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【娯楽小説】小さな本屋 エクリルエマチエル〈一折目の物語〉エクリルエマチエルの秘密⑥

小さな本屋 エクリルエマチエル

扉(概要・目次)

 この作品では、各エピソードを本作りの用語にちなんで、おりと表記しています(一おり目の物語など)。
 エピソード(おり)は複数の記事に分割されていて、最初の記事が①です。また、一部の記事を有料販売します。

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〈一折目の物語〉
エクリルエマチエルの秘密
     ⑥  

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エクリルエマチエルの秘密⑥

 その時です。クータの頭のうえで、ケラケラという笑い声がしました。そして、その愉快そうな声とともに、こんな言葉がクータに投げかけられました。
「ははっ!新入りは辛いねぇ」
クータは壁際に立っていました。それは部屋の角だったのですが、そこには古い本棚があり、その棚のふちにひとりの小人が腰かけていたのです。クータは驚いて、声のするほうを見あげました。そこにいたのは、人間でいうところの30才くらいの男の小人でした。男は茶色い酒のビンを持っていて、それをぐびっと飲んでからクータに話しかけます。
「君は?」
「クータです」
「ここへ上がって来いよ」
そういって男が指さした先には梯子はしごがあって、小人が本棚を登れるようになっているのでした。
 クータは言われるままに梯子をつかって本棚をのぼり、男が腰かけている下から二番目の段にやってきました。この本棚には本が入っています。みなさんも自分の部屋の本棚を見てもらえば分かりますが、本の前には少し隙間があるものです。クータは、その本とふちのあいだのほんのわずかな足場を歩き、男が座っているそばまでやってきました。
「あなたは誰?」
「おれ?おれの名前はペルエ」
ペルエと名乗ったその小人は、本を背にして縁に座り、棚板から足をぶらぶらさせています。顔はほんのり赤らみ、無精髭ぶしょうひげがあごに生えていましたが、茶色いジャケットは気取って紳士風でした。そして、名乗るやいなや、また酒をぐいと飲みました。

 クータはへんな酔っぱらいにからまれて複雑でしたが、ペルエもこの部屋にいるからにはエクリルエマチエルの一員なのでしょう。ということは、クータの先輩です。酔っぱらいでも挨拶しないといけませんし、ペルエは他の恐い小人よりは優しそうだと思いました。
「はじめまして、ペルエさん」
「よろしく、クータくん。君はいつこの部屋に来たの?」
「さっきです」
「それはそれは。うはは、うひひ」
 クータは、やっぱりこの人は頭のおかしい人だと思いました。が、もう逃げられません。それに、ペルエはそんなこと、もうどうでもいいみたいに急にまじめな顔をして、クータに尋ねるのです。
「ところでクータくん。君は本の作り方を知ってるの?それが分からなけりゃ、働こうにも仕事はないぜ」
クータは自分が落ち込んでいることを言い当てられたみたいで、胸がズキンとしました。クータは先生に叱られた子供みたいに、小さな声で言い訳しました。
「いえ。それがなにも分からなくて……。でも、仕事を手伝いたいとは思っているんです。ほんとです」
 すると、ペルエはまた「うひひ」と笑いながら、親切なのかお節介なのか暇なのか知りませんが、クータにこう言いました。
「よし、おれが簡単に本の作り方を教えてやるよ」
それはクータにとって、願ってもないことです。クータはすがる思いで言いました。
「おねがいします!」

 ペルエは「では」とあらたまった声を出しましたが、沈黙して三秒後、やっぱりそのまじめな顔を崩すと、また「くひひ」と笑って語りだしました。
「いったい何から話したらいいかな?まあ、あれだ。君も知ってると思うけど、ここエクリルエマチエルの本は、みんなこの工房で作られてる。ぜんぶ小人の手作りさ。もちろん、材料は仕入れてくるけどね」
「はい」
「ところでその材料だけど、本って何でできていると思う?」
とつぜんそのように問われ、クータは少し考えました。本をパラパラめくる仕草を思いうかべ、それから答えます。
「紙です」
ペルエは腕組みしました。
「うーん、たしかに紙は使う。だけど、それだけじゃないぜ。たとえば、表紙を包む革とか挟んであるしおりひも。こいつらは紙じゃないだろ?それに、よく考えてみりゃ、紙を貼るのりや文字を印刷したインクだって本の一部だ。な?紙だけじゃ本はなりたたんよ。しかも、材料だけでも本は作れない。それを加工するナイフや刷毛はけだって必要だ」
「たしかに」
 ペルエはいつの間にか、小人たちが働く部屋をじっと眺めていました。
「本作りにそれだけの材料や道具が必要ってことは、それだけたくさんの作業が必要ということだ。さすがに一人の小人がそのすべての作業を扱うことはできない。だからこの工房では、みんなで仕事を分担して本を作ってるんだ」
「分担……」
「ああ。大きくわけて四つの組に分かれているよ。ひとつめは、紙を切ったり折ったりする組。まあ、紙の部門だな。それから、紙に字や絵を印刷する部門。そして、本を組み立てる部門。そして、本に装飾を施す部門さ」

