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西洋美術史とキリスト教の関係の本質について知る好著『美術は宗教を越えるか』

 西洋美術の名作には、キリスト教にまつわるものが多いなとは思っていましたが、ここまで深く関わっているとは知りませんでした。

 神学者としての知見を佐藤優が美術史の専門家に質問していくような形式です。二人ともクリスチャンでもあり、宗教と美術作品の関係について深い洞察があります。

7世紀の教皇大グレゴリウスは絵画を「文盲の聖書」と述べたように、美術は信者に聖書の内容を理解させ、信仰心を高めるのに寄与した(P4)

 また、イスラム文化には「美術」らしきものはないのに、アラブ各国にはモネやルノアールらの印象派絵画が購入されて数多く集まっているのは、サザビースの競売人の売り込みが上手だったからそうです。(P27) 紹介されているフィリップ・フック著『印象派はこうして世界を征服した』も読んでみようと思いました。

 アートに触れて感化されることは、「人間とはなにか」について心の奥の方で思索する機会であるとよく思います。左脳的に感じることと、それを右脳的に整理することを両方やっていきたいなと、本書を読んで思いました。
 また、とても示唆的だったのは以下の部分です。

 AIやバイオテクノロジーの背後には「聖霊の働きによって人間が神になる」という「信仰」があります。AIが目指すのは「人 (神)の手によって機械(アダムとエヴァ)に知を授けること」であり、すなわち人間が神になることです。バイオテクノロジーは「生命はデータの集積である」という仮説から生命のアルゴリズム(計算可能な手続き)を解析し、データ(聖霊)の働きによって生命を操作しようとする。
 「シンギュラリティーがやがて来る」と語る人には工学者が多く、数学者が少ない。彼らは純粋科学を装いつつ、実は宗教的な考えを抱いている人たちです。(P73)

 欧米で起きている事象を深く理解するには、キリスト教的な知見が必須です。美術を観る時まで、俗世にまみれたいわけではありませんが、多層的にinputするのは楽しいことですね。キリスト教の変遷と美術作品の関係については今後も意識していきたいなと思いました。カラー図版も綺麗で、見ていて楽しい書籍です。


モチベーションあがります(^_-)