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お客様、いらっしゃい。2(事件編)
昔々、もう三十年近く前の話。
社会の荒波に乗り切れず会社を辞め、リハビリのつもりでゲーム屋さんでバイトをしていた時期がある。
楽しい事も辛い事もあった。更に言うならどえらい事件もあった。
リバビリのつもりが、うっかり数年ほど居ついてしまった私。
系列店が市内外に二店舗あり、私はその二つの店舗を掛け持ち勤務していたのだが、その数年間だけでも泥棒にやられた事は一度や二度じゃない。万引きを含めりゃもっとある。
防犯で言えばちゃんとセ○ムも入っていたし、鍵だってどの扉も窓もしっかり二重に掛けている。
万引き対策にセキュリティゲートだって万全。
それでも犯罪者はやってくる。
そんなにゲーム屋さんって脇が甘く見えるのだろうか。
今回、身バレせずパッと思いつく範囲で微笑ましいレベル(?)の二件をご披露しようと思う。(ほんまにアカンやつはアカン過ぎて書けません。)
前回はちょっとファニーなお客様達を、今回は事件簿を書かせていただきました。
申し訳ないがあまりオチは無い。
↑前回の話はコレ。
1.お金取られた。
春の日のある朝。
この日、朝イチで研修期間中の新人さんと一緒にシフト勤務。
彼女は元気な笑顔が可愛いニューフェイス。
2人で開店までに店外の広い駐車場と店内の掃除をし、整頓に励む。
入り口には防犯ゲートとSEGA(ゲーム会社)から送られてきた私の身の丈ほどあるゲーム"サクラ大戦2"の販促用キャラクター立て看板が置いてある。
この立て看板は何人ものお客さんが「どうにか譲って欲しい。」と言いに来たぐらいのマニア垂涎のシロモノ。
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だが、その熱烈な身受け話を蹴散らした華々しい経緯がある神宮寺さくらちゃんなのだが、今は無惨にも「セキュリティのブザーが鳴った時は店員がお声掛けをすることがあります。」と書いた紙がバーンと雑に貼られている。
更に雨の日にはその下に「雨で滑りやすくなっております。お気を付け下さい。」の紙が貼られるのだ。彼女は今やゲームの宣伝ではなくお客様への伝言板となっている。
以前はポスターなり、こういった販促物を欲しいと希望するお客様には、販売促進期間終了後に無料で差し上げていたらしい。
だが、そのうちにお店とだけならず、お客様同士のトラブルの元になることが増え、一切の譲渡をお断りをするに至っていたそうだ。
可哀想なさくらちゃん。
望まれるがままどこぞのファンに引き取られていたら、さぞ大事にされただろうに。田舎のいちゲーム屋で強制労働中。ファンが見たら気絶モノである。
開店時間になり店のドアを開けると、まだ少し冷たい春の空気が入ってきた。平日朝イチは新作ゲームの発売日でもない限り閑散としたもの。まぁ、でもそれはそれでやる事はあるのだ。
今日は備品のチェックでもしようかと新人さんと話していると、駐車場の奥で車を停めた音がする。おっと、オーナーが来たようだ。
しばらくすると、朝の空気を切って「書類を忘れた。」と言いながらオーナーが店内に飛び込んできた。
これから銀行へ行くらしい。早足で事務所に向かうオーナー。経営者というものは忙しそうである。
いつも風の様にやって来て嵐の様に去ってゆく。
この時もオーナーはものの5分もしない内に事務所から突風のように出てきて「昼ごろに戻ります。」と言い、急ぎ足で店を出たその1分後。
また早足で風のように店に戻ってきたかと思うと、真っ青な顔をしてひとこと
「お金盗られた。」
と、言った。
………こんなシンプル且つ、パンチのあるフレーズってある?
