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悪にも論理はある。重層的に「ウクライナ侵攻」を理解するための貴重な本

 佐藤優で最初に読んだ本は、『国家の罠』だったか、『獄中記』だったか記憶が定かでないのですが、Amazonの購買記録によると2009年頃のようです。外交官として国益のために行った仕事で、検察から「冤罪」を着せられて、否認をして獄中生活を送るという壮烈な生き方が冷静な筆致で迫ってきて強烈でした。検察特捜部のターゲットは鈴木宗男だったので、検察側に歩み寄れば、少なくとも投獄は避けられただろうことを理解した上で戦っています。また、外交官、とくに機密情報に関わった者は、退職しても、政府側から裏切られても、職業的な良心を失うべきではないという姿勢は、自分にはできないなという感嘆と尊敬の念があります。
 同時に、びっくりするほど博学で教養が深く、卓越した語学力と人脈から情報収集も深く、正確です。「作家佐藤優」のファンになって、ほとんどの本は読んでいます。有料メルマガも隔週で読んで、国際情勢についての定点観測としています。

 なので、僕は「佐藤優的世界観」に大いに影響を受けているということは前提としてお伝えしておきます。
 ただ、佐藤優や本書のスタンスが、親ロシア的であるという捉え方は不正確だと思います。相手のことをよく知っているからこそ、的確に、悪の独裁者となったプーチン大統領の内在的論理を客観的に説明できるのでしょう。

 ロシア人の民主主義に関する捉え方として、こんな説明をしています。

 支配者は民衆の外部にいる存在なのだ。
 したがって、現在もロシア人には「我々の代表を政界に送り出す」と言う意識が希薄だ。政治は「あの人たち」の事柄であり、選挙では「悪い候補」「うんと悪い候補」「とんでもない候補」が上から降ってくる。そのうち「うんと悪い候補」と「とんでもない候補」を排除するのが民主主義と考えている。
 古代ギリシャの都市国家アテナイで行われた僭主(非合法に独裁制を樹立支配者)になる可能性のあるものを投票によって排除するというオストラキスモス(陶片追放)の延長でロシア大統領選挙を観察すると、プーチンが圧勝した理由が明らかになる。

p128

 日本人が当たり前に信じている、いわゆる西洋的な民主主義観だけで見ていると、理解できないということですね。
 そして、島国で天皇家が1000年以上続いていたために、日本では幸運にも受け入れやすかった「民族」や「国民国家」という概念は、簡単に成立するものではないということも理解するべきと思います。

 9世紀末から13世紀にかけてできたキエフ・ルーシ (キエフ公国)から、西部のガリツィアが分離した。そのウクライナ民族は、いまだ形成途上だ。ウクライナでは2004年にオレンジ革命が、さらに14年にはマイダン革命が起きる。上からの強力なナショナリズムによって、政治指導者は「ウクライナ民族」なる塊を作ろうとしてきた。
 エマニュエルトッドが指摘するように「単一のウクライナ」なるものは歴史上一度も存在したことがない。こうしたウクライナの素地が、今回の軋轢の根本にあると私は見ている。

p221

 日本人にはこういう感覚を理解する努力は大切と僕は思っています。何故なら、日本にとって重要な隣の超大国、中国の「中華民族」も、ウクライナ人以上に形成途上です。中国共産党が統治のために強引に作り上げたナショナリズムが、日本にとって大きな障害であり、脅威の源となっています。友達や親戚なら日本人以上に信用できる「中国人」が会社と付き合うことになった瞬間に、いつ騙されるかわからない存在になるのは、そういう背景があると僕は思っています。(勝手で稚拙な理解ですが、そう思っておくと失敗が防ぎやすく便利です。)例えば、タイ、ベトナムなどでは、日本と同じような民族と国が、ほぼイコールで結べる「国民国家」が成立する歴史があると思いますが、中国は人工的な国家です。

 ロシアのウクライナ侵攻に話を戻しましょう。ウクライナのゼレンスキー大統領は、スピーチは上手だと思いますが、ウクライナを代表する正義のヒーローみたいに日本人が捉えるのは間違いです。

 1999年、ポーランドやチェコ、ハンガリーが新たにNATOに加わった。2004年にはルーマニア、ブルガリア、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、スロバキア、スロベニアの7カ国がNATOに加盟している。アメリカの主導によってNATOは東方拡大を続け、ロシアをずっと刺激し続けてきた。
 このうえウクライナまでNATOに加わることになれば、ロシア陣営でもNATO陣営でもない軍事的な緩衝地帯(バッファー)を失い、ロシアは喉元に匕首を突きつけられることになる。
 西側の同盟国になるか。ロシアの同盟国になるか。中立の道を選ぶか。独立国であるウクライナには、決定権があるのは当然だ。だがロシアとNATOのと言う巨大国家に挟まれた弱小国であるウクライナは、バッファーにしかなりえない。この地政学的制約を、ウクライナは宿命として受け入れるしかないのだ。リアリストであるミアシャイマー教授はこう考える。私も同じ認識だ。
 感情に流されることなく、リアリズムに基づいてここ20年余りの歴史を振り返ってみることが重要だ。ロシアがただ一方的に、ウクライナに軍事侵攻を仕掛けたわけではない。ロシアにも言い分はある。NATOの東方拡大によって、アメリカがロシアを刺激続けた事は紛れもない事実だ。どんな戦争にせよ、どんな対立にせよ、国家間の対立は一方のみが100%悪いわけではない。戦争を引っ越した原因は、アメリカとNATOにあるというミアシャイマー教授の指摘に真摯に耳を傾けるべきと思う。

P224

 こういう文章を読むと、国家という存在自体が悪なのではないかという気持ちになりますね。そういう側面は否めないのだと思います。国家は人類にとって必要悪なのかもしれません。
 僕らにできることは、(ウクライナの勝利ではなく)一日も早い停戦と、ウクライナの復興です。経験なクリスチャンで神学者でありながら、創価学会と公明党を支持している著者が、結びで「人間革命」を引用しているのには、正直、違和感を覚えますが、以下の記述には深く共感します。そしてこの本を手に取られて、視座を上げることを強くオススメします。

 政治指導部が愚かなのは、世界史を通じてよくあることだ。愚かな指導者に率いられた民衆は、非常に不幸な状況に陥れられる。

P264

 国際情勢を多面的に、重層的に理解することを務めながら、民衆が死ぬことが無いように、幸せを祈りたいです。僕の仲間たちは、微力ながら音楽を通じてチャリティに取り組んでいます。「Home」という曲を聴いてみて下さい。





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