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自由詩
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#今日の詩

夕涼み

葉脈を透かす西日
青はますます深く
人々は目を細める
遠くへ行ってしまった声を拾い集めるように

無線拡声器から
大きな大きな鐘が鳴る

虫たちは飛び続ける
呼吸を忘れることなく
光の差す方へ
ただ 光の差す方へ

通り雨

にわかにもたらされたそれらは
雨樋を伝って陸へ

トタン トタン

雲間から覗くパステル
あのおじいさんは
イーゼルを下げて出かけるかしら

ガラス窓の水晶
草花たちがいちばん美しいとき

夏を想う

濃密な睡眠をよそに
向こうの世界は水底に沈み
鍵盤をなでる薄桃色
あどけなさと狂気に見惚れた

刺すような日差しを思い起こす
シャボンのマーブル模様
汗ばんだ首筋をさらう
見上げた窓はがらんどう

ここにいないのは なぜ

言霊

美しくいたいなら 美しい言葉を話すこと
たましいの神話

優しくありたいなら
優しい言葉を話すひとといること
未来永劫

遥か先の生命へ
絶え間なく 叙情詩を詠み合えば
きっと健やかであれると

喧騒

平らな街の静けさ
好むと好まざるとに関わらず
喧騒が戻る
薄目を開けたお月さま
まどろみの湖に今も

もの言わぬ生命
回路は接続され ざわめきを捉える

恋の歌は歌えないのだと
言ったひとがいた
夢の中さえ

見上げた闇と 眠りに落ちる

声帯

ウィスパーボイスの女神
半永久的に失われた旋律
何度も書き直す
弦楽器の声帯

待つことは難しくありません
思い込みであったとしても
満ちる日のひとつ手前で
ただ 丁寧な振動を繰り返す

日常

たとえば
映画を観ているひとと
おなじ部屋で本を読む
隣の部屋で猫と戯れる

たとえば
二度目に目覚めたとき
悪夢のことは忘れている

たとえば
新しい服を着て出かける

日常と非日常の境
振り返らずにはいられなかった
野ばらの呼び声
凛と立つ杜若に変わる

さびしさ

わたしたちは知っている
目に見えないものたちのことを
忘れたふりをしているだけ

朽ちた花びらは土に還る
誰しもが みな

さびしさを食糧として 枝葉を伸ばす
とうにそこにあったものが再生産される

どうぞまた笑って
笑ってみせて

脳内仮想空間の朝
現実と交錯する朝
夢と呼べなくもないかもしれない 朝

ここ何日か 夕暮れを見ていない
まだ覚えているだろうか

ヒントは与えられている
浮遊するモールス信号
悲観によって遮られる

せめてあなたがひとりでなければいい
抱きしめてくれる誰かが そばにいたらいい

雨の日のアルペジオ

降り注いだ水分が蒸発するまでの間
角砂糖が角をなくしていくのを眺めていた

雨の日のアルペジオ
確かな安心を得る

この部屋には何もない
散乱した光の他には

僕らはとてもよく似ている
それでいて ひとつもおなじではない

雨の日のアルペジオ
確かな安心を得る

宇宙

遠い国の言葉で綴られた恋文
宛どころのない
更新される宇宙
微かなノイズ

あたらしい智を得る
幾分視野が広がる
心づもりができる
悩み事は尽きない

都合のいい解釈
甘やかな記憶

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おまけ
先日の新曲 たんぽぽ
歌詞をすこしだけ

魔物

片足立ちでエッセイを読む
曇り空 窓の向こう
レンズの内側の指紋
すべてが見えてしまわぬように

美しい指だった
忘れられないこと
忘れなくてもいいと思えたら

隠れているから 覗きたい
離れているから ただ募る

遠回りをして 帰った

自意識

いつかの5月 夏の気配を連れていた

分散するソーダ水
溶けたキャンディ
過剰な自意識を持て余す

たんぽぽの綿 写真集
眩しさに目を細め
浮遊する足下
シャボンの向こうに映るのは
いつもおなじひと

記憶の子

夢で逢えたらと願ったら
ほんとうのことになりました

旅先の宿から 散歩に出かける
露をまとった麗しい緑
混沌の中でも 粛々と

焼き魚を食べました
名前は何と言ったでしょう

恥ずかしがり屋の記憶の子
扉の影に隠れて
瞬きをした