185.洗っちゃいけないもの
近所のスーパーに食材を買い出しに行った。
携帯のメモに書かれた食材を順々に買い物カゴに入れて歩く。だが、その途中に気付いた。
『(・・・ごぼう入れ忘れたな・・)』
私は引き返してごぼうの元へ向かった。通い慣れたスーパーともなると、どの位置にどの商品が置いてあるのか脳内にインプットされている。ゴルファーがホールまでの道筋が光って見える様に、私にも、ごぼうへの道筋が光って見える。最短距離で歩を進めると実にスムーズにごぼうの元へ辿り着いた。
だが、ごぼうを見て思った。
『(・・・思ったより小さいな・・)』
『(・・・もっと大きいのなかったっけ・・)』
私の脳は即座に反応する。
『(・・・確かあっちにもごぼうあったよな・・)』
別の場所にもごぼうがあった事を思い出すと、再び光の道筋に沿ってごぼうの元へ向かった。するとそこには先程より長いごぼうが置かれている。私が求めたサイズ感であるが、再び疑念が湧いた。
『(・・・何故2種類あるのだ・・)』
泥のついたごぼうと、キレイなごぼうが置かれている。パッケージは一緒。価格も一緒。一体何が違うのだろう。その商品名は、泥の付いた方に"泥付きごぼう"、キレイな方に"洗いごぼう"と書かれている。よく分からないが、泥の有無で保存状態や期間が異なるのだろう。
だが、そんな事はもうどうでも良かった。
私はその"洗いごぼう"という文言に目を奪われていた。
『(・・・・・・)』
『(・・・なんか・・すごい悪口だな)』
なかなかパンチのある語呂感。悪口として成立している気がする。なんというか、ブタゴリラとかそういうフレーズに通ずるものがある。同じ野菜でもレタスやキャベツとは異なる破壊力のある響き。仮にあだ名として命名されたとしたら、軽い恥辱を与える事が出来るだろう。
例えば駅前の群衆の中、『おい、山田!』と遠くから友人に名前を呼ばれたとしたら、爽やかな笑顔で振り向けるだろう。それはもう無垢な、純粋な表情。『どうしたんだい、おまえさん』なんて返事が出来るだろう。
例えば駅前の群衆の中、『おい、レタス!』と遠くから友人に名前を呼ばれたとしたら、比較的普通に振り向ける。『おお、どうした』なんて返事が出来るし、周りの人も『(ハーフなのかな)』と思うかもしれない。
一方、駅前の群衆の中、『おい、洗いごぼう!』と遠くから友人に名前を呼ばれたらどうだろうか。恐らく振り向けない。振り向きたくない。それはもう、あだ名というか立派な悪口なのだから。そもそも呼んだそいつは友人じゃない可能性すら出てくる。
意味合い的に"泥付き"の方がダーティなイメージがありそうだが、“洗い"の方が不思議と破壊力が増す。では"あらい"という言葉の羅列がそうさせているのかというと、そうでも無い。同じ読み方でも“荒いごぼう"となると悪口感は薄れる。どちらかと言うと荒波だとか、荒鷲(あらわし)といった類の猛々しく、武骨なイメージが膨らむ。
という事は、洗っちゃだめなのである。洗った途端に言葉が持つ何かが崩れてしまうのだ。似た様な言葉に"あずき洗い"(妖怪)というものがあるが、これも悪口として成立してるし、洗っちゃっている。
そもそも洗わずとも、野菜は悪口の様な響きになりやすい。厳密に言えば先述したレタスやキャベツはちょっとパンチが弱い。セロリもピーマンもトマトもブロッコリーも弱い。だが、ごぼう、じゃがいも、かぼちゃ、かぼす、だいこん、長ねぎ、これらは強い。平仮名の野菜はパンチが強いのだ。
もっと深く掘り下げると、なす、あさつき、たけのこ、れんこん、この辺りは弱くなるし、若干爽やかさすら感じられる。つまりは"濁点の付いた平仮名の野菜"は悪口としての資質が強いという事だ。
濁点の付いた平仮名の野菜を洗うとこうなる。洗いごぼう、じゃがいも洗い、洗いかぼす、だいこん洗い、洗い長ねぎ。悪口のオンパレードである。
あだ名をつけるのは御法度と言われる世の中になってきたが、もしもあだ名を野菜の名称でつける場合にはこの辺に注意して命名すると良いと思う。
そう考えると、一番可哀想なのはスーパーに並べられたごぼうである。
そもそもごぼう目線で考えると、我々が勝手に"ごぼう"と呼んでいるだけで、ごぼう達は自分達の事を"ごぼう"だなんて思ってないかもしれない。例えば、ごぼう同士の会話では自らの種族の事をポセイドンだとか良い感じの名称を付けていたかもしれない。
それを勝手に土から引っこ抜かれ、なんだか知らないが突然"ごぼう"と名付けられ、頼みもしないのに洗われ、挙げ句の果てには商品棚に並べられ《洗いごぼう》などという名札を付けられる始末。なかなかの所業である。せめて"ごぼう(泥付き)"、"ごぼう(泥なし)"じゃダメだったのだろうか。可哀想に。
唯一の救いは、ごぼう目線に立てる私がこうやってごぼうに対して親身になってあげられた事である。きんぴらにして食ったけど。
おわり
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