見出し画像

弁護士の誠実なリアリティから知る著作権の基礎。そして、これからの作曲家は「今のルール」を受動的に学ぶだけでは駄目!

 立場柄、音楽著作権に関する書籍は目を通すようにしています。この本は帯の推薦者の二人も知己だったので、迷わず購入しました。
 弁護士兼作曲家というデュアルキャリアの方が著者だけに、丁寧かつ、わかりやすく、著作権法を説明している良い本でした。映像クリエイターや作曲家が著作権の基本を知りたい時に確認するには適切な内容だと思います。

今の著作権ルールは矛盾だらけ

 それだけに僕が強く感じたのは、若い音楽家、クリエイターに対して「今の著作権のルールを当たり前として受け入れさせたらいけないな」という思いです。デジタル化による音楽ビジネス生態系の変化は激しく速く、かつグローバルです。著作権法や業界慣習は合理性を失いつつつあり、「木で竹を接ぐ」ように、なんとか辻褄を合わせているというのが今の音楽の実態なのです。特にアイドルやインディペンデントアーティストに対して、従来のレコード会社と大手音楽出版社の存在を前提にしたルール、仕組みを取り入れることは、間尺に合わないことだらけです。以下、音楽クリエイターに関する部分を中心に本書の箇所を引用しながら、例を挙げていきたいと思います。

著作権譲渡と契約期間は適切か?

 日本の著作権契約書は日本音楽出版社協会(MPA)のフォーマットが使われるのがほとんどです。その契約書の解説が書かれているのですが、あまりにも無批判で、現状肯定的な内容なのに驚きました。

 第4条は譲渡される著作権の範囲の規定です。要は、著作権の全ての支分権が音楽出版社に譲渡されるということが記載されています。(P33)

 まずは、何故、著作(財産)権が、出版社に譲渡されるのか、その契約に合理性があるのかどうか、クリエイターの立場に立つ知財弁護士ならば、そもそも論としての法解釈、見解を知りたかったです。

 著作権は永久に音楽出版社に譲渡されるわけではなく、期間を限定して譲渡されます。通常は、空欄は「10年間」とされることが多く、「5年間」もたまにあります。著作権存続期間つまり著作権切れになるまでと記載されている契約書もありますか、最近は少ないようです。(P32)

 契約期間についても無批判です。音楽業界の内側で「著作権存続期間」がデファクトだった時代に、契約期間を短くするべきだと主張して、業界慣習を変えるために地道に努力してきた僕にとっては、泣きたくなるほどクールな説明でした。
 そもそも日本の音楽出版権については、テレビ局の子会社が、タイアップ楽曲の著作権を持つという、普通に考えれば独禁法違反の業界慣習があり、(アメリカでは明確に違法)どう解消するかという重苦しい課題もあります。弁護士が音楽著作権について語るのであれば、放送局系音楽出版社と独禁法についての見解も伺いたいですね。

 グローバル視点で言うと、音楽家個人へのパワーシフトが進み、権利は音楽家が持ち、サービスを提供する形で収益の一部を分配を受けるというトレンドに変わっていることをまずは情報として知ってほしいです。

日本の編曲料の相場が安すぎる問題

 ちょっと本題からずれますが、編曲料に関する記述も気になりました。

相場は難しいところですが、10〜30万円が多いようです。(P67)

 というのは今の現実ですし、事実を書いているのですが、例えば海外の音楽家の場合は、日本のレーベルが払う場合でも4000ドル以上は珍しくなく、1万ドルというケースもあります。LA在住の音楽家やスウェーデンなど欧州で海外市場で活躍しているアーティストの基本的なスタンスとしては編曲料は5000ドル(1ドル=106円として約53万円)以上で、都度交渉です。韓国人や台湾人の音楽家も同様の感覚を持っています。また、中国市場は作曲の印税支払制度がきちんと機能してないこともあり、買取ないし作曲もMG(ミニマムギャランティ/前払い)が含まれますし、現状はブローカー的な存在が中間で抜くケースが多いので、簡単に比較できませんが、50万円〜150万円の相場になっています。「失われた◯◯年」と言っている間に「日本が世界の中で貧乏な国になっていて、日本人だけそれに気づいてない」というのは音楽に限った話ではありませんが、日本人音楽家のクリエイティビティは国際的に見て実は低くありません。この本を読んで「編曲料は10〜30万円」と思わずに「トラックデータを渡す=編曲料を受け取るなら1曲50万円以上を目指す」という気持ちを日本人音楽家にも持ってもらいたいです。その姿勢が、日本の地下アイドル系事務所/レーベルの編曲料の相場も上げていくはずですから。

原盤権と著作隣接権の解釈には誤りがありました

 実は、本書に明らかな誤りが1箇所あります。

原盤制作者がもつレコード製作者の権利と実演家の著作隣接権を含めて、音楽ビジネス上「原盤権」と呼んでいます。(P79)

