20190304_エライ_のは肩書で_自分ではない

【図解438】“エライ”のは肩書で、自分ではない

【ドーナツ型】丁寧な応対をしてもらえるのは自分の中身が立派なのではなく、肩書きがあるから。ゆめゆめ慢心してはいけない。

医者という職業柄、丁寧な応対を受けることが多い(診察室に入る前後にお辞儀をする人も)ですが、これは主に「医者という肩書き」に対するもので慢心してはいけないな、と思い書いた図解。

もちろんその人の今まで積み上げてきたものが肩書きに反映されるという面はありますが、特に単発、短時間の関係の場合は肩書きによる影響が大きいと思っています。

菜根譚にも「みながうやうやしく接しているのは役人の立派な服装に対してで、中身の人間に対してではない」という趣旨の文がありましたが、これはいわゆる「先生」と言われる職業の方や、役職のある方にも良く当てはまりそうですね。

何にせよ、周りの人が丁重に扱ってくれてもゆめゆめ慢心しないようにしたいものです。


下書き。その人の「中身」と「肩書き」をドーナツ型を使って表現し、お辞儀をしている人の視線で「肩書きに対してお辞儀をしている」と表現しました。


関連図解。自分が礼を受ける時は今回の図解のように考えますが、自分が他の人に応対するときには「人としての礼儀」自体を重視したいものです。

この図解について詳しくはこちら


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