 いまいちよく分からないでいるクータでしたが、ペルエにうながされ、部屋で働く小人たちを見ました。本棚からは、山にのぼって町を見おろすみたいに、室内が一望できます。そのうちの一角、部屋の左奥をペルエは指しました。
「あそこで紙を切ったり折ったりしてるだろ?あのへんが紙の組の縄張なわばりさ」
そこでは、壁際に紙がいくつも山になって積みあげられていて、まるで白い城のようです。小人は何人かが一組になって、その紙を引っぱりだしてきては、長い定規をあてて紙を切ったり、次から次へ紙を半分に折ったりしています。まるでそこの小人たちは、お化けみたいに大きな紙と格闘しているようでした。
 ペルエは次に右奥をさしました。
「次は印刷の部門だ。あそこでカンカンやってるだろ?あれは紙のうえに並べた活字を金槌で打ってるんだ。つまり、文字を紙に印刷してるのさ」
「活字?」
「そう、活字。活字というのは、なにかの文字がひとつ刻まれているスタンプみたいなもんさ。「あ」とか「山」とかね。それにインクをつけて、文章になるよう紙に並べ、上から金槌で打つことで文字を印刷するんだ」
よく見れば、たしかに紙のうえには小さな活字が何十と並び、それを上半身裸の小人が巨大な金槌でカンカン打っています。あれは餅つきではなかったのです。このとき活字のインクが紙に移るのでしょう。打ち終えた活字をどける小人もいるのですが、その場所には綺麗に文字が印刷されているのでした。

 「ほぅ」と感心するクータでしたが、ペルエは一足先に部屋の右手前を見おろしていました。
「まだまだ終わりじゃないぜ。こっちを見な」
クータが言われた場所に目をやると、そこにはやたら体の大きな小人が集まっていて、紙の束をかついで運んだり、巨大な刷毛はけで糊を塗ったり、ぶあつい厚紙を重ねたりしています。まるで家を建てる大工のようです。
「あそこは組立ての部門だ。本というのは、紙の束が中身だが、それを硬い表紙が挟んでいるね?中身と表紙は、それぞれ別々に作って、あとから合体させるんだ。紙も束になりゃ重いし、表紙も厚紙を革でくるんだりして頑丈になってる。だからここは力仕事が多いのさ」
 そう言い終えるやいなやペルエは、部屋の左下へ視線をすべらせました。
「そして最後に、こちらは……」
それはクータたちがいるすぐ下でした。ここでは革が広げられていたり、組立てられた本が立てかけられています。
「最後は装飾の部門だ。まあ本作りの仕上げだな。細かい傷や折れを見えないように隠したり、本の表紙に金銀の箔を押したり、場合によったら、紙の切り口に色を塗ったりもする。ここは力仕事が少ないから、女の小人や子供が多いな」
たしかにそこには、数は少ないですが、クータと同じくらいの歳の小人もいます。でも、みんな遊んだりふざけたりしていなくて、表情だけは大人とおなじく、なにらや真剣に作業しているのでした。

 本作りの工程はこれで終わりですが、ペルエは最後に部屋の真ん中を指さしました。そこには小人の身長の何倍もある高いやぐらが組まれていて、そのてっぺんには、小人が何人か立てるくらいの、小さな足場があるのでした。
「あそこに四人の小人がいる。見えるかい?」
「はい」
そこにはたしかに四人いて、床で作業をする小人たちに何やら声をかけています。
「あれは、それぞれの部門の親方さ。親方はあそこから床の小人たちに指示を出すんだ。四人の名前は、紙の親方・ファブリアーノ、印刷の親方・ツァップ、組立の親方・イッテツ、装飾の親方・メトゥレスだ。まあ、この四人がエクリルエマチエルの本作りを仕切ってるわけだ」
クータはなるほどと思いました。さすがにこれだけの小人が働いていて、おのおの好きかってに作業をしてしまうと、とんでもなく変な形の本ができそうです。ちゃんと計画を立てて、小人たちを監督する人が必要なのは、クータにもよく理解できました。
 ただ、ペルエは四人の親方を見ながら苦笑いしました。
「あの親方というやつらは、どいつも一風いっぷう変わった性格だよ。ファブリアーノは神経質なくらい折り目ただしいし、ツァップはせっかちすぎて誰もついていけない。イッテツは力自慢のむさ苦しい男で、メトゥレスは派手好みの美女だが歳はいってる。まあ、みんな変わり者の頑固者だ。会ったら挨拶くらいしとくんだな」
クータはじっと櫓のうえを見ました。ファブリアーノは折った紙のようにアイロンのきいた白い服をきて、八秒に一回、メガネの位置を直しています。ツァップは聞き取れないほど早口で、しかもそれより早い身振りをまじえて小人へ指示を出しています。イッテツは上半身裸で筋骨隆々りゅうりゅう、櫓の手すりをどんどん叩いて怒号をあげます。メトゥレスはじぶんが綺麗なのがじまんみたいで、背の高い椅子に腰かけて、天井にむかって「おほほ」と笑っていました。

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つづく

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