The Galaxy Express瑞風。
数年前、休日に夫が某企業のショールームに行きたいので電車で1時間位の大都市に行くと言い出した。私もその日はパートも休みだったので付き合うことに。
昼までに着き、昼食も向こうで取る予定。
息子はどうかと誘ったら、「昼前なら行く!」と言う。電車好きの息子、「トワイライトエクスプレス瑞風」が丁度その時間に目的地駅に停車するという。
私と夫は瑞風については新聞やニュースで知る位だった。
瑞風は乗るホテルの様な観光を目的とした、豪華周遊型寝台列車だ。豪華なだけあってチケットのお値段も結構する。
子供が小さい頃から、乗り物、特に電車が好きだったので、私はその付き合いで少し知識がある程度。夫はほぼ電車には興味がない。
そして当日、快速電車に揺られる事一時間。駅に着く。息子に促され瑞風の発着ホームへ行く。
ホームには瑞風(見学)目的と思われる人が集まっており、駅員さんが瑞風の写真入りの旗と特製シールを配っていた。
息子曰く、「一個前の駅だと旗だけ。ここの駅はシールも貰える。」とのこと。
「ほー。この旗を出発する時に振ってくださいって事かぁ。」と、見送る人(見学者含む)にも見送られる旅人にも粋な計らいをするJRに感心した。
その時、向かいのホームから「おーい!シンー!(息子のあだ名)」と声がした。
その声に「あっ!!」と反応する息子。見ると向かいのホームには、息子が小学校からの鉄道友達、佐久間くんが居た。
二人は中学生になると乗り鉄となり、お小遣いを貯め長期休みには日帰りで乗り鉄旅行に行く仲だ。
「サクー!なんでー?!」と息子。
息子は前日、佐久間くんに「明日昼、○○駅に瑞風を観に行く。」とLINE。その返事に佐久間くんは「いいなぁ。俺その日、夕方から塾やし課題があって時間がないから行けても一つ手前の駅だなぁ。」と返信が来ていたらしい。
佐久間くんは「やっぱり瑞風はお前と一緒に見たかったー!シールも欲しかったー!」と返事した。
何この友情。下手したら愛情かと見紛うてしまう。駅のホームで抱き合う遠距離カップルよりも尊い。
「お父さん!お母さん!僕、サクのいるホームに行ってくる!」と息子。
こんなシチュエーション見せられて「アカン」という人間がどこに居ろうか。
まず、変声期絶好調エイジの男子中学生がホーム越しの会話はキツかろう。
息子は旗を持ってダッシュで走って行った。
その後ろ姿を見て変な感動が私達夫婦を包んでいた。
15分程待つと緑の車両がホームに滑り込んできた。
撮り鉄も一般の方もホームに入るその姿を激写するべく、皆行儀良く安全を守ってカメラを構えている。駅員さんも間違って怪我人が出ないか警戒している様子だ。
深みがあり、かつ爽やかさを感じるグリーンの車体。懐かしく感じる中にモダンがあり、大胆な直線のデザインが印象的。洗練されたという言葉がぴったり。
前身のトワイライトエクスプレスは力強く気高い感じだったが、瑞風は気品に溢れている。その美しさはキラキラとしたベールを纏っているように見えた。
一瞬にして心を奪われる私達。
停車する瑞風。大きな昇降口から、素敵な笑顔のサービスクルー数人が優雅に降りて来て乗客を出迎える。(見学者への演出かも?)
流石、豪華車両。うっかり近寄ったら物理的に怪我を負いそうなバリアーが張られていそう。
選ばれし者のみが昇降を許されるオーラを纏っている。
私が半口を開けておもちゃを見る子供のようになっていると、近くの旗を配っていた駅員さんが写真を撮っている集団に向かって、
「ちょっと!そこのあなた!そこの人!!黄色い線越えないで!内側に入って!!あぶないからー!!」と声を張り上げていた。
「みんな行儀良かったのに興奮したのかなぁ。」なんて隣に居る夫に話しかけるも夫がいない。
注意されてる人、よく見たら夫だった。
いつの間に。
しかも、注意されてる事に気付いてない。
私は駅員さんに「すみません。」と軽く会釈し、写真を撮る人に気を遣いながら「お父さん!黄色い線より内側!うちがわー!」と、何とか聞こえる様な声で促した。
夫はスマホを構えながらジリジリと黄色い線の内側に寄った。
夫はオタク気質で物事の好き嫌いが激しいが、決してミーハーではない。流行物に煽られる事なんて今まで一度も無かった。
その夫がアイドルを崇めるかのように、写真を撮っている。にわかに信じられない光景だった。
瑞風、おそるべし。
20分ほど停車していただろうか。クルーの方が列車に乗り込み始めた。どうやら出発するらしい。
瑞風がゆっくりと動き出す。搭乗した乗客、サービスクルー、レストランクルーまで、ホームに残された見学者に笑顔で手を振る。応えるように旗を振り見送るホームの人々。私達も例外ではない。
キラキラとしたベールを風にはらませながら瑞風はホームを去って行った。
たった20分の出会いだったが、夢を見ているかの様な現実離れした時間だった。
下々の私は何十万も払って優雅に瑞風旅行なんてそうそうは出来ないが、憧れるには充分な魅力のある列車だった。
瑞風が去るときに起こした風が私の髪を揺らした。
銀河鉄道999、ラストシーンでメーテルを見送る星野鉄郎の気分。
ちゅーか、999の高額なパスが買えずに地球で蠢き、せめて一目999を観ようと集まる貧民の気分が正確かも知れない。
向かいのホームを見ると、息子と佐久間くんが仲良く肩を組んでいた。私を見つけた息子が携帯を架けてきた。
「おかーさん。サク、2時間位こっち居るから一緒に居るわ。ご飯もサクと適当に食べるわ。また電話する。」
彼は今日、瑞風を初めて観る以上の収穫を得たようだ。因みに佐久間くんはここに来るまでの電車の中で課題を必死でこなしてきたらしい。
去る瑞風の姿をスマホに収めた夫がやってきて、夫も瑞風と999が重なったのか感慨深そうに「惑星大アンドロメダに旅立ったか…。」と言った。
…アンドロメダではなく下関です。
*銀河鉄道999…永遠の命を求める少年、星野鉄郎。機械の身体がタダで貰えるという星を探しに謎の美女メーテルと共に銀河鉄道999号に乗り込み、旅する超有名SF漫画及びアニメ。哲学的で人間の本質を抉るような話も多く魅力的。999の車体は機関車のC62がモデル。近年はEXILEが映画版テーマ曲の「The galaxy expless 999」(ゴダイゴ)をカバーした事で有名です。
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