 という部分を読んでびっくりしました。音楽業界で25年以上仕事をしていて、日本音楽制作者連盟の理事を8年、CPRAの理事経験もある僕の認識が間違っていたのかと思ったからです。音楽ビジネスに精通した知財弁護士にメッセして自分の認識を確認しました。
 レコード製作者の著作隣接権=原盤権で、実演家の著作隣接権とは別のものです。使用者が許諾を得る際は、「便宜上」、原盤権を持つレコード会社や事務所が窓口になって、まとめて対応することが多いのは事実ですが、まとめて「原盤権」と呼び、扱うことはありません。本書が引用元としている『音楽著作権管理の法と実務』を確認できていないので、どこで誰が間違えているのかわからないのですが、誤解が広まらないようにはっきりさせておきたいです。

NexToneの捉え方にも若干の誤解あり

 最近株式上場したNexToneをエイベックス系と捉える人は多いようです。合併前のイーライセンスはエイベックス作品の取扱が多く、合併した際に、NexToneの筆頭株主がエイベックスになったことでそういう見方になるのでしょうが、僕は誤解だと思っています。JRCとイーライセンスの合併の真相は関係者にしかわからないことですが、僕は「イーライセンスの乱暴な経営方針の行き詰まり」も大きな原因の一つだと見ています。設立時に僕が書いたblogはこちらです。

 NexToneの弱点として、演奏権を扱っていないことの本書の指摘はその通りで、早く取り扱って欲しいですね。ただ海外徴収については補足説明が必要です。

NexToneはJASRACと異なり海外の管理団体と相互管理契約を締結していません。ですので、海外で楽曲が利用された場合の著作権使用料をきちんと少数するためには海外にサブパブリッシャー(音楽出版社の海外支店のようなもの)を置く必要があります。(P54)

 この説明自体は間違いではないのですが、現状認識の前提がズレています。そもそも国際間の著作権信託団体同士の相互管理契約は、有効に機能しているとは言い難い状況です。そして、デジタルサービスが音楽ビジネスの中心になったことで、完全に時代遅れになり、Kabalt music やDownTownといったグローバル著作権エージェントが、権利は作曲家に持たせたままで、配信事業者から直接徴収分配する動きが主流になりつつあります。NexToneも同様のエージェント型ビジネスの準備はしているはずで、世界のサービスにおける日本人作曲家の楽曲のシェアが上がれば可能になるでしょう。
 また、エイベックスは、今期の決算対策で、本社ビルと共にNexTone株を大幅に手放し、比率が下がり少数1株主になりました。今まで以上にニュートラルになって、NexToneにとって良い展開だと思っています。

どの立場から著作権を語るか?

 おそらく、著者は音楽ビジネスの実務経験はあまりお持ちではなく、フリー作曲家としての経験からのリアリティと弁護士という専門家の法的な知見から本書を書かれているのでしょう。客観性を保とうとする姿勢は誠実で好感が持てますし、僕にとっては「今のルールの矛盾と課題」が浮かんで見えるという効果がありました。

 クリエイターに対して音楽著作権を語る時には、いくつかのフェーズがあって、どのスタンスに立つかで全然言うべきことが違ってくるので短く語るのが難しいです。

1)原盤権、著作隣接権など、音楽を創った人には法的な根拠に基づく権利があり、同時に音楽業界には明文化されていない慣習もあるので理解しよう

 というのがおそらく第一段階で、本書は基本的にこのスタンスから書かれています。このスタンスを学ぶことももちろん重要で、そのためには有用な本だと思います。

2)デジタル化で原盤制作費が低廉化し、音楽消費の中心がクラウド/ストリーミングサービスになったことで従来の音楽ビジネスのルールが不合理になり、業界慣習が間尺に合わなくなっている

 ということも同時に認識をしてもらいたいです。喩えるなら、首位打者目指して素振りしている間に、球場の大きさやボールが変わってしまっているし、「遠くに飛ばしすぎるとアウト」みたいに、そもそものルールが変わっているかもしれないのです。これまでネットや口コミで見聞きした知識で判断していると、とんでもなく的外れになってしまうかもしれません。

3)日本には国際基準と違うローカルルール(業界慣習)が多数存在し、日本市場の相対的低下やデジタル化の遅れがある中、グローバル化が進んで、日本人音楽家にとって理不尽で不利な状況が進行している

 という点は、余り語られていないので、日本のプロ作編曲家にはしっかりと認識して、対策というか自分が戦うための戦略を持ってもらいたいです。僕はnoteでは可能な限り書いていきますし、そのための知見提供は惜しみなく行いますし、交渉上手なプロの弁護士も紹介します。
 僕は音楽クリエイターの地位が低く、搾取されている構造を変えないと日本の音楽界の未来はないと危機感を持っています。課題感がある方は遠慮なく連絡下さい。

 専門的に掘り下げたい方は、ニューミドルマン養成講座をベースにつくっらこの本を読んでみて下さい。今はロンドン拠点に国際的な活躍を始めている山﨑卓也弁護士による踏み込んだ内容です。マスターと複製物という考え方が通用しなくなり、「クラウド化によって著作権は一旦、死んだ」と捉えるべきという認識は僕も共有しています。3年前の本ですが、今もまだ有益な内容です。

<関連投稿>


この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

モチベーションあがります(^_-)