料理はコミュニケーションツール
私が本格的に料理を始めたのは定年退職してからです。68歳の私は料理の初心者です。それまではずっと母に頼っていました。
お弁当くらいは作っていましたが、朝昼晩と三食作るようになったのはここ三年です。
今から40数年前、就職したての頃に、料理教室に何年か通っていましたが、仕事が不規則で休みがちで、授業に遅れて参加する事も多かったので、調理を覚えるよりも、むしろ試食後の、お皿洗いを学んでいたような気がします。
その当時習った料理のノウハウは、残念ながら記憶に残っていないのです。
しかしここ3年は必要に迫られて、無我夢中で料理に取り組んでいます。
何故なら93歳の母が、食べることが大好きで、味や献立にとてもうるさいからです。好き嫌いもはっきりしていて、美味しくないととにかく機嫌が悪いのです。
ですからこの三年は毎日、何を作ろうかと頭を悩ませています。
私は、料理のことをクリエイティブな創作作業だと思っています。
メニューを考えることから始まって、段取りも、盛り付けもすべてが創作活動の一環だと思って取り組むと、とても楽しい時間になります。
冷蔵庫にあるものをどう生かそうか、母の欲求を満足させるためにどう調理するのがいいか、より美味しそうに見せるのにどんな風に盛り付けようかと、常に頭をフル回転させています。
しかし一生懸命工夫して作っても、母が一口食べて浮かない顔をしていると私の心は萎えてしまいます。
母が料理を口に運んで「美味しいねー」と言ってくれると「やったー、成功!」と笑顔になるのです。
料理は、作る人と食べる人の心を繋ぐ、素晴らしいコミュニケーションツールだと思っています。料理を極めることは、人として人間力を高める修行かも知れません。
残念なことに今日は、私が作った「肉じゃが」を母が「すき焼」だと思って食べていました。
「へー、肉じゃがじゃったんかね、白滝とお肉が入っとったけん、薄味のすき焼かと思ったがね」と母が言うのです。
私は大ショックでした。
母には色々な意味で鍛えられています。
【毎日がバトル:山田家の女たち】
《お茶も熱いんがええんよ》
※92歳のばあばと娘の会話です。
「人それぞれに甘さと辛さなんかは好みがあるけんねー、それも知っとかんといかんわいねー、盛り付けなんかやお皿の取り合わせ大事なんよ」
「お母さん、口うるさいねー」
「お茶も熱ついんがええんよ、それだけ」
「お母さん食べるだけの人はええね」
「あんたも食べるんじゃけん、美味しい方がええわい、あんたは私がおるけん料理上手になるんよ」
そうかも知れません。口うるさい母がいるからこそ料理にこだわる私がいるのでしょう。
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