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白デニムに想いを馳せる。

以前、ショッピングモールで衣料品のアルバイトをしていたことがある。店はデニム中心のメンズカジュアルを取り扱う。仕事はなかなか忙しく、常に整理整頓は勿論、接客、販売、検品、在庫チェック。細かくあげればキリが無い。アルバイトを始めて一年ほど経ち、売り場に何があるのか、どの様なものが売れ易いのかようやく把握してきた頃の話。

私の住む県は結構田舎だが、人口の流動が激しく活気がある。日本人も多いが海外の方も多い。アルバイト先のモールでも「何処のお国の方?」と思う言語のお客様も多く見かけ、そんな方々の接客をすることもしばしば。

店は忙しく、定番ブランドからよく分からんブランドまでデニムはよく売れていた。なので在庫チェックは、しょっちゅう行う。

「売れろよ。残るなよ。」と魔法を唱える様に呟きながらチェックするワタクシ。なぜなら純粋に売れて欲しいと望む以外にも、もう一つ理由がある。それは私がアルバイトを始めてからずっと1枚だけある赤いステッチが施された真っ白なカラーデニム。サイズはおそらく一番大きい。

いつからあるのか、いつ流行ったのか、売れ残った際になぜ問屋に戻されなかったのか全然分からないが、棚に並べられた青、紺、黒系のデニムの中にその誰も寄せ付けない白のオーラを放ちながらデニム棚の1スペースを我が物顔でヌシの様にそれは鎮座していた。

デニムはメーカーや品番ごとにサイズ展開が異なるが、一番動くサイズ帯というのがある。そして商品として一揃えのサイズは揃えるのだが、正直一番大きいサイズというのはあまり動かない。

時代遅れの色、今となっては微妙なデザイン、最大サイズのみ、というデニム界の三重苦を体現した様なその商品。一向に売れる気配がないという事実に気の毒とも思う。実際、お客様の手に取られている所を見たことが無い。

そんな輩を増やしたくない一心で私は魔法を呟きながら在庫チェックし、今日もたった一枚の白いデニムの存在を確認するのだ。こうなるとこの白デニム、シフト勤務に関わらず職場に必ず出勤している同僚の気さえしてくる。

しかし、ある日そんな彼(メンズ用なので彼)とお別れする時が突如来る。

レジ横で山の様な新作デニムの検品処理をする私。終わらない検品。終わった所でこの大量の商品をどこに置いたらいいのか。

そんな修羅場の中、「ココ、イイデスカ?」という声に顔を上げると、口角をグイッと上げ、笑顔が素敵な、立派な体躯をした中南米ラテン系であろう男性がフィッティングルームを指差していた。

余りの笑顔に私もつい「有難うございます!どうぞご利用くださいませ!」と、接客マニュアル以上に大袈裟に口角をグイッとあげ笑顔で返してしまった。ラテンの力、凄まじい。

再び検品作業に戻った私の頭にさっきのラテン兄さんの姿が巻き戻される。「あれ?片手に白い…」ハッとして、デニムの棚を確認すると居ない。彼が居ない。間違いなくラテン兄さんの手には白いデニムの彼が掴まれていた。

私は勘違いしていた。白い彼の真のニーズは今や海外の方にあったのか!もう完全に私の意識は検品用紙ではなくフィッティングルームに全振りである。

そして、静かにフィッティングルームのカーテンが少し開き、その隙間からラテン兄さんが顔を出す。先ほどと変わらない笑顔と大きな目でこっちを見ている。ちょっとビビる。

お裾直しだろうか。私は印用の安全ピンを持って近寄ると、突然カーテンが「ジャッ!」と音を立てて勢いよく開いた。

ラテン兄さんは私に見(魅)せつけるかの様に筋肉質の立派な身体を斜めに構え、突き出した腰に手を当てていた。そして大きな目と満面の笑みで、そのままその手で「パァン!」と太ももを叩き「ヒューゥ」と口笛を吹いた。

信じられないレベルの陽気なアクションである。欲を言えばそのデニムに胸の大きく開いた派手なシャツを合わせてギターを持って欲しい。

そして、その陽気なアクションも然る事とながら、何と白デニムの彼が似合うのか。服が似合い過ぎる人を見て驚くという未知の感情が湧き上がる。きっと白デニム氏はこの兄さんに出会う為に長年の時を経て待っていたのだ。しっかりと付いた大腿の筋肉に沿った足のラインを赤いステッチが彩る。美しい。

この運命のめぐり合いを果たした彼たちにはお裾直しも不要。あつらえた様にジャストサイズだった。

無論、このラテン兄さんも白デニムが大いに気に入ったご様子。でなきゃ私にこんな笑顔付きでアピールしないだろう。私はまたもや、その笑みに釣られ過剰な笑みを放ちながら大きく首を縦に振り、怪しい発音で「ソー、グゥッド!」と返した。

かくして会計を済ませ、私は元同僚の新しい旅立ちを見送った。君に幸あれ。

そして同僚と言わしめた愛着のある彼に対して「やったー。白デニムのスペース分、新作置けるやん。」と思う私。

たまに非情な自分が嫌になる。


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