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【娯楽小説】小さな本屋 エクリルエマチエル〈一折目の物語〉エクリルエマチエルの秘密④

小さな本屋 エクリルエマチエル

扉(概要・目次)

 この作品では、各エピソードを本作りの用語にちなんで、おりと表記しています(一おり目の物語など)。
 エピソード(おり)は複数の記事に分割されていて、最初の記事が①です。また、一部の記事を有料販売します。

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〈一折目の物語〉
エクリルエマチエルの秘密
   ④    

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エクリルエマチエルの秘密④

 クータはプランタンにむかって大きな声で言いました。
「なつかしい本です!ぼくは、なつかしい本が好きです!」
この言葉に、プランタンの目は白い眉毛からびょんと飛びだしました。クータがへんなことを言いだしたと思ったのです。が、プランタンはすぐに目玉を元どおり引っこめると、こほんと咳払いしてから、それまでの落ちつきを取りもどしてクータに尋ねました。
「ふむ。なつかしい本とは、なかなか聞き慣れないね。それは、むかし読んだ本が好きということかな?」
クータはたどたどしくも、いっしょうけんめい答えます。
「はい。ぜんぶの本がそうじゃありませんけど、むかし読んだ本は、ずっと経ってからもう一度読んでみたり、その本のことを思いだしていたら、どういうわけか僕、むかしその本の世界に住んでいた気分になるんです。物語の場面を覚えているだけでなく、ほんとにその場面に自分がいたような思い出があるんです」
「ほう。たとえばどんな?」
「いま思いだしていたのは、蝶が空をとんで、海をわたったときの場面です。それを思いだすと、僕は海なんて見たこともないのに、とつぜんふっと鼻に潮風のにおいがよみがえってきて……」

 クータはそこまで言って口をつぐみました。じぶんの言っていることがむちゃくちゃで、理解してもらえないように思ったからです。しかし、プランタンはさっきまで顔に浮かべていた寂しそうな色をさっぱり消して、なんだかとても嬉しそうに言いました。
「ほっほ。君はほんとうに本が好きなんだね」
クータは自信なくうつむきました。
「そうかな……。でも、よくかんがたら、なつかしいというのはおかしいですね。じぶんの思い出でもないのに……」
プランタンはきっぱりと言います。
「いいや。君のいうことは、本というものについての、どんなに偉い人の考えより的を得ているよ。本というものはね、それがどんな内容であっても、ひとつの世界をその中に宿しているのさ。そして、表紙をひらいた瞬間にその世界は飛びだしてきて、読んでいる人をその中に包みこんでしまう。だから君みたいに、本の世界にいると感じるのは勘違いでもなんでもない。本当のことなんじゃ。そんなふうに、今にいながら昔だったり、この町にいながら外国だったり、小人でいながら蝶になったり怪獣になったり、そんな摩訶不思議まかふしぎなできごとを体験できるのが本のすばらしさなんじゃよ」
 クータはむずかしくてぽかんとしました。
「ほっほ。クータくん、君は本の物語がなつかしいと言ったね。それは君が本を読んでいるとき、ほんとうに心も体も本の世界に夢中になっていたということじゃ。だから、あとから思い返して、現実のことのように懐かしく感じるんじゃないかね?どうやら君は、瞬く間に本の世界に入ってゆける、そんなすぐれた才能を持っているようだ。君は本を読みだすとすぐに、今じぶんがどこにいるのかも、じぶんは小人のクータだということも忘れて、物語の世界に飛びこめる。それはすごいことだと思わないかい?ひと飛びで外国や童話の国に行くより、よほどすごいことじゃよ。船や魔法がなくたって、どこにでも行けるし、何にでもなれるんだから」
クータはやはりむずかしかったですが、どうもほめられているようで、わるい気はしないのでこう答えました。
「はいっ。そうかもしれません」

 プランタンはたいせつな仲間ができて嬉しいのか、なんどもうなずいていましたが、やがて、くるっとふりむいて言いました。
「今度は君が、すばらしい本を作る番だ。ほらあそこ」
プランタンが指さしたのは奥の扉でした。クータがこれまで入ることを許されなかった、エクリルエマチエルの秘密の場所です。
「あそこで本を作っているのですか?どうやって?」
クータはときどき、小人が本を奥の部屋から運んできて、店の棚に入れているのを見ましたが、その本をどうやって作っているのか、それじたいは見たことがありませんでした。
 プランタンは老人人形の頭のはしに歩いていくと、例の扉の下あたりを見ながら言いました。
「それはじぶんの目でたしかめなさい」
クータもプランタンのそばに行き、おなじところを眺めてみると、そこには小さな穴があいていて、扉のむこうから光がもれています。じっと耳をすませてみると、カンカンという音や、「わーわー」という声がほんのかすかに聞こえてくるのでした。
「あの穴から向こうの部屋に入れる。そこでは君の大好きな本が作られているよ。まずは見習いからじゃが、君も手伝ってきなさい」
「はいっ!がんばります」
クータはわくわくしてきました。穴から漏れる光は小さくとも、らんらんとかがやく白い活気に満ちていて、その向こうで何かとてもすばらしいことが行われているのはたしかです。クータは、いったいどんなふうに本が作られているのか、はやく知りたくてたまりませんでした。

「ではクータくん。ここに立つのじゃ」
プランタンはそう言って、クータを老人人形の頭のはしっこに立たせました。
「さあ、これを持って」
プランタンはクータに、いっぽんの紐を持たせます。クータは言われるままに持ちました。紐のさきを目で追っていくと、どうやらそれは扉の上のほうから伸びているみたいです。
「なんですか、これは?」
プランタンはなんとも答えず、そのかわりクータの背後で、まるで悪だくみするみたいに、にやっと笑いました。そうです。はりの上で、あの二人の小人がクータを突き落としたときと同じ顔です。
 それから、やっぱりプランタンはクータの背中をぽんと押しました。
「わっ!」
クータの足は地面を失い、体が前に落ちました。プランタンの声がすごい勢いで遠ざかりながら、背中のうしろで聞こえます。
「紐から手を離さんように!」
 クータはまたしても高いところから落ちたのです。しかし今度は、まっすぐ下に落ちるのではなく、握る紐が振り子みたいになっていたので、クータはターザンみたいに真横にぶーんと飛んでいき、ぐんぐん扉が目前に迫ってきました。
「わー!あたるあたる!」
そして、もうぶつかると思って目を閉じた瞬間、クータの体はビタンと大の字になって、やっぱり扉にぶつかりました。
 そして、クータはどすんと床に落ちました。
「痛てて……」
クータが落ちたのは、さっき見た穴のすぐそばでした。クータは思いました。
「ああ、ここから入れってことか。それにしても……」
どうやらこのエクリルエマチエルの小人というのは、みんなイタズラが大好きなようです。
「これからも用心しないといけないな」
そんなことを決意をするクータの頭のずっと上のほうで、二人の小人と長老あわせて三人の、なんとも愉快そうな笑い声が聞こえてきました。

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つづく

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