【曲紹介】『Begin Again』
2021年の3月11日。
無事に失業中だった僕は、退職金のおかげで思いの外悠々自適な生活を送っていた。
生まれたばかりの姪っ子を愛で、保育所帰りの甥っ子と遊び、家事をこなす祖母と話し、在宅ワークの友達と曲作りやカラオケに出向き、仕事帰りの友達とはご飯に行く。
とにもかくにも贅沢な毎日を過ごしていた。
(この辺りのことは"2020"という曲を作るに至った経緯にも記している。重複するので割愛します)
きちんと仕事をこなし、誰かのために動き、また自分を労る。
この循環は間違いなく「地に足の着いた生活」だ。
しかし、それと同じぐらい"休むと決めたらとことん休む"生活も地に足の着いた生活だろう、とその頃考えていた。
朝はきちんと起きる。
プロの失業者(それも自発的な)は、毎朝決まった時間に起きて、余裕を持って珈琲を淹れる。
少し濃い目の。
頑張って淹れた珈琲を片手に自室に戻り、"今朝の映画"を観る。
「さーて、何を見ようかしら」
その日に観たのは「はじまりの歌」という作品。
内容は詳しく覚えていない。←このテイタラクもプロならでは
だが、場面場面はよく覚えている。
ニューヨークの街角、どこかのビルの屋上、成功を夢見るミュージシャンやプロデューサーたちが、至るところでレコーディングをゲリラ的に行う、というストーリーだった。
ニューヨークの街並みは壮観で、かつて夢見たアメリカ旅行に思いを馳せた。
あまりに爽やかな終わり方や、ありきたり過ぎるほどの大団円に、観終わった後の僕はそそくさとパソコンの前に腰をおろした。
先日壊れてしまった在りし日の黒パソ。
当時はまだ、即座に起動してくれた。
"ハッピーな歌を唄いたい 軽い面持ちで"
そうそう。ほんとうにそうだよ。
歌詞とメロディが一緒に出てきて、15分ほどで書き上げた。
ちょっと前の記事で、「30歳になるまで知らなかったこと」というのを書いたのだけれど、そこにも書いた情景を思い出しながら制作した記憶がある。
夢破れ、故郷に到着した夜行バスから降りた青年。
何もかもを失ったような。
でも、何かが始まるような。
そして時が経ち、大人になった。
時折思い出す、当時の自分。
あの瞬間の自分を斜め後ろから見ているような感覚。
かつての自分に言ってやりたいことが山ほどある。
だが、それは叶わない。
だから、今の俺は歌う。祈る。
ハッピーな歌を唄いたい、届けてやりたい、と。
気付けば珈琲はぬるくなっていた。
無職がまたもや曲を生み出した瞬間だった。
ほんとうに些細な、ライトな、簡単な歌。
言葉を詰め込み放題な曲も書くし、バッチバチに情景描写をした曲も、はたまた社会に対して怒るような曲も書きはするが、自作曲のなかで、僕はわりとこういうシンプルな歌がすきです。
情報量は少ないけれど、自分のなかの記憶の扉が開く。忘れたくない思い出の引き出しがあるとすれば、その鍵のような歌。心を開くパスワード。
「Begin Again」を書き上げたあと、ふと気付いた。
「ああ。今日って3月11日か。」
何度でも始められる。
生きている限り、何度でも。
「ほんまかいな」って悩むこともあるけど、どうやら僕は図々しく生きてます。
そしてそれが正解のような気もしてます。
大阪に戻った2014年から十年の歳月が流れました。
それなりに忙しく愛すべき20代を送れました。
あの頃の自分に言ってやりたいことがたくさんある。
おまえは相変わらずだらしない人間やけど、周りの人間は何故かいい人ばっかり。
ああ!恩返しせなって焦ってるのも変わらんけど、思ってるより自分の居場所を大切にできてる。
謎の自信とか万能感は面白いぐらいなくなってるけど、その代わり誠実さを学んでる。
失ったものと同じ数だけ、いや、それ以上に素晴らしいものを得てるよって。
次のアルバムではバンドアレンジで入れたい。
そんな、曲です。
「Begin Again」
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