ……ケンカするぐらいしかさあ……」

 ユージの背中に月光が降り注いでいた。
 ユージの母親は、ユージを構うことを一切しない母親だった。
 話しかけることもせず、泣き叫ぶ幼児を一切、無視した。思うように育てられないと小さなユージを狭い押し入れの中に入れ、放置した。保育園から戻るとユージの相手はいつもテレビだった。ユージは人の言葉をNHK教育テレビの子供向け番組を観て覚えた。そのうちにユージは泣かない子供に育った。施設に預けられた4才の時既に、感情を出して泣くことが無駄であることを知っていたのだ。


 月光を受けて冴馬は白く照らし出された。その姿が普段の生活で見ることがない、この世ならぬ者に見えることに多少の畏れを感じながら、それでもユージには「これから起こることは自分の人生に何の影響も持たない」という、絶対的でよく慣れ親しんだ孤独をもたらしてくれると感じていた。

 ケンカをするときに感じる一瞬の昂揚とその後の孤独……ユージはポケットに手を突っ込み、左右に揺れながら、冴馬との距離を縮めた。ユージには一つだけ好きなことがある。ケンカの相手を人間から屑のような物質になるまで、殴りつけることだ。
 殴っているうちに相手の意識がなくなり、重たいただの物質になる瞬間が好きだ。虚無感が形になって現れるから。意味があるように見せかけている人間が、ただのゴミのように転がった有様を見せるのが好きなのだ。ユージの虚無感を受け止められるのは、ただの物体としての肉体に他ならないのかもしれない。
 冴馬とユージは向き合った。ユージは顔を斜めにして、体を左右に揺らしている。瞬間、冴馬はつぶやいた。
「揺れているのか、揺らされているのか……」
 と。
「ハア?」
 ユージが言った。
「僕にも、左右に揺れる癖があるんだ……。左右に揺れていると落ち着くんだ……それは、揺れているのか、揺らされているのか……誰が揺らしているのだろう?」
 そのときユージに感触として残っていた古い記憶が蘇ってきた。誰かが小さな自分を抱いて左右に揺れながら、自分をあやしている。その感触がありありと蘇ってきた。ユージの目から黙って一筋の涙がこぼれ落ち、「濡れた」と感じた。
 4才から16才まで涙を流したことのないユージにとって、それは最初何なのか訳がわからなかったが、本人の自覚もなく瞳から溢れてきた一筋の涙だった。
「赤ん坊は、たった一日放置しただけでも死んでしまう。生きているということは、誰かに大事にされた証なんだ。嘘だと思ったら、自分の手を見るといい。その手が動いて血が通っているのなら、何者かの意志が君を守るために働いた証拠だから」
 ユージは冴馬を見た。冴馬の眼は何をも恐れず、ただ静かに優しい眼をしていた。ぴくりと動いた自分の指先に、血液が流れるのを感じた。自分の血が指先を流れる音を聞いたような気がした。身体中を流れる滝のような音だ。それは、一度も感じたことのない感覚だった。


 その静寂を突き破るように突然、サイレンが鳴り響いた。
 北校の校舎に赤いライトが回転しながら近づいてくる。「何だ何だ!?」と北校のヤンキー達がうろたえ始めた。すると、今まで沈黙していたデブ子が、携帯電話を握りしめながら恥ずかしそうに言った。
「あの……私、救急車呼んだんだけど、咲ちゃんのことが心配だから、一緒に乗って帰ります。あと、高橋君も乗せていくね、意識ないみたいだから……」
 ユージはハッと我に返った。
「大山さんは、機転が効くね。」
 冴馬が言った。ヤンキーのモヒカンとリーゼント連中が警察のサイレンと勘違いして慌て始め、「マッポだ!」と叫んでバイクに跨がり、次々に逃げ始めた。セバスチャンも予想もつかない展開に煙草を咥えながら「何なんだ、これは……」と冷や汗を流している。
「ケンカの最中に救急車両呼ぶなんて、アリかよ……」

 2台の救急車が駆けつけサイレンがぴたりと止み、救急隊員が担架を担ぎながら降りてきた。ガリ子の肩をトントンと叩きながら「大丈夫ですか!? 意識はありますか!?」と声をかけている。「ええっ!? あなた、付き添いの人!? 中に入るかなあ……」と救急隊員はデブ子の体格を見て恐怖に顔を引きつらせたが、デブ子は勢いで乗り込んだ。
「剛玉君、あたし咲ちゃんに付いていくから、ヒカルさんのことお願いね!」
 デブ子は自分の体を押し込めるように救急車の中に乗り込み、自分で車両のドアを閉めた。気絶したタカハシも運ばれていく。一連の騒ぎに呆然としていたユージだったが、振り返ると冴馬に向かって言った。
「坊さん、アンタの頭。かち割って脳みそ中から出してやろうと思ったけど、また今度にするわ。俺は北校のユージ。覚えておけよ……」
 冴馬はフッと微笑んで言った。
「ユージ、さんですね。また会いましょう……」
 ユージはメットを被りながらバイクに跨がると言った。
「そうそう、アンタの関係者の女の子ね、学校の中にいるから。まあ、今頃はもう大変なことになっているかもしれないけど! じゃあ!」


 そう言うとユージの乗る改造した黒のホンダCB1300はドルン……という音を立てて弧を描くように校舎前を半周し、夜の闇へと消えていった。ユージの後を追うようにセバスチャンの黒光りするハーレーダビッドソンのバブ・ジャパン・ソフテイルがでかいエンジン音を立てて追いかけていく。救急車のサイレンが再び鳴り出すと、冴馬は北校の校舎の中へ急いだ。



次へ 第十二回 好きな人のこと考えると、考えすぎて頭痛がしてくるよね
目次へ ダーリンはブッダ

毎日、楽しい楽しい言ってると、暗示にかかって本当に楽しくなるから!!あなたのサポートのおかげで、世界はしあわせになるドグ~~~!!