戦慄する私達。
話を聞くと、やられたのはここ最近の売上金。被害額ウン百万。
どうせ直ぐに戻るからと車に置きっぱなしにして店に書類を取りに来たらしい。
そんな大金を一瞬でも目を離したオーナーもどうかと思うが、もしお金を持って車を降りていたら犯人に襲われていたかもしれない。
そう思うとこれはセーフ?いや…ウン。やっぱりギリアウトか。
だってオーナーの顔色、青から黄土色になってるもん。アカンやつ。
黄土色の顔になりながらも冷静に警察に電話するオーナー。
妙に落ち着いているのは今までにもこういった事があったからか、まだ現実味がないからか。
現実味というなら、私だって信じられない。
半信半疑で駐車場の奥に停めてあるオーナーの車を見に行くと、後ろのリアドアのガラスが無惨にもバキバキに破られていた。
もうそりゃあ見事に。
もうこの事実、認めざるを得ない。
こんな短時間で犯行を行うなど最初から狙っていたとしか思えない。何ならその手口の鮮やかさからしてプロの可能性もある。そう思うとゾッとした。
私が戻ると新人さんが「私も〜。」と、小走りで外に出て行った。
少しして戻ってきたかと思うと「わー。あれはヤバいやつです。」と、少し非日常な事件を楽しんでいる様子だった。
私はもうこの時、既に何度か事件には遭遇済みだったので感情と表情をニュートラルに戻す。
電話を切りため息をつくオーナー。その様子を見守る私達。
携帯を閉じた後オーナーは3秒くらい動かなくなったかと思うと、両手を後ろに組んで突如店内をうろつきだした。
そしてまた3秒くらい止まったかと思うと動き出すという謎の動きをひたすら繰り返すオーナー。
突然始まったオーナーの奇行に私は戸惑いながらも無表情を貫いた。
触らぬ神に祟りなし。
「こんな時、どんな顔をしたらいいか分からないの。」
私の頭の中の綾波レイがあの名セリフを言う。
本来ならこの後シンジ君が
「笑えばいいと思うよ。」と言うところだが今は絶対笑っちゃ駄目。
アカンよ。ワタシの脳内シンジ君。今はワラエナイ。ダメ。絶対。
きっと新人さんも同じようなものだろうと、チラリと横を見たらば新人さんが「オーナーの動き、名探偵が考える時にやるヤツですよね。」と、ニヤついた口元を隠す様にしてコソッと言った。おっと、そっちは名探偵コナン君が脳内再生中かしら。
少しすると警察が来て事情聴取のあとオーナーは「帰って寝る!」と高らかに宣言し、暴風を背負って店を出て行った。
ソレがいい。オーナー、眠れ。
私は掛ける言葉も無く「…お疲れ様デス。」と小声で言うのが精一杯だった。
普段、販促やコーナーのディスプレイを担当している私。今期は春休み効果もあってコーナーが好評で売り上げが良かったと聞いていたので私なりにショック。
「世の中、ホンマに悪い人っているんやなぁ…。」と、ボンヤリ呟いた。
その言葉の後、オーナーの姿が見えなくなったのを確認したかのようなタイミングで新人さんがウフッと朗らかに言った。
「入り口の立て看板に"もうお金はないよ。"って貼っておいた方がいいんじゃないですかねぇ。」
……新人さん、その発想力羨ましい。そして犯罪を楽しみすぎですよ。
2.泥棒はイーサンに成れない。
当時、私がメインで勤務していたのは元レストランの居抜き物件を改装したというお店だった。元レストランなだけあって天井が高い。
そしてゲームのスペースだけでは持て余す位の広さだっので、店内の壁面の棚にはDVDや書籍、机を置いてカードゲームのプレイブースなんかも設置されていた。
そんな店に深夜、泥棒が入った。そしてセ◯ムさんにより速攻捕まったらしい。盗られた物は幸いにも無し。
朝、店に行くとオーナーと先輩スタッフさんが既に来ていた。いつもなら私が朝一番なのに。店に入り、事の顛末を聞いて驚く私。
そして、侵入箇所が荒れているが、もう少ししたらスタッフが増えるのでその時に片付けるとのこと。
しかし、不思議な事がひとつ。
窓も玄関もスタッフルームにある裏口も破られた形跡が無かったのだ。
先輩スタッフさんに「……??何処から侵入したんですか?」と、聞くと、先輩スタッフは「ハハハ。店の奥見てきてみー。どういう経緯で捕まったのかも分かるでー。」と、言うので見回りも兼ねて店の奥のブースを見に行った。
奥にはCDや写真集が置いてある。もう壁面棚いっぱいに。
そこに行くと爽やかな風が吹き込んでいた。「オヤ、どこから風が…。」と近づくと、床には大きめの換気扇が壊れて落ちていた。
目線を上にやると2.5mほどの棚の上から更に1メートルほど上にある換気扇があったスペースがポッカリ空いていた。そのまま視線を下にやると、棚や床の所々に土が付いている。そして、犯人が店内に侵入から脱出までの痕跡がありありと残されていたのだ。
まず換気扇のスペースから侵入し、棚の天板に足をかけようとして足を滑らせた。
慌てつつもその後どこかを掴もうとして失敗し、上段のCDを引っ掛けながら今度は足を棚板を掛けて踏ん張ろうとしたが、棚から飛び出た大判の写真集に阻まれ踏ん張れず、背中から大胆に本の積まれた平台に落ち、本とCDにまみれながらなだれ込むように床に落下。
そんな派手な動きをしていたら、直ぐに防犯の人感センサーが反応したはず。
警報が鳴り響く中、パニックになり侵入経路から脱出しようと平台に積まれた本の上に乗るものの、今度はバランスを崩して台車に乗った整頓用の段ボールに突っ込み、まごまごしているうちに御用か…。
コント顔負けのえらいこっちゃ具合である。
そこら中に残る靴型の汚れと泥。そして散乱した本とバキバキに割れたCDケースを眺めつつ推理した。
…と、いうかマタギが獲物の痕跡を追う感じ。
そしてセ○ムさん、毎度ながら有能。
ちゅーか、犯人は防犯システム舐めすぎ。セキュリティを避け換気扇から入ったようだが、防犯システムは出入り口や窓だけではないのだよ。
冷めた目で現場を眺めていると、後ろから先輩スタッフがやってきて「アハハ。"ミッションインポシブル"とはいかんよなー。」と笑いながら凹んだ段ボールを片付け始めた。
…こんな杜撰なイーサンがいて堪るか。
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***
お店には色んな人が来る。老若男女。もう一つカテゴリを作るなら犯罪をする人か、しない人か。
まぁ、そんな人はお客様ではないのだが。
今回は大事になってる話をしたが、高校生までの万引きに関してはオーナーの意向により寛容だった。
「高校生までは警察に連絡しない。」
これは店の裏ルール。
土地柄もあり万引きに関しては学生が多かった。下校の時間帯、長休みの時期や意外に多いのは受験シーズン。
まぁ、これだけでもなんとなく理由は察していただけると思う。
しかし、甘いと言ってもやっぱり防犯ブザーが鳴ればお声掛けもする。
ちゃんと反省もしてもらいたい。
ただとっ捕まえた時に垣間見える社会の歪みというか、その子や環境の課題というか問題を知る時もあり、気持ちが暗くなることもしばしばだった。
業種的にもお客様には楽しい気持ちになって欲しい場所。
勿論、裏のしんどい事情なんておくびにも出さない。
親と一緒にカードゲームのパックを選ぶ小学生。
新作を持ってぶっきらぼうにお財布からお年玉だろう折り目のついたお札を出す中学生。
下校時間に友達とワイワイ言いながら予約を取りに来る高校生。
それを横目に高所恐怖症のクセに身の丈以上の脚立に乗りディスプレイをするワタシ。
万引き、窃盗、理不尽なクレームやしんどい事も山ほどあった。中学生に舐められたり、反社的なお方に凄まれた事もある。中国人のお客に精一杯の拙い英語が間違っていると指摘され、辱められた事もある。
オマケに脚立からも何度か落ちている。
ましてや正社員でもない。
でもそんな私の周りでお客様が喜んだり笑ったりしているここのバイト先はナンダカンダと居心地が良かったのだ。